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Blue Earth 01
しおりを挟む海沿いの道は青に面しているから開放的だ。青は解放のイメージ。自由の色。
その印象はどうやら大昔から変わっていないらしい。
こんなに何もかも整備されて、管理されて、文明は進んで、世界情勢も宇宙へ広がったのに、そういうものは変わらない。
空や海が青いという根源的なものも、ずっと変わらない。植物は緑だし、風は透明のままだ。
今の時代では、日本は小さくて高性能なチップやパーツを作る専門機関になっている。
だから頭が悪くない奴等はその関係の仕事に就くのが当たり前で、そうでない奴は街のショップ店員。ショップの本拠地は海の向こうの大陸にあるから、本当の幹部に就きたいならそっちにいく。
つまり大手企業は日系企業でも大陸に在るから、そういった上の仕事がやりたいなら日本を出るしかないけど、まあ別に大したことじゃない。海底メトロで3時間だからね。
他には軍人になるって奴も多い。ペンタゴンに一度招集されてから、各国もしくは各星に所属することになる。そしてどこにも行けない奴は、スラムに流れる。どんな国にもスラムはあるものだ。
けどそのただの工場列島みたいなのは表向きで、実は世界政府の本拠地はこの島の地下に有って、いざという時に列島はほとんど軍艦みたいになる、なんて都市伝説がある。
真偽のほどは不明だけど、他の星からのスパイアンドロイドがその辺に紛れているのは事実で、それを狩って新宿スラムの店に持っていくと買い取ってくれる。
それが政府機関と繋がった店なのか、ただパーツをバラして売りさばくジャンク屋なのかは知らない。だけど報酬として対価は得られて、引き取って貰えるのだ。とにかく、だから日本には賞金稼ぎが多い。大陸でもそうなんだろうけど。
僕は高校生で、賞金稼ぎの真似事をして遊んでる。賞金稼ぎは頭のキレる理数系ばかりだ。
でも僕は例外。僕は頭は悪いし特別機転が効くわけでもない。ただ、ちょっとないくらい勘が良い。
頭の良い理数系のパートナーが居るから、僕は勘担当で他はアイツに任せてあるって感じ。ハッキリ言って、僕はかなり美味しい立場だ。
古い映画や小説のなかでは、潮風や波音、鳥の声なんかが海には付き物だ。
それが、ここには無い。海の音は聞こえないし、潮風も触れないし、鳥もいない。
海にはよく機体や星の残骸が降ってくる。それは七色に光り、まるで空を海月が泳いでくるみたいだ。
目に見える被害だけでなく放射線の影響もあるから、列島は透明なドームで守られている。街ごとにドームのバリアがあって、街と街はメトロで繋がっている。
僕は、透明な壁に触れて、遮断された外の世界に想い馳せてみる。
このドームは、アダマスっていう、宇宙物質と地球物質を化学反応させて起こしたものを使っている。
ダイアモンド並みの耐久性を保ち、表面の滑らかさから汚れの付着に強く、付いても水で簡単に流す事ができるらしい。
一日一回、このドームの中心、天辺から水が流れて壁を伝う。その間はドームの外の景色が歪む。
オゾン層の壊れたドームの外の大気は汚れていて、人が長く健康に生きられる環境じゃない。
例えば十年や二十年は生きられるだろう。だけど健康はどんどん失われ、病気になって死ぬんだって。
ドームの中は、酸素も湿度も生産され管理され、循環して風も起こる。かつての地球の状態は人工的に造られている。
まあだけど、そんな話になってくると僕はもうお手上げ。それはアイツじゃなきゃ説明できない。
「またここに居たのか」
「ソウ、」
彼が理数系の秀才パートナー、ソウだ。
漢字だと、蒼って書く。
彼の髪は焦茶の混じる僕の金髪と違って日本人らしい黒髪。だけど切れ長の眼は空みたいな青で、いかにも頭が良さそうな顔立ちだ。ちなみに僕は、晴って書いてハル。
「ハルは海が好きだな。どうせ出られないのに」
「でも色はわかる」
それに僕は、波が好きだ。
こんなにたくさんの水がこの惑星にはあるのに、湖や川はもう遠い昔に干上がってしまった。今は衛生的に管理された貯水タンクや噴水、池でしかたくさんの水を見ることはできない。
「別に、ホロで充分だろ。あっちの方がリアルなくらいなんじゃないか」
「あれも悪くないけど、やっぱり本物がいいんだよ。でなけりゃ一生ヒキコモリでも良いって話になるだろ」
はあ、とソウは溜息と返事の混ざったような声で応えた。
実際、ホログラムは随分リアルだ。
部屋の空調とも連動しているせいで、微風やらアロマやら、相応しい大気まで再現してくれる。どこへも行かなくても室内で行った気になれる。
けど、それってどれだけ生きてるって言えるのか、僕には判らなかった。
「そろそろ正午だな」
ソウが言い終わるのと鐘が鳴り響くのは同時だった。
僕はドームに付けていた掌を下ろして後ろへ下がった。鐘が鳴り終わると、やがてドームの壁を水幕が下りてきた。視界は歪み、海は水槽のようになる。
でももう海には何も居ない。みんな死んだ。
海の生き物は、もう本当の海では生きられないから、国営水族館で生かされている。僕はそこも気に入っているから、よくソウを連れて一緒に行く。
どうも僕は昔から青が好きで、青に憧れていた。だからソウのその字があおを意味すると知った時も驚いた。
だってソウが蒼って字を書くことを知らない時からすでに、ソウは僕の憧れだった。
頭が良くてよく気が付くし、すごく弁えていて完璧な立ち居振る舞いをする奴だ。ソウを嫌いな奴が居るとしたら、間違いなく嫉妬だね。
だってソウは長身で、顔まで綺麗だ。瞳だってクールな青。良くも悪くもアンドロイドなんじゃないかって噂が絶えない。だけど、ソウは勿論アンドロイドじゃない。
「腹減ったー。ロケット行こうよ」
「そうだな」
ロケットっていうのはまさか乗り物なんかじゃない。ロケットダイナーって大手チェーン店。ファストフードといったらここ。学生はみんなこのダイナーのお世話になってるはずだ。
僕等は道路の脇に出て、等間隔で800Mごとに設置してあるポイントのスイッチを押した。すると車に紛れて道路を滑っていた、宙に浮かぶ白いカプセルの中から誰も乗っていないものが目前に停車する。僕等はそれに乗り込むと腕の端末をかざして操作パネルに行き先を入力し、海辺を後にした。
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