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「きれい…」
ライ様に最後に案内してもらったのは庭園だった。花に関する知識はあんまりないけれど、ただ美しいと強く感じた。色とりどりの花をひとつひとつ紹介していくライ様はとても映える。
「優秀な庭師が管理しているからどれも素晴らしいだろう?」
「はい、すごく」
自慢気に言うライ様に俺は微笑み返す。こういうものを見ていると自然と頬が緩んでしまう。
「そういうところ、ほんとにずるいな…」
何故かライ様は顔を手で覆いそう言った。じとりと目を向けられ俺は首を傾げる。
どうしたんだ…?
ライ様はすっかり黙ってしまい、黙々と花を見ている。なんだか居心地が悪くなり、何をしてしまったのだろうか、と悶々と考えてしまう。
……逃げよう。
「えっと、お手洗いを借りてもよろしいですか?」
ライ様はここからお手洗いまでの道のりを口頭で説明してくれた。そこまで複雑ではなかったため、迷わなかった。済ませて庭園に戻ろうと、行きに通ってきた長い廊下を歩く。すっかり日が傾いてしまい、夕方に差し掛かっている。そんな空をぼーっと眺めていたとき、突然、強く腕を引かれた。
「え?」
驚いているうちに俺はどこかの部屋に連れ込まれ、床に体を押し付けられた。予想もしていなかった出来事に俺は呆気にとられる。ただ、ここは王宮だから少なくとも良識はある人間だろう、とどこか安心している部分はある。
誰かが俺の上に馬乗りになって、床に俺の両腕を手で押さえつけている。部屋の中は明るくて俺を押し倒している人の顔はすぐにわかった。幼い顔つきから、今の俺と同じくらいの年だろう。銀色の短めの髪。キリリとたくましげにつり上がった目。なかなかのイケメンさんである。ムッと唇を引き結んでいて怒っているのがわかる。
「おい」
相手が口を開く。まだ声変わりを迎えていない高い声。
「お前、どうやって兄さんに近づいた?」
「に、兄さん…?」
背中にひんやりと冷たい床を感じる。それのせいだけではなく、ひやりと冷たい嫌な汗が流れる。
まさか。そんな。もしかしてこの人は…
「ルイ・スティール様…?」
「なんだ」
相も変わらず不機嫌そうな顔。思い返してみれば性格も似ている。俺様、子どもっぽい、少し強面。
接触したくなかった人に接触してしまった…!どうしよう…!!
「お前が兄さんに上手いこと取り入ったのはわかってんだよ。じゃねーと、兄さんは一般人を王宮に招いたりしねぇ」
「……」
なんと言えばいいのかわからない。上手いこと取り入っただなんて、そんなことした記憶は丸っきりない。でも否定したところできっと信じてもらえない。むしろ、怒るに決まっている。
こわい……。
こんな展開、予想なんてしてなかった。
「カリン?どこにいるんだ?」
ライ様の声…!
一枚ドアを隔てた先の廊下から遠いが、ライ様の声がした。どうやら俺を探しているようだ。戻ってくるのが遅いから心配してくれたんだろう。少しだけほっとする。
だがしかしそう思った束の間、急に口と鼻をルイ様の手で覆われる。まるで声を出すな、とでも言うように。
ライ様の足音が近づいてくるにつれ、ルイ様の手には力が入る。ぐっと口を押さえる力が強くなっていった。口も鼻も押さえつけられ、呼吸がうまく出来ず、苦しくなってきた。
「んー!んー!」
「声を出すなっ」
声をひそめてギロリと睨まれる。
違うんです!ほんとに苦しいんです…!
遠ざかっていく足音にルイ様はほっと一息つく。しかし、口と鼻を押さえる手の力はあまり変わらなかった。さすがに限界で、じんわりと目に涙の膜が張る。それでも諦めず声を出し続けていると、ルイ様はやっと気付いたらしく慌てたように手をどけた。
「わ、悪い…」
咄嗟という様子で謝り、反省している。ただ俺はそれどころではなく、何度か咳き込みながら呼吸をする。しばらく押さえつけられていたせいで体も熱い。
なんてことをしてくれるんだこの王子様は…!
苛立ちを込めてルイ様を見ると、ルイ様は何故か目を見開き、だんだんと顔を赤く染めていった。
「その顔やめろっ」
その顔ってなに?というかなにその意味深な反応…。
不思議に思いつつスルーし、俺は言葉をつむぐ。
「どいていただけると嬉しいのですが…」
苦笑いプラス丁寧な口調で。相手は一応王子様なのだから。だけど、ルイ様は一向に動く気配がない。
「お前、名前は」
俺様かよ。いや、確かにゲーム内でもそういうキャラ付けだったけど…。
俺の質問を丸っきり無視して質問してくるところは本当に俺様だ。まあ、いい。前世の俺よりも彼は遥かに年下なのだから。
「カリン・クレンジと申します」
「…カリン…」
一度確かめるようにルイ様は俺の名前を呼んだ。
「…カリンは兄さんと婚約するのか?」
唐突である。いや、確かに最初この部屋に連れ込まれていの一番に似たようなこと言われたけれど。切り出すタイミングがなんだか変。
「婚約はしません。俺は、ライ様に相応しくないですから」
「そうか…」
なんとも言えない返事だ。お兄さんが婚約などしなくて嬉しいのか、なんとも思っていないのか。
「おい、カリン」
「なんですか?」
「命令だ。またここに来い」
「…え?」
絶対嫌なんだけど。攻略対象と関わるなんて無理。でも、ここで断ってしまっても将来が怖い。
「拒否権はない。必ず来いよ!」
「そう言われましても…」
俺はそれに肯定はしない。ずっとルイ様がなんでそう言うのかを考えるがまったく思い浮かばない。
「次は一週間後だ。破ったら、俺と婚約してもらう」
なにをいっているんだこのひとは。
ライ様に最後に案内してもらったのは庭園だった。花に関する知識はあんまりないけれど、ただ美しいと強く感じた。色とりどりの花をひとつひとつ紹介していくライ様はとても映える。
「優秀な庭師が管理しているからどれも素晴らしいだろう?」
「はい、すごく」
自慢気に言うライ様に俺は微笑み返す。こういうものを見ていると自然と頬が緩んでしまう。
「そういうところ、ほんとにずるいな…」
何故かライ様は顔を手で覆いそう言った。じとりと目を向けられ俺は首を傾げる。
どうしたんだ…?
ライ様はすっかり黙ってしまい、黙々と花を見ている。なんだか居心地が悪くなり、何をしてしまったのだろうか、と悶々と考えてしまう。
……逃げよう。
「えっと、お手洗いを借りてもよろしいですか?」
ライ様はここからお手洗いまでの道のりを口頭で説明してくれた。そこまで複雑ではなかったため、迷わなかった。済ませて庭園に戻ろうと、行きに通ってきた長い廊下を歩く。すっかり日が傾いてしまい、夕方に差し掛かっている。そんな空をぼーっと眺めていたとき、突然、強く腕を引かれた。
「え?」
驚いているうちに俺はどこかの部屋に連れ込まれ、床に体を押し付けられた。予想もしていなかった出来事に俺は呆気にとられる。ただ、ここは王宮だから少なくとも良識はある人間だろう、とどこか安心している部分はある。
誰かが俺の上に馬乗りになって、床に俺の両腕を手で押さえつけている。部屋の中は明るくて俺を押し倒している人の顔はすぐにわかった。幼い顔つきから、今の俺と同じくらいの年だろう。銀色の短めの髪。キリリとたくましげにつり上がった目。なかなかのイケメンさんである。ムッと唇を引き結んでいて怒っているのがわかる。
「おい」
相手が口を開く。まだ声変わりを迎えていない高い声。
「お前、どうやって兄さんに近づいた?」
「に、兄さん…?」
背中にひんやりと冷たい床を感じる。それのせいだけではなく、ひやりと冷たい嫌な汗が流れる。
まさか。そんな。もしかしてこの人は…
「ルイ・スティール様…?」
「なんだ」
相も変わらず不機嫌そうな顔。思い返してみれば性格も似ている。俺様、子どもっぽい、少し強面。
接触したくなかった人に接触してしまった…!どうしよう…!!
「お前が兄さんに上手いこと取り入ったのはわかってんだよ。じゃねーと、兄さんは一般人を王宮に招いたりしねぇ」
「……」
なんと言えばいいのかわからない。上手いこと取り入っただなんて、そんなことした記憶は丸っきりない。でも否定したところできっと信じてもらえない。むしろ、怒るに決まっている。
こわい……。
こんな展開、予想なんてしてなかった。
「カリン?どこにいるんだ?」
ライ様の声…!
一枚ドアを隔てた先の廊下から遠いが、ライ様の声がした。どうやら俺を探しているようだ。戻ってくるのが遅いから心配してくれたんだろう。少しだけほっとする。
だがしかしそう思った束の間、急に口と鼻をルイ様の手で覆われる。まるで声を出すな、とでも言うように。
ライ様の足音が近づいてくるにつれ、ルイ様の手には力が入る。ぐっと口を押さえる力が強くなっていった。口も鼻も押さえつけられ、呼吸がうまく出来ず、苦しくなってきた。
「んー!んー!」
「声を出すなっ」
声をひそめてギロリと睨まれる。
違うんです!ほんとに苦しいんです…!
遠ざかっていく足音にルイ様はほっと一息つく。しかし、口と鼻を押さえる手の力はあまり変わらなかった。さすがに限界で、じんわりと目に涙の膜が張る。それでも諦めず声を出し続けていると、ルイ様はやっと気付いたらしく慌てたように手をどけた。
「わ、悪い…」
咄嗟という様子で謝り、反省している。ただ俺はそれどころではなく、何度か咳き込みながら呼吸をする。しばらく押さえつけられていたせいで体も熱い。
なんてことをしてくれるんだこの王子様は…!
苛立ちを込めてルイ様を見ると、ルイ様は何故か目を見開き、だんだんと顔を赤く染めていった。
「その顔やめろっ」
その顔ってなに?というかなにその意味深な反応…。
不思議に思いつつスルーし、俺は言葉をつむぐ。
「どいていただけると嬉しいのですが…」
苦笑いプラス丁寧な口調で。相手は一応王子様なのだから。だけど、ルイ様は一向に動く気配がない。
「お前、名前は」
俺様かよ。いや、確かにゲーム内でもそういうキャラ付けだったけど…。
俺の質問を丸っきり無視して質問してくるところは本当に俺様だ。まあ、いい。前世の俺よりも彼は遥かに年下なのだから。
「カリン・クレンジと申します」
「…カリン…」
一度確かめるようにルイ様は俺の名前を呼んだ。
「…カリンは兄さんと婚約するのか?」
唐突である。いや、確かに最初この部屋に連れ込まれていの一番に似たようなこと言われたけれど。切り出すタイミングがなんだか変。
「婚約はしません。俺は、ライ様に相応しくないですから」
「そうか…」
なんとも言えない返事だ。お兄さんが婚約などしなくて嬉しいのか、なんとも思っていないのか。
「おい、カリン」
「なんですか?」
「命令だ。またここに来い」
「…え?」
絶対嫌なんだけど。攻略対象と関わるなんて無理。でも、ここで断ってしまっても将来が怖い。
「拒否権はない。必ず来いよ!」
「そう言われましても…」
俺はそれに肯定はしない。ずっとルイ様がなんでそう言うのかを考えるがまったく思い浮かばない。
「次は一週間後だ。破ったら、俺と婚約してもらう」
なにをいっているんだこのひとは。
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