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しおりを挟むバイクを早めに降りて路地裏へ隠すと、目的の拠点の裏にある空き家へ歩いて向かった。拠点の入り口を固める予定の面子に無線で確認すると、誰も欠ける事なく集まったと報告を受けた。
空き家へ入り、窓の側へ身を潜めながらライフルのスコープでそこを見ると、外灯がかろうじて届く暗がりに人影を見る。数カ所に身を潜めている姿を見つけ、それが俺達のメンバーだと解った。
xDKの見張りも見える範囲で確認していると、すぐにキースとディエゴがやってきた。
「向こうも全員来てた。確認済みだ」
キースが入口のメンバーの事を報告し、ディエゴもそれに続けた。
「見張りは思ってたより多くないな。やはりxDKも満身創痍ってとこだろう。何人生き残ってるか怪しいもんだ」
「それは俺達も同じだな。誰も失えない」
二人にシグラが答える。キースとディエゴはそれに頷き、強い決意の宿る目をした。
俺達は一呼吸分の沈黙の後、無線に報告を入れて階段を上がり、屋上へ出た。塔屋の陰に隠れて様子を伺う。
目当ての建物やその前方の建物へ配置されている敵陣の見張り達は、下の路地ばかり見下ろし、まだ異変に気付いて居ない。
バシリオが死んだ事はおそらく伝わっているだろうが、そこにある麻薬の山は金そのものだ。組織が壊滅しても諦めないだろう。何としても売りに運び出したいはずだ。
アグーリャや武器と人員の多くを失っている俺達にしても、あれが手に入ればかなりの利益になるが、今はそうも言ってられない。目先の利益よりは残党を残らず潰す方が後々に生きるはずだ。
俺とシグラでライフルを構えて一人ずつ狙撃すると、見張り達が倒れていく。
隣の建物の屋上へはバルコニーや屋根を経由して慎重に移動し、手を貸したり引っ張り上げたりしながら辿り着いた。狙撃から二分程で屋上へ乗り込み、狙撃しておいた見張り達が絶命しているか警戒しながら塔屋の扉のサイドに立った。
扉を開け放ち、シグラと中へ入ると、階段へ向けて銃を構える。
シグラへ視線を向け、頷く。まだ外で待機しているディエゴとキースへも目線で指示を出し、頷いた。
俺は階段の壁へ二発、銃弾を撃ち込む。
一瞬遅れて男達の怒声が響き、激しい物音が聞こえた。徐々に近付くその喧騒に、時を待つ。やがて階段の下に男達の姿が現れ、俺達は頭や胸を狙って一人一人撃ち殺していった。
ハシャドゥーラの建物は狭く細長い。階段も狭いため、屋上から攻めれば制圧するのは難しい事じゃない。
このまま階段を行っても撃ち殺されるだけだと気付いた中の連中が上がって来なくなると、俺は無線を繋いだ。
「屋上だ。そっちはどうだ」
『何人か出てきたが全て撃ち殺した。今は中に立て籠もってる』
「こっちも膠着状態だ。突入する」
『了解』
この瞬間の高揚感は、言葉にならない。重力が消えたように脳が解放される。意識と身体が完全にひとつになるような感覚がある。
階段を降りると折り返しの踊り場の前で銃を構え、遺体を蹴り転がした。その気配に反応した下の奴が顔を出した所を狙い撃ち殺す。
シグラの援護を受けながら下まで降りると、壁に隠れて手榴弾のピンを抜き、出来るだけ遠くへ放り投げた。
轟音と共に爆風が通り抜けてから、隣へ来ていたシグラと目を合わせ、それから階段を見上げて二人に合図した。
ディエゴとキースが降りて来るのと同時に、俺はフロアへ出た。
瓦礫や粉塵の中で、建物を出ようと下を目指し、階段へ集まる男達をすぐに見つける。俺達はそれをマシンガンで撃ち殺し、フロアの一部屋一部屋を確認して回った。何度かの撃ち合いがあったが、幸いこちらに被害はない。
外のメンバーと連絡を取り、俺達は更に下へ進んだ。下の階でも手榴弾を使い、建物は倒壊の危険を俺達に伝えていた。
いよいよ死線を潜り抜けているという実感に、それでも俺は生き残る気しかしていなかった。
床や壁の崩壊に気を付けながらの撃ち合いは神経を遣ったが、フロアを回って再び階段へ向かった時、床が崩れ始めた。
「カミロ!」
最後尾に回った俺と三人との間で、古くなった床がついに落ち始める。
「階段はまだ無事だ! 外で落ち合おう」
シグラの縋るような目を見つめ返してから、俺は振り切るように踵を返して広がる穴から退避する。
床は脆く崩れ落ちていき、下のフロアが見えてくる。そこで階段を降りて行った三人と撃ち合いをしているらしい敵の姿を見つけて撃ち殺し、いよいよ天井が落ちようとし始めたのを感じた。
崩れ残った柱と壁を確認し、俺はそれを足場に下へ降りた。瓦礫を伝って降りていくと、不意に不安定な足場が崩れて地上へ雪崩落ちる羽目になった。
「カミロ!」
「シグラ?」
全身に鈍痛を感じながら目を開けると、砂煙の視界にシグラが居た。
「おい! まだ外に出てなかったのか?」
「カミロもだろ」
「二人は?」
「俺だけ戻ったんだ」
「なに考えてんだよ」
これがドラマならシグラを抱き締めてキスのひとつもした所だが、そんな事をする時間は無さそうだった。煉瓦造りの粗悪なスラムの建物なんか、長くは持たない。解っていて手榴弾に頼ったのは、完全な人手不足の為だ。
シグラの肩を借りて立ち上がると、俺達はすぐに出口へ向かった。瓦礫が降ってくる音が追い掛けてきたが、振り返らずに出口を目指す。俺とシグラを呼ぶメンバーの声に導かれて、開け放たれた扉を潜ったのと建物が半壊したのが同時だった。
「カミロ! 遅いぞ!」
「うるせえ全速力だ」
ディエゴが焦りと安堵を吐き出すように怒鳴って俺を出迎えた。
「お前が死んだら俺がトップだったのに」
「ハッ。お前に務まるもんかよ」
「手厳しいな!」
軽口を叩くメンバーを見渡すと、無傷とまではいかなかったようだが、欠けた奴は居なかった。突入メンバーには高いリスクがあったが、チームの被害を最小限にする為に取ったやり方は正しかったようだ。
「怪我はどうだ?」
「平気だ」
耳元で囁くシグラに微笑い掛けて、俺は弾を補充し体勢を整えた。
「おい、カミロ。一度戻るだろ?」
メンバー全員の視線が俺に集中したので、首を振って答える。
「休みたい所だけど、このまま街を回る。事情が解らない住人達に印象付けるには一刻も早い方がいい。このままxDKの地区を下っていく。住人には今後、俺達を信頼して貰う必要がある」
「カミロ、それなら俺達は街の下から上がって来よう。少しでも散った残党を見つけられる可能性を上げた方がいい」
キースの協力的な提案に、俺は頷いて答える。
「頼む」
「当たり前だ。そこら辺のバイクで下へ行くよ」
並んだxDKのバイクを指してキースが言う。
「手当てが必要な奴はいないか?」
俺の問い掛けに、メンバー達は笑って頷く。
俺より歳下の奴も居るが、此処へ来る前より強くなったような顔をしていた。
俺達は挨拶回りとバイクチームの二手に分かれ、それぞれの役割に就く事になった。
頭が冴えていて、疲労はやって来ない。身体の痛みも大した事はなかった。おそらく後からやって来るだろう。
シグラやディエゴと、潜り抜けた修羅場や、この抗争など無かったように他愛も無い談笑をしながら街を回った。
朝を迎えて路地に集まっている住民達に挨拶し、なるべく怖がらせないように対応する。信頼が得られれば、今後の困り事の依頼は俺達へ入り、商人は俺達にみかじめ料を支払うようになる。xDKの構成員が彼等の前に現れたとしても、俺達のパイプがあれば連絡が入るだろう。
xDKの地区も俺達の地区も、何が変わるわけではない。住民達にとっては、命を脅かされない身の振り方が全てだ。
俺は武力に依存するが、不要な圧力を掛けたくはない。これまでのアグーリャやバシリオのやり方とは違う事を、今から示していかなくてはならない。舐められないだけの威圧と、信頼に足る安心感のバランスを取るのに、穏やかなシグラや気さくなディエゴは適任だった。俺が最低限しか話さなければ、住民は勝手に新しい統括者がどんな人間か想像する。
住民達の反応は悪くなく、怯えが安堵に変わる瞬間に、何度も出会う事が出来た。俺達は所詮ギャングだが、これまでよりは安心して日々を暮らして欲しい。
そうする為には、失った資金や武器、人員の補充が必要だ。アグーリャが握っていた情報やパイプの全てを俺が引き継ぐ事は出来ないだろう。これから迅速に作っていかなければならない。警察との均衡を保つだけの力が無ければ、組織として確立は出来ない。
「特に問題はなさそうだな」
丘の下から登ってきたメンバーと落ち合っても、遭遇したのは数人の構成員だけだった。散り散りになった構成員は俺達のチームに入りたいと言ってきたが、信用代わりに相手のスマホを取り上げて個人情報を抜き、後日改めて入団へ来いと話を纏めた。IDも無いこの街では、人質を取る以外の方法が無い。家族やxDK内部の情報を得る事で鎖に繋いでおく汚いやり方しか選べない。
加入希望者以外の残党は、住人のふりをしていれば解りにくい。若い男は全員衣服を脱がせて刺青を確認する方法を取った。数人は逃げようとしたので致命傷を避けて撃ったが、助かるかどうかは定かではない。俺達が仕事を終えたのは夕方だった。
「いずれまた残党は出てくるかもしれないが、今はそれよりも近隣スラムのチームを気にした方がいい」
「そうだな」
「カミロ、これからお前がボスか……」
「文句あんのか」
「あるに決まってんだろクソガキ!」
「処刑すんぞ役立たず」
メンバーとこんな巫山戯た会話をしながら幹部を気取れるようになるとは思いもしなかった。ハシャドゥーラはこれで、実質俺達が纏めた形になる。統括として俺が頭を務める事の重圧は感じるが、不思議と怖くはなかった。
それぞれ無線を携帯する事を条件に解散し、明日の夜までは休む事になった。
全員が引き上げるのを見送り、シグラとふたり残った。
海へ落ちる落日は、もう半分沈んでいる。昼と夜の境界を、海風が吹き抜けていく。灰や粉塵を一掃して、新しい明日を連れてくる為に、沈んでいく。
シグラと共にある今と、空の色と、肌に触れる風の感覚とに、生き残ったのだなという実感が遅れてやってきた。生きている。俺も、シグラも。
「シグラ。付いてきてくれて、ありがとう」
シグラが微笑み、未だリボルバーを持ったままでいた自分の手元へ視線を落とした。
「いつかこうなる気がしてたよ」
「本当か?」
「俺はずっと覚悟してた。お前を失う事や、自分が死ぬ事。だけど今から必要なのは、生きて背負う覚悟だな」
蜘蛛の巣食うままの手から顔を上げ、俺を見たシグラの瞳に、暮れていく日射しの色が入って光っている。
ああ、やっぱり、シグラは綺麗だな、と。
何度目か解らない事を思った。けれど終わりと始まりの宿る、これはきっと一度きりの眼差しだ。
「俺がハシャドゥーラを纏めても、世界が良くなるわけじゃない。だけど、せめて今ここにあるものは護るよ。シグラとなら、俺はやれる」
リボルバーを握る六芒星の手に自分の手を重ね、俺は銃ごと引き寄せて頬へ寄せた。
「二人で生きていこう。この街で」
リボルバーの冷たさとシグラの微かな体温に触れながら、俺はこれまでの人生の、どの瞬間よりも明日を見つめていた。『何処かへ』でも『もしも』でもない。俺達の現実の中で、この汚れたスラムの地の上で、生きる明日を迷ったりしない。今ある全てを抱えて、巡る夜明けへ向かい続ける。
◆
それから数日を掛けて、俺達はモチーフを伝えデザインをセファに託し、新しい墨を刺れて貰った。
セファの尽力もあり、母やノエも無事に命を護られ、セファはリアと付き合う仲に発展していた。ピスカにラリった俺が切欠になってしまった事を一生ネタにされそうだと思ったが、二人の大切な人が深い関係になった事は、素直に嬉しかった。
店はまだ立て直すに至っていないが、俺は使えそうな空き家をすぐに手配し、まずは必要最低限の商売道具の調達を手伝った。まだ開店には遠い荒れた準備中の店で、セファの手は魔法のように俺達に刺青を刺した。
シグラの心臓に咲く蓮と牙を剥く赤い目をした黒豹が、守護になればいい。俺の頸動脈の上には、同じ蓮が咲いている。俺は必ずシグラを護るし、シグラの心臓と繋がっている。これはその決意の証だ。誓いのリングよりも、確かなものだと信じられる。それを刻むセファが立会人だ。
俺は腕から指へ牙を剥く豹も同時に刺れてもらった。この手で命を奪っていく。この手で俺の譲れないものを護っていく。
俺はこの先も誰かを踏み躙るだろう。一生、正しくなんかないだろう。
命すら過ちだと言われても構わない。
俺は間違ったままで生きていく。間違った命を生きていく。この形に生まれた。
纏い付く重い泥の底で。届くことのない青空に、手は伸ばさない。この瞳にどんなに綺麗に映っても。
泥に塗れ腐臭を連れ、血を浴びて、命を掴み続ける。汚いものは、全て俺が被ればいい。
俺の背にはシグラが立っている。俺の聖域は、そこにある。俺がどれだけ汚れても。この街の救いの神は、リボルバーを構えたシグラだけだ。
夥しい顔の無い死骸の上で、この街の救済者はその優しい銃口を向けるだろう。弔いの銃声が安息へ導くのを、俺は見届け続ける。この命が尽きるまで。いつか救済の弾が、役目を亡くすその日まで。
end.
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