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Blue Earth 06
しおりを挟む「今度のアンドロイドなんだけど、ホテル住まいだから一晩は泊まって様子を見た方がいいと思うんだ」
あれから一週間。僕はもう次のターゲットを見つけていた。僕等は昼休みの屋上で打ち合わせをする。
昼下がりのよく晴れた青空の下、人工的な風が髪を靡かせる。ソウの青い瞳は、明るい陽射しの中で一段と青く輝いていた。
「わかった。それじゃ明日、帰りにそのままホテルへ泊まろう。隣の部屋が取れればいいけどな」
「連絡してみるよ」
「頼む」
+ + +
「隣の部屋、取れて良かったね」
無事とることの出来た部屋の壁に意識を集中させながら、僕は言った。
アンドロイドは、隣の部屋で沈黙している。
壁越しでも役割を果たせる盗聴器を設置してあるけど、盗聴器からは殆どなんの音もしなかった。
なんの音もしない、というのは。とても不自然なことだ。
人間なら、まだ寝るような時間でもないのにじっと物音も立てずに息を潜めているなんてことは有り得ない。
アンドロイドはきっと、やるべきことがない時はただの機械としてそこに在るだけなのだろう。ともかく、これで彼が出かけたりすれば音で直ぐわかる。
「ああ。それにしてもシングルルームじゃな…相当怪しんでたろフロント」
「あぁー、はは。だねぇ」
男二人がシングルベッド一つの部屋に一泊するのはなかなか不自然だ。だけどしょうがない。このフロアは全部一人部屋なんだ。僕は”お金が無くて…”なんて言って誤魔化したものの、それはそれで結構悲しいものがあった。まあそんなことで凹んでいても仕方ない。僕等は時計の針が上へ向いていくのを待つように、適当な話をして時間を潰した。盗聴器は、ずっと沈黙。
「ソウ、先にシャワー浴びてきなよ」
「…ああ」
テストやクラスメイト、教師の話、最近のニュース。そんな他愛も無い話もひと段落して、僕はそう切り上げた。
ソウは言われた通りシャワールームへ入っていく。やがて静かな水音がし出して、部屋まで熱気が漏れてくるようだった。
なんだか現実味が無い。思えば仲の良いつもりでいて、僕等はベッドのあるような部屋にふたり泊まったことがなかった。
しばらくして濡れた髪のソウが出てきた。僕は何の気なしにそちらへ視線をやってから、絶句した。
「…!」
ゆるく羽織ったバスローブの隙間から晒されるソウの身体は、きれいに引き締まっていて細身だったけれど、肌は傷だらけだった。切り傷やケロイド状の痕があって、まるで戦場を潜り抜けてきた軍人みたいだった。
「…あ、悪い」
驚きのあまり無遠慮に見つめてしまっていた僕の視線に気付いて、ソウはバスローブをやめてしまって、白いワイシャツを着た。そのせいで一瞬、ワイシャツを着込む前に向けられた背中に、もっと酷い傷を見つけて酷く戸惑った。
「気持ち悪いもの見させたな」
振り返ったソウは小さく苦笑していたけど、僕は何と言えば正解かなんて考える前に、率直に疑問をぶつけてしまっていた。
「え!? いや、そんなこと思わなかったけど…それ、どうしたの?」
「…昔はよく、喧嘩とかしたんだよ」
「ソウが!? まさかぁ」
「今は落ち着いたってことさ」
ソウが話を逸らすように笑うので、僕はそれ以上は聞けなかった。きっとなにか、事情があるのだろう。だけどそれは、アンドロイドみたいに綺麗なソウと、あまりに結び付かない印象で、僕はソウを何も知らないんだという事実に、愕然としていた。
「え、と。それじゃ、そろそろ寝なよ。僕はソファでいいからさ」
「何言ってんだ、俺がソファで寝るよ」
「そんなわけにいかないよ! 僕は神経ズ太いからどこでも寝れるけど、ソウは違うだろ」
「俺はどうせ眠りが浅いんだよ」
「そうなの?」
「そうだ。センサイだから眠れないんだよ」
「そっか…」
「なに否めない顔してるんだよ。冗談だ。小説でも読んでるさ。お前は寝ろ」
ソウに微笑まれて、僕は結局ベッドで寝ることになった。シャワーを浴びてから、ホテルのベッドへダイブする。ソウに笑われた。ホテルのベッドはふかふかで気持ちが良い。僕は横になって布団を被ると、ズ太い神経を発揮して、すぐに眠ってしまった。
+ + +
「ん…」
なんだか違和感を感じて目が覚めると、暗く暈けた視界に見え隠れする黒髪があった。
意識も焦点もはっきりと輪郭を取り戻したとき、僕は自分の上にソウが跨っていることに漸く気付いた。
「え、なに…どうしたの?ソウ…?」
ルームライトの仄かな明かりの中で、ソウは乱れた黒髪の間からこっちを見たけど、どこか焦点が合っていない。微妙に、ズレている。
「ソウ…?」
呼びかけに答えることなく、ソウは僕の脚の間をまさぐった。僕は予想外の感覚を受けて一瞬身を引いて絶句した。偶々なにか、間違ってそこへ手を付いたに違いないと混乱する頭で考えた。
だけどソウは構わず僕の唇を塞いで、慣れた様子で舌を絡めてきた。
滑らかな粘膜の感覚が、口内を撫でる。あまりのことについていけず、とりあえずそれがキスであることに気付いた僕はソウの肩を押し返して呼吸を取り戻した。
「ソウ! いきなりなんのつもりだよ!」
「……怒ってる…? 嫌だ…言う通りにするから…あの部屋は、やめて…くれ……」
「部屋…? ソウ、どうしたの? 本当に…おかしいよ」
細められたソウの瞳は僕を眺めているのに僕を見ていない。動きも気怠く緩慢で、なんていうか、すごく―――
「巧くやるから…頼むよ……父さん…」
「え?」
父さん?
ソウの仕草に伝染していた熱が、一気に冷える。
「ソウ!」
僕はソウの肩を掴んで真っ直ぐ眼を視た。噛みあわない。
「僕だよ、ハルだ。わかる?ハルだよ。君の父さんじゃない。ソウ! こっちを見るんだ!」
「……ハル? ハルは…ただの…友達…父さんが心配するような奴じゃ…だから、ねえ…頼むよ」
『まともに抱いてくれよ。』
支離滅裂なソウの言葉が全ての意味を持った瞬間だった。僕はさっき見たばかりの傷痕を思い出す。まさか、きっと、身体の、あんな酷い傷も―――?
「…ソウ!」
僕は思わず、衝動的にソウを両腕で抱き締めた。ソウは僕より、ずっと細かった。力ばかり強い僕の手なんかじゃ、壊してしまいそうなほど。
「ソウ、大丈夫だよ。もう、そんなことしなくていいから…」
身を離して必死に合わせようとした視線は、確実に絡み合う。それでも、まだ遠い。届いてない。僕の知らない、きっと出会う前の、これは剥き出しのソウだ。
「ソウ、戻ってきて。ソウ、僕は、ハルだよ…」
最後は涙声に変わってしまった。それが情け無くて、もう一度抱き締めて、その肩口に顔を埋めた。
泣きたいのはいつだって、本当はソウの方だったのかもしれないのに。
ソウはなんでもできるすごい奴だって、頼ってばかりいて、本当のところは何も見えていなかったんだ。僕の勘は、アンドロイドだけに鋭いみたいだ。そんなの、ぜんぜん、だめだ。それじゃなにも、僕はたいせつに出来ないじゃないか。
「ごめん、ごめんね、ソウ。ずっと一緒に居たのに。僕を、傍に居させてくれたのに…」
喉の奥から、眼の奥から込み上げる火傷みたいな痛みが、無力な雫に代わっていく。重力に逆らうことも敵わず、ただ流れ落ちてソウの白いワイシャツに沁み込んだ。
ソウが泣かないからだ。ソウが何もかも、いつも飲み込むから。
ソウは弱音や愚痴を吐かなかった、いつだって。いつも一線引いて、そこに距離を感じて僕は、僕はどこかで寂しいなんて、思っていたんだ。僕だけがソウに執着してるみたいだなんて、自分勝手に卑屈に思ってた。
「……ハル?」
「ソウ!」
僕はソウの呼ぶ声に、腕を緩めて身体を離し、その顔を見た。細めた眼は困惑しながら、それでもちゃんと僕を見ていた。
「悪い…俺………ああ、そうだ。薬を…」
「…薬って…」
「…いや。ただの…精神安定剤だ。たまに、飛ぶことがあって…悪い」
「……ドラッグじゃないの?」
「…まさか」
ソウは否定したけど、ちょっと説得力が無い。学校も放課後も休みも一緒に居るのに、病院へ行く素振りなんて見せたことは無い。
それよりかは、道端で売人から買う方が、残念ながら一般的といえる。クラスメイトの中にも軽度のジャンキーくらいは珍しくない。ちょっと手を出すくらいなら普通にある事だ。僕は興味がないし、それが良さそうな事だとも思ってないけれど。
「いいよ、隠さないで。バラしたりしない。精神科なんてかかってないだろ」
ソウは僕から目を逸らして、言葉を諦めた。それが肯定だと認識して、僕は袖で涙を拭ってから深呼吸した。
「ソウ、お父さんにその…そんなこと、されてたの?」
「…そんなこと、って…俺なんか…言ったか?」
「…言ったよ。”まともに”抱いてくれって」
ソウは眉を顰めた。当然の反応だろうけど―――。
「ねえ、ソウ。話したくないと思うけど。僕はそれが事実ならそんな家に帰したくないよ、ソウを」
「……いや、いない」
「え?」
「もう、いないんだ。父親は…」
「…そうなんだっけ?」
「…俺が……」
ソウはやっと僕と目を合わせて、言った。
「俺が殺した」
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