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Blue Earth 08
しおりを挟む晴れ渡る青空は澄んでいて、この屋上から見る景色が僕は海と同じくらい好きだ。永遠に続いていそうに見える青い空は、この地上で起こる全てを吸い込んでくれそうに見える。この青の向こうに黒い銀河があるなんて、昼の間は信じられない気持ちになる。
だけどソウは、青空とは裏腹に曇った顔で口を開いた。
「悪かったな、本当に。まずいとは思ったんだけど、おかしくなりそうだったから、手が出て…」
ソウはあの夜に薬を打ったことを謝罪した。結局アンドロイド狩りなんて空気じゃなくなって、僕等はホテル暮らしのアンドロイドを諦めた。べつにそんなことはどうだっていい。アンドロイド狩りなんて、さして重要なことじゃない。それよりソウのことのほうが比べるまでもなくずっと大事だ。
「けど結局おかしくなってりゃ世話ないな。バカだったよ」
「ソウ、そんなことない。つらかったんだろ」
僕は自嘲の浮かぶソウの瞳を見て言った。ソウは自分をもっと大事にするべきなんだ。でもその方法を、きっと知らないんだろう。
自分を大事にするって、なんなんだろう。簡単な言葉だけど、たぶん出来る人は自分を大事にしようと意識してるわけじゃないんだと思う。僕だってそうだ。意識なんかしなくても、いつだってその時の自分の感情に振り回されて、喜んだり怒ったり拗ねたりして。無意識に自分を優先してる。
きっと、だから僕は精神に作用する薬なんか必要にならない。自分を大事にするなんて他人から言われなきゃならないほど、自分をずっと押し殺してたソウに、僕がそれを解放する方法なんか教えられる筈がないんだ。
それでも、ソウの事を僕がもっと知れたらと思う。ひとつずつ解放された感情や過去を、僕が拾い集めてソウが自分で出来ない分まで大事にするって事しか、今の僕には方法が見つからない。
「もうそのことは気にしなくていいから、辛くなったら言ってよ。僕の勘てアンドロイドにしか有効じゃないみたいだから、言ってもらわないとわかんないんだ。情けないことにね。愛琉ちゃんくらい聡いといいんだけどね…」
スラムで別れた愛琉ちゃんの言葉が、今になって僕に届く。きっと明るい彼女の中に、過去に抱えた様々なものが仕舞ってあるんだろう。ソウを見ただけで察する事ができるくらい。きっと彼女の心は、僕なんかよりずっと深いところにある。
「…愛琉?」
「あ、いや。なんでも」
突然出された名前に、ソウが首を傾げる。
次に彼女や凪坂に逢った時には、もっと4人でいろんな話が出来たら良いなと思った。何気ない事でいいから、小さな事から知っていきたかった。これまでの僕が取り落としてきたものを拾いながら、人と自分と世界の事を、もっと知らなくちゃならないと思った。独りよがりで生きていきたくない。大切なものを大切にするには、僕はあまりにもいろんな事を知らなすぎるのだ。
+ + +
「凪ちゃんすっごぉぉい!」
「そーだろそーだろ」
愛琉は身を乗り出して操縦席を覗き込んだ。そこに座る凪坂は、いくつものモニターに囲まれ、たくさんのスイッチの内のいくつかを押して操作していた。
「でもなんでタッチパネルじゃないの?」
「全部アレにしたら画面イカれた時にどうしよもないだろ。宇宙で交換するわけにはいかないんだ。アナログの方が修理できるんだよ」
「そっかぁ」
「もう少しパーツが揃ったら完成だ。燃料やら調達してひとっ飛びだぜ」
「そしたらどこ行くの?」
「どこへでも。まあ近場からってのもアリだが、いきなり遠くへ行くのもアリだな」
「月は!?月はどう!?」
「おおー。月は前にも行ったが、あそこはあれで悪くないぜ。お前が思ってるようなとこではないだろうけどな」
「行きたーい!」
海辺の簡易駐車場に、トレーラーのような小型ロケットが停まっている。廃材等を利用して作られたそれは歪なものだったが、凪坂はそれで宇宙へ行けるという。愛琉は、わけのわからない数値や表が出ている緑のモニターや、カラフルなスイッチの並ぶその操縦席を、瞳を輝かせて眺める。そして、凪坂の横の席へも視線をやる。そこが荷物置き場になるだろうことは理解していた。
「ね、ね、凪ちゃん。ちょっとだけ乗せて?」
「あ? べつにいいけどまだ動かないぞ」
「やったぁ!」
愛琉は踊るように凪坂の隣の席へ乗り込む。凪坂と同じように、機械仕掛けに囲まれた。
「上閉めてー」
「なんでだよ。変な奴だな」
ぼやきながら、凪坂は言われた通りに開いていた搭乗口を閉める。機械音がして、ドーム状の窓が閉まった。
愛琉は上機嫌でその硝子越しの空を見上げた。何の変哲もない、ただの青い空だ。けれど愛琉は楽しそうに笑う。
「すごいなぁ…」
遠いものへ憧れるような瞳で、溜息のように呟いた。そのきらきら光る銀河のような瞳をした愛琉の横顔に、自分も少しだけ微笑ってから、凪坂は何も言わずに作業を再開した。密閉された空間には、凪坂が機械の微調整を行う音だけが響いていた。
+ + +
あれから少し経って、僕等はまたアンドロイド狩りを再開していた。今日も一仕事してパーツを売りに、新宿のあの店へ来た。顔馴染みになった店主は、強面だがよく笑う男だ。
「最近は凪坂とつるんでるみたいだが、お前等みたいな同じ年頃のダチが出来たなら俺も安心だよ」
そう言って豪快に笑う。
「せっかく高等部までは義務教育で通えるってのに、アイツは全然行きたがらねぇから、つるむ相手もそう居なくてな」
「彼女、この街の人たちが居るから寂しくないって言ってました」
「…そうか。そう言ってたか」
僕がこの間のことを思い出しながら言うと、店主は眼を細めて嬉しそうに顔を綻ばせた。
「けど、なぜこの街の人はみんな彼女を助けたんです? 失礼なことを言うようですが、俺は、世界には無償でそんな事をする人たちがそう多くない印象を持ってます」
ソウが訊くと、店主は少し思案するように沈黙した。空調の音だけが静かに響く。ぶ厚い硝子の灰皿に溜まった煙草の匂いが、押し流された空気に乗って僕等に届いた。
店主は、やがて口を開いた。
「あいつの親父はこの辺りの元締めだったんだ。愛琉が5つの時に抗争で死んだ。愛琉の目の前で、だ」
「え、でも愛琉ちゃんは」
「ああ。何も覚えてない。愛琉達の住んでた家も酷い有様で帰せるような状況じゃなかった。愛琉が覚えていないなら、俺達は真実を告げる必要もないと思ったんだ。元締めの側近も事務所も壊滅して他に当ても無かったし、俺達は愛琉の存在を隠す為に、特定の家じゃなく共同で愛琉の面倒をみることにした。愛琉は見ての通り可愛いからな、皆ノリ気だったのも事実だ」
店主は困ったように笑った。本当に彼女のことが可愛いのだろう。実際、愛琉ちゃんは相当かわいいと思う。
「抗争なんかやって、結局潰し合いで力を無くした組織は立ち行かなくなって散り散りだ。新宿はもうその頃の名残みたいなスラムだよ。誰が仕切ってるなんて形態じゃない。頼りあってやってる商売人の街みたいなもんだよ。だから愛琉も特別だれかに狙われるような身の上でもなくなった」
店主は昔を懐かしむように、笑った。それは少しだけ寂しそうにも見えたし、記憶を愛しく思うようにも見えた。
「愛琉には言わないでくれよ? 愛琉の世話をするきっかけは親父さんの人徳からだったが、今となってはみんな愛琉を実の娘みたいに思ってるんだ」
「愛琉ちゃんも、街のことを話す時、おじさんみたいな顔してましたよ」
僕は、こんなスラムで意外なことだけど、なんだか心があったかくなって微笑った。
「家族の話をするみたいに、笑ってました」
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