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番外編
水槽のふたり
しおりを挟む強固なドームでも、磨り減ったオゾン層を通過して降り注ぐ紫外線の強さは防ぎきれない。夏の暑さは過去の時代よりずっと酷くなっているらしいし、ドームがあろうが空調も追いつかず、夏は暑い。眩しい陽射しを浴びながら、熱気を放つアスファルトを歩いた。ほんの数メートルの移動でも、暑くて嫌になる。だけどそうして僕等は水族館――国営海洋博物館に来た。
「あっついなぁ~」
「ダラダラ歩いてないでさっさと行くぞ。余計暑い」
「なんでソウっていつもそんなに涼しげなんだよ」
船をイメージした曲線の綺麗な白い建物へ入ると、冷房で冷えた館内は気持ちよかった。床も壁も紺青で、カウンタや自販機だけが白く目立つ。僕等は喉が渇いていたから、自販機で飲み物を買った。ソウが炭酸ミント、僕がソーダ水だ。紺青のテーブルセットに座って飲み終わると、白い塵箱に空になったボトルを捨てた。カウンタのアンドロイドからチケットを買い、水槽の並ぶ施設の中へ入る。
いくつも並んだ水槽は、それぞれ鮮やかな魚たちを収容していた。強化ガラスの向こうで、青を背景に赤や黄色の魚たちが泳いでいく。オレンジに縞模様の入った魚が、白い珊瑚の中をすり抜けていった。こんな色をした魚が生きてそこに存在していることは、なんだかとても不自然に思えた。人工的な色をしているし、とても繊細な造型だ。まるでCGだな。
「こんなのが本当に生き物なのかよって思わない?」
「…たしかにな」
水の中でじっと浮いているシーホース――竜の落とし子は、まるで古い革張りの本に出てくる挿絵みたいだ。イギリスの物語にペン画で出てきそうな感じ。
ここへ来るのは初めてじゃないけど、来るたびに、見るたびに不思議だなぁと思う。海で生きていたいろいろな生き物は、本当に変わった形をしている。深海生物なんて、ちょっと怖いもんな。
小さな水槽の並ぶ通路を抜けて、海月のエリアに出る。ここはソウのお気に入りだ。薄青の中を浮遊している半透明のゼリーみたいな生き物は、なんだかゆったりした動きで、静かに泳いでいる。まるで音のない無重力みたいに見える。硝子越しに海月を観察するソウは、いつも脚を止めてじっくり眺める。
満足するまで眺めると、僕に視線を向けるので、それでやっと僕等はまた歩き出す。
次のエリアはホログラムで、海の中を体験できるようになっている。暗い室内に、青い光で出来たようなホログラムが満たされている。この部屋には説明書も椅子もなにも無い。ただの黒くて広い空間だ。僕等は壁に寄りかかって座り込んだ。ホログラムの海の中を、立体的な魚が泳いでいく。ぶつかりそうで、擦り抜けていく。触れられそうで、触れられない。僕等を無視して泳いでいくエイや鮫は、鰯の群れを追うように、丸いフロアを旋回する。とてもリアルなホログラムだから、いつも溺れそうになる。うまく呼吸ができるようになるまで、少しかかる。光を反射するように浮かんでは消える泡が、最後の呼吸みたいに見える。
「夏休みだってのに、人が少ないよな」
「レジャー施設やショッピングモールの方がいいんだろ」
「そうかなぁ」
「マサトは海沿いの公園でバーベキューするって言ってたぞ」
「海入れないのに?」
僕等はそんな事を囁き合って、小さく笑った
。
このフロアには今、誰もいなくて、魚たちだけが生きてるみたいだったけど、この魚たちはただの映像プログラムで、生きてなんかいない。精巧に模写された、きっとずっと前に死んだ、大海を泳ぐ過去の生き物。
「…ここに居ると、息が苦しくならない?」
「ならないよ。外より、しやすいくらい」
「そうか…じゃあソウは魚だったのかな」
「魚?」
「ずっと昔はさ。鱗が綺麗で、細いやつ」
「そんなわけないだろ」
そう言って微笑ったソウは、青に染まっていて、まるでホログラムみたいだった。
「分けて。」
「え?」
「酸素」
そうしてごく自然に僕はソウの唇を塞いだ。ソウの肺からそっと酸素を奪い取るみたいに。
また、泡が零れた。白く光るような泡を視界の隅に捉えて、そのままふたり、溺死しそうだった。
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