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Alcatraz 03
しおりを挟む「なあ、きのう監視塔に行ったろ」
翌日、セレッソは労働時間にデスクの上に座ったまま言った。セレッソの隣に置かれたタブレットPCを操作しながら、ラガルトは頷く。
「あの時、なんで誰もいなかったんだ」
「ああ、あいつら適当だからな。どうせ脱走なんかしたらセンサーでサイレンが鳴るし、いつもあそこに待機してるわけじゃない」
「そんなんでいいのか」
「よくはない。規則では四六時中あそこに誰かいなくちゃならないはずだ。よく抜けてサボってんだよ」
「じゃあたまたま居なかったってのか?」
「言ったじゃない、運命だって。神から俺たちへの祝福」
「ガラにもねぇ」
「うーん。だね。まあ真実は盗聴器だよ。俺が最初に行った時はもっと慎重に調査して確認したうえで入ったんだけど、その時に盗聴器を設置しといたんだ」
「どこに」
「デスクの裏、取れない隙間に転がってるボールペンが盗聴器」
「…地味だな」
「そういうほうがバレないんだ」
ラガルトは作業を続けながら言う。つまり盗聴器で人の有無はチェックしていたということか。セレッソは納得し、PCを膝の上で弄る。昨日あの後少し教えてもらったことを思い返しながらキーボードを打つ。数十分そうしていたが、無限に終わりのないパトロールという作業に嫌気が差し、セレッソはラガルトを見た。すぐに視線に気付いたラガルトがセレッソを見返す。
「なんかわかんない?」
「…ていうか、もうちょっとなんか、ないのかと」
「あー。その作業、単調だしね」
ラガルトは言ってセレッソのPCのディスプレイを覗き見たが、3秒で顔を上げてPCをベッドへ放り投げた。
「飽きた」
「あ?」
思いがけない行動にセレッソが目を円くすると、ラガルトはつまらなそうな顔をしている。そして突然セレッソの髪を掴むと、狼のように軽く耳を噛んだ。
「ッ…!?」
「セレッソってピアス開けてないんだね」
「…は、あ?」
「ねえセレッソってヤったことある?」
「なに?」
「突っ込まれたことあるかって聞いてるの」
「あるわけないだろ」
「ないの? ふーん。意外」
「なにが意外だ」
「今時バイなんて珍しくもないし、そうでなくてもアンタみたいな顔の奴がヤラれたことないなんて意外だよ」
不躾に言いたい放題言われ、セレッソは眉根を寄せる。
「いいね…セレッソって何から何まで俺好み。そうかぁ…白紙なんだね」
「白紙?」
「そう。白紙…いくらでも俺好みにできるじゃん。タトゥーもないんでしょ?」
「…ないが」
「あー。本当に良いよねぇ」
「離れろ変態野郎」
セレッソが拳でその頬を殴ろうとすると、ラガルトは反射的にそれを掌で受け止めて笑った。
「怒らす? それもいいかもね」
「…おまえ腹立つ」
セレッソが舌打ちして無理やりデスクから降りると、ラガルトは身を引いた。セレッソはベッドに座って先刻投げられたPCを開き作業を再開しようとした。
しかしその時、風を切る音がして耳元に嫌な音がした。見ると、壁に針のような細い金属棒が突き刺さっており、ラガルトがベルトから引き抜いて投げたのだと数秒かけて理解した。数ミリずれただけで当たっていただろう。面倒そうにセレッソがラガルトを睨むと、ラガルトは笑顔だ。
「つまんない。俺以外に気を取られるのやめてくれない」
「仕事なんだろ」
「しなくていいよそんなの。俺があとでやってあげるよ」
「そういうわけには」
「次は当てるよ?」
なんでこいつキレてるんだ。セレッソは溜息を吐いた。まったく思考が読めない。
「最初から気にはなってたがな」
「なに」
「お前のそのチャラついたアクセサリーやら武器やらはなぜ許可されてるんだ」
ラガルトは白い囚人服こそ着ていたが、首や手にシルバーアクセや皮のベルトをたくさんつけていたし、耳どころか顔にもピアスが無数についている。使いようによっては武器になりそうな装飾品だが、そもそも武器にならなくても装飾品は外される規則ではなかったか。
「獄内権力」
「……お前そんなに偉いのか」
「うーん。まあね?」
そうして彼が話すところによると、初日からラガルトはここのヘッド格の男を二人転がしたらしい。他にもそれなりの地位の奴は居たが、彼等はすぐには手を出さずに様子を伺っていたところ、ラガルトが特に他の囚人に絡むこともなく、また纏める気もなさそうだったので、異分子としてそのまま放置。つまり触らぬ神にはなんとやら、ということで落ち着いたらしい。
「俺は誰ともツルまないし、誰にも従ってない。意味も無く他のテリトリーは荒らさないし、最初にのした奴だって向こうから絡んできただけ。俺の猫にならないかーとか言ってさ。気に入らなかったから思い知らせただけ。あとは相部屋の奴を片っ端から殺す以外には特になにもしてないよ」
「それだけしてれば十分だろう」
「そうかなー」
「お前なんでそんなに人殺しに長けてるんだ?」
「殺すことに命懸けだったんだよ俺の人生は。ほら見ての通り俺さぁ、顔も綺麗でしょ? 自分の身は自分で護らないとね。どうしたら効率良く、無駄のない力と動きで殺れるかって、そればっかだったよ」
そればっかり考えていたからといって出来るようになるのはかなり難しいと思ったが、セレッソはそれ以上は訊かなかった。監獄の囚人内での地位はそのまま看守達にも反映される。扱いとしては妥当なのかもしれない。調達は運び屋を介しているのだろう。
「そんなことより、セレッソの話が聞きたい」
ラガルトはそう言ったが、セレッソは一瞬の沈黙のあとに、目を逸らした。
「話すような過去は、何もない」
そんなセレッソの様子に、ラガルトはなにも言わなかった。そしてひとつ微笑んで、ベッドに乗り上げるなりセレッソの背後に回って後ろから抱えるように座ると、満足気にPCを操り出し、今度は新しいことをちゃんと教え始めた。ラガルトはセレッソの首筋に顔を埋めるようにして、時々そっと唇を降らせた。最初はやめろと言っていたセレッソも、ラガルトの嬉しそうな顔についには何も言えなくなり、結局そのままにして大人しくPCを操作し出した。まるで狼に懐かれたような、妙な気分だった。
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