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Blue Earth 02
しおりを挟むロケットダイナーはいつも通り、8割入りって感じの混雑具合だ。
僕等は学生や社会人に紛れてバーガーセットを注文して適当な席に座り、食べながら打ち合わせをした。
「間違いないと思うよ。オイルを買ってるとこを見たし」
「そうか。まあお前が言うなら間違いはないんだろうな」
ソウは、僕の直感を信じてくれている。
スパイ型アンドロイドだって証拠なんてものが出揃ってなくても、まずは必ず話を聞いてくれた。僕も無闇にアンドロイド狩りをしてるわけじゃないけれど、何故か周波数を掴むように、相手が機械だという事が察知できる。
「出社は8時50分。帰りは19時11分。目立った動きはないから自宅か会社で情報収集してるんじゃないかな。外で誰かと会ってるとこも見ないね。報告は端末でしょ」
「自宅は突き止めたか?」
「うん。一人暮らし。アンドロイドに視線感知機能がついてなくて助かったね」
注意を払われたら終わりだ。意識されて記録されれば、すぐに感知されてしまう。
「おぉー? ハルじゃん」
僕等が相談していると、怠そうなのか明るいのかよくわからない声が掛かった。
そちらを向くと、傍にツナギを着て首にゴーグルをかけているガラの悪そうな白髪の青年と、フードの大きなパーカーからすらりと伸びた脚へスニーカーを履いた、パステルカラーの女の子が立っていた。
「凪坂、」
片手を軽くあげて挨拶すると、同じように返す凪坂の横をすり抜けて、柔らかそうな髪がさらりと踊った。
「なになに打ち合わせー?」
「そ。愛琉ちゃん今日もきらきらだねー」
きらきらっていうのは、例えば細かなラメの光る唇だったり、光の粒子みたいなアイシャドウや煌く銀の睫毛だったり、ネイルやアクセ、バッグのチャーム。そんないろんな所が会うたび色を変えてきらきら光っているのが彼女だからだ。
愛琉ちゃんは元気良く言いながら、プレートを置きつつ空いていた僕の隣の席に座った。
彼等とは、少し前に海辺で知り合った。
凪坂はいくつかのモニターとアンテナの立ったバイクに乗って空を仰ぎ、煙草を吹かしていて、その後ろに乗った愛琉ちゃんは背中を凪坂に預けて、やっぱり青空を見上げていた。
何か落ちてくるのを待ってるみたいに見えて、何してるんですかって話しかけたら、宇宙の空模様を見てるのさーと間延びした返事をしながら名刺をくれた。
名刺には
"凪坂-Nagisaka- 気象予報士"
という肩書と一緒にナンバーとメールアドレスが書いてあった。
所属や会社の所在地は書いてなくて、彼はフリーでやってると言っていた。
彼女はパートナーなのかと尋ねると、愛琉はこのまえ新宿スラムで会って以来、勝手にくっついてくるだけの付き合いだ、と言っていた。そのとき愛琉ちゃんは凪坂の名刺を奪って、裏側へ自分の漢字表記の名前とSNSのIDを走り書きした。
それから僕と彼等は街や海辺でよく出くわしては、他愛も無い話をするようになっていた。その日の太陽フレアや磁気圏とか、僕の知らない他の星の話とか。
「こっちの美形が噂のソウ君?」
「かっこいいー!」
ソウの隣に座りながら凪坂が言うと、愛琉ちゃんも笑顔ではしゃぎながら同意した。
「うん。ソウ、こちら気象予報士の凪坂と…」
「勝手にくっついてる愛琉だよ!」
愛琉ちゃんは片手を上げて小首を傾げると、にっこり笑った。きらめくばら色の唇が綺麗な弧を描く。
「どうも…」
愛琉ちゃんのテンションと白髪作業着の男に若干ひいているらしいソウが、軽く会釈する。すると名刺を取り出しながら凪坂は愛琉ちゃんに水を向けた。
「おい、お前がチャラチャラしてるからひいてるだろーが。営業妨害すんなコラ」
「えーっチャラチャラしてないし。凪ちゃんがヤンキーみたいだからでしょッ」
「ああ、ソウ。この人達この前会ったばっかなんだけど悪い人じゃないから!」
「わりと失礼だぞお前も」
せっかくのフォローを凪坂本人にダメ出しされたけど、僕はなんとか笑って誤魔化した。ソウは特に何の感想も持っていないような顔だったけど、視線を名刺から凪坂に移して口を開いた。
「気象予報士の凪坂さん?」
「凪坂でいいって。呼び捨てろ」
「有名ですよね、宇宙情報の凪坂…」
「あれ? 知ってるの?」
「ええ。ネットでよく見かけるお名前なので…謎が多いと言われてますけど、ご本人にお会いできるとは」
「あぁーまあね。でもそっちに精通してる奴じゃないと知らねぇけど…」
「へぇー有名なんだ凪坂って」
「知らなかったぁー」
僕と愛琉ちゃんが感心して言うと、凪坂は横目で僕等を睨んだ。
「お前等みてぇなバカ共は知らなくていいんだよ」
「ナニソレ!」
「凪ちゃんだってバカじゃん。そんな変なメッシュなんか入れてさー」
「ぶッ…愛琉ちゃんそれリアル」
自分もよくしているパステルヘアを棚上げした愛琉ちゃんの指摘に僕が思わず噴き出すと、凪坂はやれやれと首を振ってソウに向き直った。
でも実際凪坂の白髪にはその日によって色の違うメッシュが入っていて、それは印象的だった。左耳の上あたりに一房、グラデーションみたいな色をいつも入れていた。多分適当にスプレーで入れているか、もしくは徐々に色が変わるタイプの染料なんだろう。日替わりカラーだ。
「ソウも学生だろ? 頭良さそーな」
「普通ですよ」
「敬語じゃなくていいって。俺そういう口調ダメなんだよな」
「バカだもんねっ」
「うるせえ」
愛琉ちゃんはポテトを食べつつ適度に合いの手を入れる。会って間もないらしいけど、いいコンビだと思う。こんなきらきらした甘いお菓子か星の欠片のような子が、なんだって人相の悪い凪坂にくっついているのか僕にはよくわからないけど、たぶん凪坂もわかってないんじゃないかな。
「それでお前等アレだろ? 掃除の打ち合わせなんだろ?」
「うん。そうなんだけどね」
特別隠すことでもないけど、あまり無闇に吹聴していい事柄でもないので、僕は勝手に喋った後ろめたさでソウをちらりと見た。ソウは特に何の反応もしない。気にしすぎだったかな。
凪坂はコーラを一口飲んでから唸った。
「ふーん。お前さァ、それどこで売ってる?」
「チップリサイクルの上」
「あぁー。うーん」
なにか思案するように凪坂が眉根を寄せると、愛琉ちゃんが指先のポテトを躍らせながら言った。
「もっと高く買ってくれるとこあるよ?」
「え?」
「なんでお前が知ってんだ、愛琉」
「新宿スラムはあたしの庭だもーん」
「女子高生には物騒な庭だな」
「あ、そういえば愛琉ちゃん学校は? 近く?」
「近くだよ。ハルんとこから徒歩だと30分くらい?」
「へー。そうなんだ」
「うん。行ってないから学校の名前忘れちゃった」
愛琉ちゃんはそう言ってからコーラを飲んだ。まあ学校に行っていない生徒なんて珍しくもないので、僕はとくに理由は聞かなかった。それよりスラムが庭ということのほうが問題だけど。
「で、そう。あるぜ。紹介してやろうか? 2割は上がるぜ」
「マジ? 助かるよ、ね? ソウ」
「ああ、そうだな」
ソウも口元に笑みを作って頷いてくれたので、僕は凪坂に紹介を頼むことにした。すると凪坂は腕の端末でさっさと通話を入れて、僕等がそのうち行くから宜しくとだけ言って通話を切った。実に簡単だ。
「赤看板のらーめん屋ってわかるか?」
「店名がらーめん屋のとこ?」
「おぉ。そこの裏のビルの3階だ。一応俺の名前出せよー」
そして凪坂と愛琉ちゃんは、自分達のセットを食べ終わると店を出て行った。
少し猫背でやる気のない歩き方の凪坂と、めいっぱい可愛くお洒落したカラフルな愛琉ちゃんの後姿は、なんだか面白くて僕はじっと見送ってしまった。
そして僕等は打ち合わせに戻り、追っているアンドロイドの仕留め方を相談した。決行は明後日だ。…凪坂に天気を聞いておけばよかったな。
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