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番外編
Hustle*
しおりを挟む※医者×ラガルト
「ねえ、セレッソ。刺して?」
そう微笑んで、小さなナイフの柄を差し出す。
「断る。俺にお前みたいな趣味はない」
セレッソが首を振って断ると、ラガルトはつまらなそうな顔をした。
「だよね。どうしても嫌?」
「どうしてそんなに刺されたいんだ」
「うん。ちょっと口実が欲しくてね…」
「口実?」
「ちょっと医務室に用がね」
医務室は基本的に身体に問題がある場合でなければ入ることはできない。セレッソは納得したが、それにしてもナイフで刺すというのは気乗りするものではない。ラガルトは髪を掻き上げた。
「まあ、いいや。セレッソ、なんか欲しいものは?」
「?…べつに」
「食料とか、薬とか。煙草でもなんでもいいけど」
「だったら煙草。ダビドフ・クラシック」
「オーケイ。それだけ?」
「ああ」
「欲がないなぁ。それと、今日は檻の外へ出るなよ」
「…なんでだ」
「俺が傍にいられないからさ」
「は?」
怪訝な顔をするセレッソにひらひらと手を振り、ラガルトはナイフを置いて外へ出て行ってしまった。今日は休日だ。労働時間以外は締まっている檻も、休日は解放されている。監獄内の一部は出入り自由だ。トレーニングルームかコートへ行こうと思っていたセレッソは、どうしたものかとベッドに座り込んだ。
「おい!久しぶりにやるらしいぜ!」
「誰と誰」
「ラガルトが出るってよ!」
「ラガルトが!? 相手は誰だ!」
「東棟のKC」
「マジかよ。どっちに賭ける!?」
しばらくすると突然嵐のように通り過ぎていった会話に、セレッソは何事かとベッドから立ち上がった。独房に居た囚人達はぞろぞろと檻を出て行く。
「なんだ…?」
セレッソは先刻ラガルトに外出禁止を言い渡されていたので意図がわからず微かに躊躇ったが、聞こえた会話も気になる。檻を出て囚人達の向かった方へ歩いていった。
「ラガルト!」
「KCだ」
「おいおい、ラガルトが出るんじゃ死体になるんじゃねぇか?」
「あいつは試合で殺したことァねぇよ。大体KCが簡単に殺されるタマかァ?」
「だったらお前はどっちに賭けンだ?」
「あァ? 俺は…」
囚人達はコートに集まっていた。円を描く人だかりの後ろから渦中を覗いてみると、そこにはラガルトがいた。向き合っているのは筋肉を鍛えた背の高い男で、いかにも強そうだ。どうやらあれがKCらしい。二人はこれから試合を始めるようだ。原則、監獄内での乱闘などは禁止されているが、どうやら胴元は看守のようだ。星ごと隔離されている監獄では政府の目など行き届かない。
「お前は賭けないのか?」
側に居た男がセレッソに声を掛けた。
「まあ、ラガルトなんかが勝てる相手じゃねぇな。KCは東のトップクラスだ」
セレッソがラガルトの猫であることを知っていて煽っているのだろう、男はそう言い捨てて背を向けようとしたが、セレッソはそれを呼び止めた。
「賭ける。ラガルトだ」
+ + +
監獄内でも金は金として有効だ。報奨金や、外に持っている金も使える。そう多くはないが、許可されているものなら買うことはできる。そんな紙幣を使った賭け試合は囚人達の最高の娯楽だ。しかしそう頻繁にあるものではない。まず名乗りを上げる者、それに乗る相手、それを引き受ける胴元である看守が必要だ。
「外へ出るなって言ったのに」
囚人達の人混みの中でもすぐにセレッソを見つけたラガルトは、傍へ来てそう言った。口元にはいつも通りの余裕の笑みを浮かべている。
「セレッソは色気あるんだから警戒しなきゃ駄目だ」
「バカいうな。それより、お前に賭けた」
「ほんと?」
ラガルトが首を傾げて笑う。
「だったら負けられないな」
「負けたら笑ってやるよ」
「冗談。余裕だよ」
「どうだか」
「セレッソ、試合が終わったら部屋で大人しく待ってろよ」
耳元にそう囁いてひとつキスを落とすと、ラガルトは怒声や歓声の渦巻く中へ引き返していった。相手のKCという男は有名らしいが、別棟の彼をセレッソはまだ見たことは無かった。大柄でいかにも粗暴そうな男だ。一見すれば色白で痩身のラガルトが敵うようには見えない。しかし殺傷能力の高さが精神面から滲み出ている事を肌で感じていたセレッソには、ラガルトが負けるとは思えなかった。
胴元の看守が合図をすると、間髪入れずにラガルトが動いた。相手の動きを探る気はないらしい。ラガルトの蹴りがKCの横腹に向かったが、KCはそれを手でガードする。そのままラガルトの脚を掴み引っ張りこもうとする。しかしラガルトは捕えられた脚を掴むKCの腕を掴み、それを支えにKCの顔面を反対の脚で蹴り上げて回転すると着地した。顔面を蹴られたKCは鼻血を流していたが、身軽なラガルト目掛けて強いパンチを繰り出した。頬に向かったパンチは受け止めたが、続けざまに入った蹴りはそのまま食らい、人垣に突っ込んだ。KCはなおラガルトの腹へ蹴りを入れる。KCやラガルト、双方への乱暴な声援が飛ぶ。
KCは転がったラガルトの胸倉を掴んで起こすと、そのまま頬へ拳を叩き付けようとした。しかしラガルトは油断していたKCの首へ右手を伸ばし、捕えるとすぐ左手も出し両手で掴んだ。躊躇い無く頚動脈を締めると、KCが暴れようとする。しかしラガルトは力を決して緩めず、揺ぎ無い鋭い瞳でKCを見つめていた。息を呑んだ聴衆が、どよめく声を漏らし始めた時、白目を剥いてがくりと落ちたKCから手を離し、ラガルトは立ち上がった。看守が手を上げる。勿論、勝者はラガルトだ。
途端胴元から勝ち金を得ようとする人波に呑まれたセレッソは、ラガルトの姿を見失った。人がはけて自身の金が上乗せして戻ってきた時には、ラガルトはもうそこに居なかった。
+ + +
「よぉ、来たな。俺もお前に賭けたからまた儲けさせてもらったぜ」
「それじゃ今日は一回で充分代償になるな?」
「ケチんなよ」
「そっちがな」
タンクトップを脱ぎ怪我を見せて許可を取り医務室へ通ったラガルトは、白衣の医者とそんな軽口を交わし部屋に入る。慣れた様子で奥のベッドに座り、医療用具を出してきた医者の手当てを受ける。
「お前のことだ。怪我だけして負けてくるってこともありえるかとヒヤっとしたぜ」
「今日は負けられなかったんでね」
「へぇ?」
医者は含みを持った笑いを漏らし、傷を消毒していく。
「最近たまに来る、髪が深紅のやつ」
「…セレッソ?」
「ああ。お前の猫だって?」
「そうだ」
「じゃ、噂通りか」
「噂通りだ」
サイコキラーのラガルトがセレッソを飼い猫にしていることはすぐに広まり、今では他の棟の囚人達も知っている周知の事実だ。医者は臆面なく認めるラガルトに笑う。その手は器用に包帯を巻きつけている。ラガルトの被害を受けたセレッソは、たまにこの医務室の世話になっているので医者もセレッソのことを知っていた。確かに面の良い妙な色気のある男だと認識していたが、ラガルトが何者かを飼い猫扱いする事が珍しく、医者は口端を上げて絡む。
「随分執着してるようだな、セレッソに」
手当てを終えた医者は面白そうにラガルトを見る。すると、ラガルトの唇が弧を描く。
「ずっと待ってた男だ」
医者はラガルトの顎に手を掛けて、親指でその唇を辿る。ラガルトが薄く唇を開けば、指と舌が接触する。食まれた指を遊ばせて、医者はラガルトをゆっくり押し倒していく。銀糸の髪が白いシーツにばさりと散った。晒された首筋に舌を這わせて、指先で肌を撫でる。巻いたばかりの包帯を解いてしまわないように注意しながら、露出した部分を選ぶ。医者の触れ方は丁寧だ。懲罰房の看守とはまるで違っている。胸の突起を長く撫で回され、ラガルトは微かに息を詰めた。引っ掻き、摘まれ、また撫でられる。ゆるやかに広がる熱。
「…はッ…」
吐息を漏らしたラガルトに微笑い、医者は浮き出た腰骨に触れる。骨格を辿るように降りて行き、袖を結んだだけのツナギをインナーごと引き降ろす。暴かれた性器の先端に、唇で触れた。ピアスの冷たい感触が当たる。そのまま口へ含むと、舌で包み込む。裏筋を撫で上げ、軽く歯を当てては先端を吸い、袋にも指で刺激を与える。
反応を見せ始めた性器を口から出すと、医者は慣れた様子でローションを塗り、ラガルトの中へ指を挿入する。二本入れて、手早く解していった。
「ぅ、んッ…!」
医者の指が前立腺を掠め、ラガルトがびくりと身を震わし、鼻に掛かった声で悪態を吐いた。
「当て、んな…クソ野郎」
溶けた瞳で医者を睨んだが、医者は軽く笑っただけだった。しかし素直にすぐ指を抜く。するとラガルトは身を起こし、医者に背を向けると手をついて振り返った。
「さっさと終わらせろ」
「今日は一回なんだろ?焦るなよ」
晒された後ろの穴に、自身の性器を当てると、ゆっくり中へ入れていく。シーツを掴んだラガルトの腕が、少し力む。それでも腰の力は抜いて、深い呼吸で圧迫を軽くした。医者の性器が奥まで入ると、一呼吸置いて動き出す。ラガルトの腰を掴み、医者は時間をかけた長いストロークで中を味わった。
「んんッ…はぁ…」
「…毎日、できたらいいんだがなァ」
「ふざけン、な…俺は、ごめんだ…」
「の割りには、締め付けてるけどな」
「る、せ…」
「病気にでもなっちまえよ。お前が一番イイんだ」
「黙れ…」
「お前は啼け」
「あ、あぁっ…!」
息を殺して声を漏らすまいとしていたラガルトだが、緩慢だった動きを早められ、前立腺を刺激されると堪らず声を漏らした。強く腰を掴み、激しいピストンで責める。
「う、んッん…はぁ、あ、ぁ――ッ!」
医者の器用な指先で性器を扱き上げられ、袋を転がされる。奥を抉る医者の性器は固く中を荒らし、前立腺を抉る。大きな突き上げや激しいピストンを繰り返され、ラガルトは追い上げられていく。性感を直接刺激されるような酷い快楽に、何も考えられなくなる。シーツを握り、腕の中へ頭を降ろして揺さぶられた。
「ん、あ、あぁッ…くッ…あ、はぁ――!」
「どうだ…ラガルト?イイだろ…」
「う、んんッも、はや、く…イ、けよ…」
「もうちょっと付き合えよ。俺だって我慢してんだ」
「し、てんじゃ、ねぇッ…!」
「やだね。一回なんだから味わわせてもらうぜ」
医者は小刻みに腰を揺らしながら、包帯の切れ端を片手に掴んだ。それをラガルトの亀頭に当てると、包帯越しに爪を立てて擦る。
「ううッ…ん! ぁ、…それ、や、めろ…!」
包帯のザラザラとしてすこし固いような布地に激しく擦られると電流のような刺激が走った。性器から先走りが漏れ、すぐに濡れていく。腰は回してみたり前立腺をゆっくり抉ったりして遊ばせながら、性器を弄る。包帯を持ったまま裏筋を擦り上げられていくと、ラガルトは身を震わせる。
「あ、もッ…あ、あぁぁ――!」
「おー。お前のが早かったな。残念ながら」
「うあ、や、め――あッ!」
「俺がイってねぇからな」
「んッ…はぁ、あ…くッ…ぅんッ」
射精する性器から手を離し、医者はラガルトの中に集中する。射精しているラガルトの身体を容赦なく揺さぶり、音がするほど激しく打ち付ける。その早い律動に呼吸を荒くしながら、ラガルトは与えられる強い快楽に堪えた。
「うッん、ん――あ、あぁっく、はぁ、ぁ――!」
ぎりぎりまで抜き最奥まで一気に突き上げる動きを二、三度繰り返し、最後に抉り上げた前立腺にぐりぐりと先端を押し付けて、医者はラガルトの熱の中へ吐き出した。
「いつもの薬と、オイル。それから?」
棚の奥から薬をいくつか取り出し、処方用の白い紙袋へ入れる。それからライターのオイルをひとつラガルトに手渡すと、ラガルトはそれをツナギのポケットに入れた。中の後始末まで綺麗に片付ける医者相手だと、負担は少ない。むしろ来たときよりも身綺麗になった様子のラガルトは、緩慢に髪を掻き上げる。
「煙草、ダビドフ。」
「ダビドフ? お前なんでもいいんじゃなかったか」
「俺じゃない」
「セレッソか」
「そ。あるの?」
「ないな。セッターにマイセン、マルボロ、PMに中南海…くらいだな」
医者はデスクの抽斗を眺めてそう言う。
「だったら買ってこいよ」
「あ?」
「俺はここで寝てる。さっさと行って来い」
「何様だお前」
「もう突っ込ませねぇぞ」
「…」
医者は白衣のまま財布を取ると医務室を出て行く。ラガルトは白いカーテンを引くと、ベッドに横になり薬品の匂いの中で薄い微睡みに落ちた。
+ + +
「わざと攻撃受けたんだろ」
「ああ。ちょっと医者に用があったからな」
「なんの用だ」
「調達」
ラガルトは煙草を投げて寄越す。受け取ったセレッソの掌に、ダビドフのワインレッドのパッケージがあった。
「なんでこんなに早く手に入った」
「さっさと持ってこいって言ったのさ」
「医者に?」
「ああ。他にそれ吸ってる奴いないからストックなかったしな」
「悪い。いくらだ」
「金じゃないからいい」
「…どういう意味だ?」
「ついでだから気にするなってコト」
「ついでって、薬か?」
「そう。」
呆れた目をしながら煙草を唇に挟んだセレッソに、ラガルトは今度はライターを投げて寄越した。握った掌を開いて、セレッソは驚く。
「これ、」
「それは看守からの報酬」
先刻の試合のことを言っているのだろう。そのライターは、捕まった時に持っていた銀のZippoだ。火のつくものなので取り上げられていたままだった。持っていたことすら忘れていたようなものだったが、使いこんだZippoは手に馴染み、懐かしい気がした。喫煙者なら当然持ち歩いているものだ。セレッソも持っていたと踏んで看守に頼んだのだろう。
「医者のとこからオイルも持ってきたから、使えよ」
ラガルトは壁に背を預けて立っていたセレッソの側へ片手をつき、もう片方の手でダビドフの紙巻を唇から取り上げた。一口吸って、吐き出す。紫煙が立ち昇る。それからセレッソの唇へ自身のそれを重ねると、舌を混ぜ合わせるキスをした。
「旨い。」
ぽつりと呟いたラガルトの言葉が微かな距離に落ちる。煙草の苦味を載せた、舌の味だった。
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