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08*
しおりを挟む静寂と浮遊。
歪む世界に、今度は微かに果物の香りがしていた。
いつこんなに静かになったんだろう。
死んだのかもしれない。
目蓋を、開ける。
薄く見えた部屋に、馴染みがあった。
「カミロ?」
現れたのは、長い黒髪と、焼けた肌の、天使。
「リア?」
「カミロ、眠って」
頬に触れたリアの手が、温かい。
「なんで、ここに……」
「シグラに呼ばれたのよ」
「シグラは?」
「駄目よ、動いちゃ。シグラもすぐ戻るわ」
シグラは、シグラには……。
「気分はどう? 水を飲める?」
リアの、ような……優しくて柔らかい、女が側にいるべきなんだろう。
この温かい手は、きっと、シグラの心に届く。
ああ、けど……俺は、シグラを手離したくないな。リアはとても、シグラに似合ってるのに。俺も、リアがとても、好きなのに。
本当はどうしても、二人の幸せを願ってやれない。
シグラの一番、近くに居たい。
シグラの、傍に…………。
今、シグラは何処に居る?
俺は、何処に……居る?
視界が霞む。頭が揺れてる。ひどい耳鳴りだ。吐き気がする。何かに追われてる気がする。
「銃を、」
「駄目。そんなの今は要らないでしょ」
リアが、笑う。
シグラなら、俺の手の届く所に銃を置く。
きっとそれが、違いだ。
優しく、温かなリアの手は、誰かの心は救えても、きっと、命を救う事が出来ない。命を救うには、命を、奪うしか……。
リアのこの細い手では、
銃口が、ぶれてしまう。
◆
夢と、現実。
境目が、消えてしまった。
クリームみたいに、溶けて……。
全部が、ばらばらに散らばって、混ざって……。
「カミロ……」
遠くみたいに微かで、近くみたいに吐息が聞こえる。
ガーゼに似ていた。声が、触れるものが。重みが、なくて。魂だけで、生きてるみたいな、シグラの声と、身体と……。
触れた肌は、俺だけのものにはならない。
脳に閉じ込められた、シグラの魂を探しても。俺のものには……。
細い首筋に、歯を立てれば血が滲む。
生きている。
シグラの身体に、血が巡っている。
唇に、脈が触れる。
もっと深く、知りたい。内臓の奥まで。
鉄の壁を建てて、仕舞っておきたい。
俺の腕にずっと、捕まっていてくれたらいいのに。
外の世界は、いつか、シグラを殺してしまう。
きっと俺から、奪っていく。
奪われる前に、骨まで食い尽くしてしまわないと。
脳髄を切り裂くような、耳鳴り。
視界がまた、白い粒子に侵される。
ピスカピスカ。
点滅する白い光。
溢れる光は、輪郭を掻き消していく。
俺の形を、魂を。
感じたことのない多幸感。
頭と身体の芯が、真っ白になっていく。
身体が無くなるくらい、圧倒的な、光に……。
俺は、どこにいったんだろう。
手は、目は、頭は……。
昨日も今日も、明日も無い。
今って、どこにあるんだ。
ここは、
ここは、泥の中。
泥に、埋まっていく。
泥の上に、蓮が咲き乱れる。
白い光の蓮が、花弁を散らしてる。
白い。
ぜんぶ、白い。
だけど、半身が泥に埋まってる。
動けない。
引き摺り込まれる。
臓腑みたいに柔らかい、絡みつく、泥に。
身体が無いはずなのに、引っ張り込まれる。
泥が、肺を満たす。
蓮の匂いのする泥が、俺を再生する。
また、構築される。
泥細工の俺の身体は、酷く重い。
頭が痛い。身体が重い。肺が機能してない。
死んでしまいたい。
この心地好い倦怠と多幸と、耳鳴りと頭痛と、引き摺り出されて撫でられてる剥き出しの神経と、重すぎるこの泥の中で……。
「カミロ、大丈夫だから」
髪を、撫でる手と、肌に触れる、体温。
鼓膜に降る声に、すべて赦されてる気になる。
シグラ。
銃口を、
その銃口を、
俺に咥えさせてくれよ。
◆
「シグラ……?」
目を開けた時、シグラの部屋だと数秒かけて気が付いた。俺が寝ているのは、シグラのベッドだ。
起き上がって視線を巡らせると、シグラはそこに居た。
月を、背にしている。
鉄格子に分断された、長方形の空の向こうで、丸い月がシグラを照らしている。
金の髪はまるで、月光で出来てるみたいだ。
「シグラ、」
もう一度、その名を呼んだ。
シグラがゆっくり、俺を振り向く。
月のように丸くなった瞳が、俺を見る。
部屋の中で、昔に椅子へ変わってしまった瓦礫の上から降りて、シグラがベッドへ歩いてきた。
「カミロ。もう、大丈夫なのか?」
ベッドへ座り、シグラが俺の髪へ手を入れる。もう一度眠ってしまいたくなるような、不思議な心地がする。
Hallelujahの曲が流れてる。シグラの母親が持っていたレコードだ。シグラが唯一、再生する音楽。口遊むことのある、やわらかい音のする曲。
「俺、は、」
記憶が纏めて抜け落ちている。
ジョアンを探していたはずだ。
「ジョアンにピスカを打たれたんだ」
「ピスカ……」
うちで扱ってる、新薬……。
ジョアンが持ち逃げした……俺が撃ち殺した。
「セファと、リアを、見た」
記憶が曖昧で、不確かだ。
セファとリアを、見た気がする。
声を、聞いたような。
「幻覚じゃない。リアは俺が呼んだ。もう帰ったけど。セファは偶々ハポーザに来たんだ。お前をここへ送って貰った。俺は一度本部に戻らなきゃならなかったから」
「アグーリャのところへ?」
「いや。事件そのものは大したものじゃなかったし、アグーリャには会ってないよ」
ジョアンにピスカを、打たれた。
覚えてる。それ以降は、霞掛かって思い出せない。シグラと居たような、気もする。魘された後みたいに、酷く怠い。
「シグラ!」
シグラを改めて見ると、肌蹴た白いシャツに赤い跡が数滴残っているのを見つけた。そのシャツを掴み開いてみると、首筋や胸元に血が滲んでいる。爪痕や犬に噛まれたような痕を見て、血の気が引く。
「こ、れ……」
「カミロ、違う」
焦ったように否定するシグラに、夢の中で見た、幻みたいな記憶が微かに蘇る。全て思い出そうとしても、記憶が逃げてしまって掴めない。けど、きっと、これは……。
「俺がやったのか……?」
「聞けよ、違うって」
「俺だろ? じゃなきゃ誰が、こんな……」
「お前は意識が飛んでた。覚えてないんだろ? だからお前がやったんじゃない」
「おい、シグラ!」
「騒ぐなって。大した事じゃないだろ」
手元に、銃が触れた。
握り慣れたそれを、持ち上げる。
「カミロ!」
米神に触れる冷えた銃口は、俺の温度を一気に下げた。いつでも現実を思い知らせる重さと冷たさで。
「なに考えてんだ! やめろ!」
「薬のせいじゃない」
「薬のせいだ」
「俺がお前をそんな目で見てたから」
俺が、汚い大人に、なっていくから。
人を殺すたび、武器の扱いを学ぶたび、俺は強欲になっていくみたいだ。
「……カミロ。解った。それなら俺もそうするよ」
そう言ったシグラは、チェストに置いていた自分のリボルバーを持ち出して、俺と同じように米神に当てた。
「シグラ、」
「どうする? 俺と一緒に死ぬか? 俺はそれでも構わないけど」
銃口を頭に当てたシグラが、真っ直ぐ俺を見ていた。澄んだ薄く青い瞳が、躊躇いなく自分の意志を決行すると告げている。俺は、人が撃たれた時にどうなるか、よく知ってる。シグラがその引き金を引いた時、どうなるかわかる。
震えた手から、銃がシーツに落ちた。
ベッドに呑まれて、音も碌に立てずに。
代わりにシグラの腕を取り、引っ張り込んで抱き締めた。銃を持つシグラの手も、ベッドへ落ちる。
「ごめん、シグラ……。俺、お前に何した? 全部、聞かせてくれ」
「カミロ……俺がされたのは、噛み付かれたくらいだ。お前が、爪立てるから……痕残ってるけど、でもそれだけだよ。お前はそのあと意識飛ばして眠ったんだ。俺を抱き込んだまま。さっきやっと抜け出したけど」
腕の中のシグラが笑ってそう言う。本当なら、それだけって一蹴できる事じゃないはずだ。突き飛ばされたって、仕方ないのに。
「俺、シグラを傷付けたいと思った事なんか、無いのに。いつまで正気で居られるのか、解らない。自分がどんな風になっていくのか、全然……解らないんだ」
「カミロ。俺、言ったよな。俺のこと、殺してくれって」
俺を見上げて、シグラはあの日の言葉を繰り返した。
「なのに、お前は自分に銃を向けた」
シグラの手が、俺の服を掴む。
「平気だと思った?」
月明かりだけの暗い部屋に、シグラの声が零れ落ちていく。
「俺がお前いなくなっても平気だって、本気で思ったのか?」
シグラが傷付いた瞳をしているのは、俺が噛み付いたからじゃない。
「俺には家族も友達もいない。知ってるだろ」
俺がシグラの事も自分の事も投げ出そうとしたからだ。
「お前の代わりなんか、居ると思うか?」
シグラの目が濡れて、硝子球みたいなその瞳が、海に溺れていく。
「俺を殺す事から逃げるなよ」
瞬きの間に流れ出した涙が、白い頬を伝って落ちた。
「お前しかいないのは俺の方だ」
俺の胸へ顔を埋めてしまったシグラは、俺よりずっと独りで、自分をやってきたのだ。
俺は知っていながら、何も見ていなかった。
「傍に居る」
シグラの背中へ回した手に力を込めて、米神にキスをする。
「ごめん。今日、ずっと独りにして。痛い思いさせて」
シグラは傍に居てくれたのに、俺は自分の意識も碌に無かった。シグラの心の、ずっと遠いところに居た。話も通じない俺の傍に居るのは、どんな気持ちだったんだろう。同じベッドに閉じ込められて。
俺の背に回ったシグラの手が、縋り付く。
泣く事の無かったシグラが見せた涙は、今どれほどの想いで居るのか俺に伝えていた。
噛み跡の残る首筋に唇で触れると、シグラが囁いた。
「傷なんか、痛くない……カミロ、」
「なに、」
「そういう目って、どんな目?」
顔を上げると、シグラが俺を見つめて首を傾げた。肌蹴たシャツから、傷痕の残る首筋を曝して。
「もう、わかるだろ」
「本当は、抱きたかった?」
シグラは片手をベッドに付いて、重ねて問い掛ける。
「ピスカであんなに飛んでたクセに、我慢したのか?」
「……そうかもな」
「カミロはやっぱり強いよ」
シグラは吐息だけで笑って、呟いた。
そして、俺の胸を押してベッドへ倒した。
「カミロ。俺、昔からずっと……生きてる気がしないんだ」
俺に跨って、上から見下ろすシグラの手が、心臓の上へ触れた。俺の鼓動を離さないように、シグラは掌を当てて言う。
「いろんな感覚が鈍くて、麻痺してるみたいで……可笑しいよな。息が、巧く出来なくなる……」
「シグラ……」
「俺、お前に、抱かれたいのかもしれない」
独り言に似た響きで、シグラの薄く開かれる唇から言葉が落ちてきた。
「お前に抱き締められてる間、考えてたんだ……。俺が生きてる実感……その神経、お前に繋がってるのかもしれないって」
刺青の無い方の手で、シグラは俺が付けた首の噛み痕に触れた。
「お前が俺に爪を立てて、首に噛み付いて、痛みより、熱くて、俺を抱き締めるお前の腕が強ければ強いほど、満たされる気がしたんだ」
蜘蛛の巣食うシグラの手が、咲いた薔薇を突き刺す剣の柄を掴むように、俺の心臓の上で、命に触れている。
「心臓が死にそうなほど脈打って、初めて生きてると思った。お前が俺を抱いたら、お前の熱で俺にも血が通う気がしたんだよ」
血を送り出し続ける俺の鼓動が、シグラの言葉を追いかけ始める。
「お前が俺をずっと、この世界に繋ぎ止めていたんだ」
泥の上で咲き続けるその茎は、俺の血脈に繋がっているだろうか。
「なあ、カミロ。俺を抱いてくれないか?」
蜘蛛の巣の這う手は、俺の心臓の上から腹を通り、ベルトへ行きついて革に指先を引っ掛けた。
その腕を掴み、俺はシグラの身体を引っ張り込むと、体勢を入れ替えて押し倒した。
シーツに広がる髪が月明かりに白く光り、蓮の花びらが散ったようだった。
◆
薬は抜けたはずなのに、力任せに引き裂いてしまいたい衝動を抑え込むのに必死だった。
余裕無く釦を外し、破く事なくシャツを脱がせる。何度も唇を合わせて、シグラの滑らかな肌に手を触れた。
体温の低い身体に熱を降らせながら、大切なものを暴いて自分の好きに触れている背徳感に快楽を覚えていた。全て暴いてその中に入って荒らしてしまう事の恐ろしさと興奮に眩む。
こんな事をするべきじゃないと思うのに、シグラが俺を呼ぶ度に、理性が引き千切られていく。
「ん、ぁ……カミロ……」
浮いた腰骨にキスすると、濡れた紅い目で俺を見下ろしながら、シグラは吐息を甘くする。拒む事なく俺の手を受け入れるシグラのパンツを引き下ろして、インナーと一緒に取り払った。
反応を見せている性器の先端に唇で触れると、シグラが腰を跳ねさせてシーツを手繰り寄せた。
「あ、駄目だ……! それ、やめろ……」
「なんで、」
「だって、汚いだろ……」
「シグラに汚いとこなんかねぇよ」
「カミロッ……! ぁ、んッ…!」
俺が口内にそれを含んでしまうと、シグラは仰け反って小さな悲鳴を上げた。
シグラにも性器があって、粘膜で擦れば快楽を拾うのだという当たり前の事が俺の劣情を煽る。性欲なんか無さそうなシグラが、俺の愛撫ひとつで呼吸を乱して頬を染めている。
何度も口内を往復させて先端を舌で擦り、吸い上げるとやがてシグラは甘く啼いて射精した。
「はぁっ、ぁ……おい、カミロ!」
吐き出されたものを呑み込むと、シグラが身体を起こして俺の腕に触れた。
「なんでそんな、吐き出せよ」
「やだよ。シグラの全部、俺のものにしたい」
「カミロ……」
「食い殺したっていいって言ったろ」
「そうだけど……」
「シグラ、」
戸惑うシグラの頬に触れて、そっとキスをした。
「ここで終わりにしてもいい」
シグラの瞳に迷いがあれば、ここで退くべきだと思った。
俺の欲望は、今や後戻り出来そうにないほど肥大している。止めるなら、これが最後のタイミングだ。シグラの奥へ手を伸ばしてしまえば、もう俺はおそらく自分を止められない。
「まだ我慢する気でいるのか?」
「するさ。こんな負担、横暴に掛けられない」
「カミロ……」
シグラは急に、俺の性器を服越しに撫で上げた。
「シグラ、」
「萎えたわけじゃなさそうだな」
「当たり前だろ」
「だったらもう訊くなよ」
「……きっと痛い」
「いいよ」
「止められないかも」
「俺が泣き喚いても止めなくていい」
シグラが微かに笑いながら、俺の首筋へ顔を埋めてキスをした。俺の肌を甘く噛みながら、舌で鎖骨を撫でる。シグラの手がベルトに掛かり、金具から革の端を引き抜く。
俺はその手を掴んでシグラをベッドへ押し倒すと、片手でベルトを外した。
シグラの脚を開かせて、奥の孔へそっと指先を沈めていく。シグラが息を詰めて唇を手の甲で押さえた。ゆっくり挿れても、そこは固く閉ざされていて容易に拡がりそうには思えなかった。なるべく痛みを感じさせたくない。
俺は視線を彷徨わせ、サイドチェストの照明の下に置いてあった軟膏を見つけた。傷を負う事の多い俺達は、塗り薬を常備している。
片手でそれを取って中身を掌に出すと、シグラのそこへ塗って指先を再び沈めた。
「んッ……!」
先程よりも滑らかに入った指は、深く進めていける。それでもまだ、シグラは違和感に身を固くしていた。
「シグラ……」
一度抜いて呼び掛け、シグラの身体を横にすると、片腕をベッドに付いて、シグラを背中から抱いた。肩や耳元へ唇を落としながら、シグラの中を指で拡げていく。二本、三本と増やしてき、粘膜を撫でて掻き回す。
「はぁっ……ぁ、ん……」
丁寧に中を解していくと、指先が固い痼りに触れた。
「あッ……!」
シグラが仰け反った時に、鼻に掛かった甘い声と吐息を漏らした。そのまま痼りを刺激すれば、涙の滲む濡れた目で俺を見る。
「や、ぁっ、だめ、そこ、カミロ……」
「ここ?」
「う、んんッ……はっ…ぁッ…!」
シーツを掴んで片手で唇を塞ぐシグラが、身体を震わせ腰をくねらせる。明らかに色の滲む様子に、自分の呼吸も浅くなる。
乱れていくシグラを見つめる事に夢中になって、その一点を何度も繰り返し曲げた指で刺激した。
そのうちシグラは、すすり泣くように声を絞り出した。
「カミロ、も、いいッ……挿れ、て……」
このままシグラを絶頂へ引き上げてしまいたいと思ったけど、俺も限界だった。
シグラを再び仰向けに寝かせ、枕を腰の下へ入れる。拡がった場所を曝すのを拒むように、シグラは腕で顔を覆って膝を擦り合わせた。
「シグラ、」
脚を大きく割って間に入り、シグラの腕を退かしてシーツへ縫いとめた。
耳まで赤くしたシグラが恥ずかしそうに俺を見上げ、浅い呼吸に微かに胸や肩を上下させている。組み敷いたシグラにキスをして、身体中に充満している熱を分け合う。口内の滑らかな粘膜を絡める心地良さに、緊張が溶けていく。
シグラの身体から力が抜けたのを感じながら、シグラの中へ指を挿れる。何度か抜き差ししてから、俺は苦しそうに呼吸するシグラの唇を解放した。
「本当に、いい?」
熱に浮かされたような顔で、シグラが頷く。俺はシグラの脚を掴んで広げ、取り出した性器の先端を押しつけた。拡がったそこは、なんとか俺を受け入れる。一度息を吐いてから、亀頭を入れると腰を押し進めた。
「あっ……ぅ、んッ……あ、あぁッ!」
一気に全てを収めきると、仰け反ったシグラが俺の首へ手を回した。抱き寄せられて、キスをする。乱れた呼吸が苦しくても、粘膜を触れ合わせると頭の芯が痺れて溺れていける。深く絡めてから離れた唇で、シグラは俺の名を呼んだ。
「カミロ……」
シグラの胸に手を当てて、尋ねる。
「生きてる感覚、ある?」
瞳に涙を溜めたシグラが、鼓動を刻み精一杯に息をしながら、頷く。
その時に、一番深い所で繋がる事の意味を知った気がした。
獣の本能が身体を昂らせるのだとしても、同時にこれが種の保存に適さない非生産的な行為なのだとしても、魂は一番近くに居て欲しい人を求める。受け入れて欲しいと、受け入れたいと、叫ぶ。
繋がった熱から感情の全てが流れ出して、同じ温度になった時、愛しさは言葉を越えていけるのだと思った。
「あ、あぁッ……! ん、カミ、ロ……!」
「シグラ……」
「あ、んぅッ……ふ、はぁっ……ぁ……」
シグラの唇を夢中で貪った。身体の深くを貫いて、衝動を打ち付けた。俺も泣いてしまいそうだった。生きている身体と心を持て余して、こんなにシグラに受け入れて貰いながら、なぜか遣る瀬無さが付き纏う。
ひとつになれないからか、いつかは失うからか。
今この瞬間の刹那さを、俺達は知り過ぎている。
幸せは痛みを伴うのかもしれない。こんなに暴力的な強さを持った感情を交換するのに、痛くないわけ無いんだ。
「愛してるよ、シグラ……」
譫言のように俺を呼び、快楽と息苦しさに濡れた声を溢すシグラに、身体と心から絞り出された言葉が漏れた。
世界でいちばん大切な名前を呼ぶことが、こんなに胸を抉るような感覚を伴うなんて、俺は知らなかった。
抱き締めた肌と熱を離したくなくて、繋がりを解いた後もそのままで居た。乱れた呼吸を整えながら、水ひとつ持ってきてやれなかった。
どれだけ飢えていたんだろう。
俺はきっと重い鎖のような愛し方しか出来ないのだ。
シグラの首筋に顔を埋めて、身体と感情が鎮まるのを待った。暴走してしまわないように。油断したら何度でも組み敷いてしまいそうだ。
「カミロ……」
寝返りを打って俺と向き合ったシグラが、目を細めて言った。
「俺は生きる事も知らずに人を殺してきたんだな」
こんなに必死に呼吸して、破裂しそうな心臓を動かして、たった一人と繋がろうと必死になる事の意味も、誰かの価値も知らずに、俺達は人を殺してきた。
「シグラ、その罪は俺とお前で半分ずつだ」
罪を飲み干して、脈打つ背徳を噛み砕く。
二人で一人分の、命でいい。
寿命なんか無くしてしまっていい。
残り少なくても構わない。
流し続けた血の海で、溺死しよう。
この赤い熱に燃やし尽くされながら。
最期の瞬間まで酸素を分け合って死んでいきたい。
罪深くても、正しくなくても、俺達はこの場所で生きている。
この命が始めから赦されていなくたって、間違っていたって、心臓は死ぬまで脈打つ。肺は酸素を求め続ける。
感情は、生まれ続ける。
生きているからだ。
残酷な場所で、残酷な方法で、俺達は生きている。歪な愛の形を、手探りで造り上げながら。
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