Blue Earth

noiz

文字の大きさ
上 下
4 / 16

Blue Earth 04

しおりを挟む



コンクリートの表層が崩れた、灰色のスラムにはいろんな店がある。

中古品や廃材などのリサイクルショップがほとんどで、他には便利屋や探偵事務所なんかがある。

スラムは確かに物騒な場所ではあるんだけど、廃材を利用した破格のバイクや、機械のカスタムを行う改造屋は学生達にも人気がある。なんせスラムだから国へ真っ当に商売の届けなんか出してない。つまり税金が課かってないだけじゃなくて、違法改造もお手の物だ。


「あッ! ハルにソウ!」

女の子の明るい声がしてそちらを見ると、チュールの花飾りの付いた華やかな日傘を差す愛琉ちゃんが立っていた。

「愛琉ちゃん、なんでこんなところに」
「言ったでしょ? 新宿スラムはあたしの庭だって! 案内してあげる」

愛琉ちゃんはにっこり微笑んでそう言うと、くるりと背を向けて歩き出した。淡いピンクと紫の日傘から、同じようなデザインのひらひらしたスカートが出ている。底の厚い白いスニーカーは、バルーンみたいな電光エアクッションのせいで玩具みたいだった。
チカチカ光る靴やアクセサリーを飾った鮮やかな愛琉ちゃんの姿は、灰色のスラムでは特に鮮明に見える。

背景にはうらぶれたコンクリート造りのビル郡、何十にも絡まった電線、ダンボールに盛ったパーツやチップを売る露天商、刺青入りのギャングや売人達。おまけに僕とソウは麻袋を積んだバイクを引いている。だけど愛琉ちゃんは本当に慣れている様子で、僕等を店へ案内してくれた。


寂れたビルの三階へ行くと、店の扉を開けて愛琉ちゃんは場にそぐわない弾むような挨拶をした。

「こんにちはぁ!」
「お、愛琉じゃないか」
「うん! 凪ちゃんのお友達連れて来たから高ぁーく買ってあげてね!」

どうやら顔見知りらしい。柄シャツを着た店の主人はたぶん還暦ぐらいのおじさんで、愛琉ちゃんに親しげな笑顔を向けている。

「よし、見せてみろ」

そうして僕等は凪坂と愛琉ちゃんの協力の下、いつもよりずっと良い値段で麻袋の中で壊れてるアンドロイドを買ってもらった。





「なんでスラムが愛琉ちゃんの庭なの?」

訊いていいことかどうかわからなかったけど、店を出た僕は愛琉ちゃんに尋ねた。すると、愛琉ちゃんはとくに嫌な顔もせずに答える。

「あたし、ここで育ったんだよ」
「どういうこと?」

愛琉ちゃんは首を傾げて、少し説明する言葉を探してから答えた。

「うんとね、あたしも小さかったからよく覚えてないんだけど、気が付いたらこのスラムに居て――普通に考えるなら多分捨てられたとか、そういう感じなんだと思うけど。それで、まあこんなとこだし、売り飛ばされそうなもんでしょ?」

愛琉ちゃんは翳りない笑顔で明るく笑う。
僕とソウは、それを静かに聴いていた。

「まあ、そうだよね」
「でも違ったの。案外良い人もいっぱいいるんだよここ。いろんな人があたしにご飯食べさせてくれたし、かわいい着る物もくれたし、寝床も貸してくれたの。あたしはこの街のいろんな人のところを毎日転々としてさ、なんかみんな顔見知りで、みんなあたしの育ての親みたいなもんだよ。あたしから頼んだっていうより、皆あたしの面倒見たいって感じの人の良さでさ。……勿論あたしをどうにかしようとした人もいたよ、悪い意味でね。でも、絶対に誰かが護ってくれたの」
「……そうなんだ」

随分と突拍子も無い話だと思った。

だけど実際、行き交う人の中で愛琉ちゃんに挨拶をしていく人は多かった。ほとんどの人が愛琉ちゃんを知っているみたいだったし、誰も嫌な視線も奇異の視線も向けなかった。

「じゃあその、本当のご両親はわからないんだ?」
「殆ど記憶には無いかな」
「つらくない?」
「ううん。たのしいよ。みんな優しいし、寂しいと思ったことないもん」
「そっか。愛琉ちゃんは、強いね」

そう言うと、愛琉ちゃんは目を円くして僕をまじまじと見た。

「ん?」
「……ううん。そうかな? ありがとっ」

愛琉ちゃんは可愛い顔いっぱいに笑ってそう言った。それから、ひらりと背を向けて手を振った。

「それじゃあたし、これから凪ちゃんとこ行くから、またね」
「うん、ありがとう」

そして数歩進んでから愛琉ちゃんは立ち止まり、もう一度くるりと振り返って僕をじっと見た。

「愛琉ちゃん?」
「ハル、」

愛琉ちゃんはこちらへ戻ってきて僕の耳元へ囁いた。

「あたしが寂しくないのはみんなが居たからだよ。ソウにはハルしかいないんでしょ?」
「え?」

今日もろくに愛琉ちゃんとソウは言葉を交わしていないのに、いきなりそんなことを言われて、僕は驚いた。

「そんなこと、」
「ダメだよ、寂しい思いさせちゃ!」

ね? 愛琉ちゃんは可愛らしくそう笑うと、今度はもう振り返らずに去っていった。僕は意味がわからなくて首を傾げる。

「どうした?」

愛琉ちゃんが居る間、殆ど黙っていたソウに尋ねられて、僕は肩を竦めた。

「さあ?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自称チンタクロースという変態

ミクリ21
BL
チンタク……? サンタクじゃなくて……チンタク……? 変態に注意!

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集

あかさたな!
BL
全話独立したお話です。 溺愛前提のラブラブ感と ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。 いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を! 【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】 ------------------ 【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。 同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集] 等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。 ありがとうございました。 引き続き応援いただけると幸いです。】

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

「恋の熱」-義理の弟×兄- 

悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。 兄:楓 弟:響也 お互い目が離せなくなる。 再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。 両親不在のある夏の日。 響也が楓に、ある提案をする。 弟&年下攻めです(^^。 楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。 セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。 ジリジリした熱い感じで✨ 楽しんでいただけますように。 (表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

処理中です...