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その五 地獄変
四
しおりを挟む秋の深まる京の都から北に向かう。郊外にでると人気(ひとけ)が急になくなり、その分木々の色づきを目で、風の動きを肌で感じる。美しい季節である。どんなに人間が金をかけ、頭をひねり、作り出した建築物も、所詮、森や川の美しさ、豊かさ、緻密さには遠く及ばないのだろう。
都の郊外を空海、田村麻呂、やおの三人が歩いている。この三人の前には、田村麻呂の配下の武人、五人が緊張した面持ちで歩いている。
昨日の昼頃だという。
検非違使十二人のうち十一人がたった一人の刀匠に斬殺されたというのである。生き残った一人も虫の息だということだ。
その刀匠の名は「鎌鼬の良秀」。
今、空海たち計八人は、その良秀の「たたら場」に向かい歩いているのだ。
当の「良秀」は行方知らずとなり、検非違使が必死に探している。
その間、空海たちがすることは特にないため、「その『現場』を見ておこう」ということとなったのだ。
「にわかには信じられぬ話ではあるな。だが生死の境にいる者が話したこと。作り話ではあるまいな」
奇跡的に生き残った検非違使の一人が、息も絶え絶えに「起こった事」を聞いた田村麻呂の配下の者達が、急いで田村麻呂に知らせに来たのである。
「ああ、だがな世の中、『にわかには信じられること』ばかりさ。特にお前と知り合ってからはな」
空海である。
「それは俺の方だ。お前と会ってから、猫又だの式神だの、虎に変化する男など・・・。世のなか一体どうなっているのかと思うぞ。『鎌鼬の良秀』という刀匠も人外の者なのだろうか?」
田村麻呂だ。
「違うね。裏の人間なら、多かれ少なかれあたしの耳に入ってくるものさ。『鎌鼬の良秀』何て名は聞いたことがない。歴とした表の刀匠だよ。そんな化け物じみた人間ではないはずなんだけどね」
やおが答えた。
空海が静かな面持ちで歩いている。歩きながら、空海は田村麻呂の配下の男が語った話を思い浮かべ、空海の頭の中で、鮮明な映像として再現されていた。
・・・十二人の検非違使が歩いている。人里離れた郊外である。周りは木々に覆われ、近くには川が流れている。
「ここのようだな」
その声に何人かが頷く。
ガラ ガラ
たたら場の戸が乱暴に引き開けられた。
大きな体をした男が、足を踏み入れ叫んだ。
小さな背中が見える。
「良秀、お前が邪法を用いて刀を打っているという密告があった。俺たちと同道せよ」
「邪法?邪法とは一体何の事か?」
「とぼけるなっ、良秀。お前は人の死体を用いて刀を打っているだろう!隠し立てをしても明らかなのだ。同道せよ」
細面の男が怒りだした。
「何とも美しいではないか。一点の曇りもなく、銀色に輝いておる。そしてこの鋭さ。木の葉を落とせば、音もなく両断するであろうな」
「何を言っておる」
小男が首をひねる。
「なぜこうも美しいのか?それは単純だからだ。ただ単純に自が存在する理由をつきつめているからだ」
「もういい、早くこの者を連れ出そう」
小太りが言い出した。
「刀の存在する理由。それは人を斬る事。それ以外には何もない。美事よ、美事なまでに
簡潔だ」
「良秀、こちらを向け。お前の世迷言に付き合っている暇はない」
ひげ面が近寄っていく。
「邪法と言ったな。邪法とは何か?では正法(しょうほう)と邪法の境はどこか?刀はいかに人を斬れるか。それだけだ。よく人を斬れる刀を作る事こそが正法。わしは誰よりも正しい道を歩んでおるのだ」
「こちらを向けと言うに」
ひげ面が男の肩に手をかけ、強引に振り向かせる。
「ひっ!何だお前は」
「目が、目がないのか!」
「化け物っ。こやつ、人ではないぞ!」
振り向いた男は、小さく三角の額と小さな鼻に反り気味の歯をもつ貧相な顔立ちをしている。良秀である。
しかし良秀ではない。
なぜなら「この良秀」には目がない。
目のあたりが真っ黒なのだ。洞(うろ)になっている。目はただの二つの黒い穴となっているのだ。
大きな男が刀を抜き、良秀に迫る。刀を振り上げようとしたが、上手くいかない。振り上げられないのだ。男はけげんな面持ちをして自分の足下を見た。そこに、刀を握った右の手首が転がっていた。
男は自分の右腕に目を落とした。
手首がない。
右腕の手首から先がきれいに消滅し、血がしたたり落ちている。
男の脳がようやく手首が無くなり、血が流れ落ちていることを確認した。その途端、焼けるような痛みが男を襲った。
「ギャーッ」
男が腕の切断面を押さえながら、断末魔の悲鳴をあげた。
「斬られても気づかぬ。これこそが我が刀。これこそが『鎌鼬』の刀。やはり半人前の弟子などを関わらせるから、駄目だったのだ。最初から全て一人でやれば良かったのだ。まああの男も最後には役立ったという事かな」
良秀はそう言うと、右手をなくし、泣き叫ぶ男に向かい刀を横に振った。
悲鳴が聞こえなくなった。
男の首が音もなく落ちた。悲鳴をあげたままの顔で。
「手むかうか!」
そう叫んだ細面の男の首も無くなった。
小男と小太りは同時に斬りかかった。
小男は一気に左の肩口から右わき腹まで切りぬかれた。
小太りの男が良秀の背中を斬った。
「やったぞ!ざま見ろ!」
そう叫んだ小太りの顔がこわばった。
斬ったばかりの良秀の背中の傷口がたちどころにふさがっていくのだ。
こわばった顔のまま、小太りは頭から両断された。
残った検非違使達に良秀が迫る。
ひげ面に剣を振り下ろす。
ひげ面が刀で受け止めた。
ザン!
鋭い音を響かせ、ひげ面の刀は両断され、額から腹まで斬られた。そしてそのまま倒れた。が、刀で受けた分衝撃が弱まったのであろう。このひげ面が唯一生き残った。
良秀の周りを四人の検非違使が囲んだ。
「行くぞっ」
「応(おう)」
四本の刀が振り下ろされた。がそこには誰もいない。
「残念!わしはここよ」
良秀は神速で囲みを破り、四人の背後を取っていた。それはもはや人間の動きではない。
良秀が刀を無造作に振った。
一人の首が飛んだ!
一人は背中から血が噴き出す!
一人は両腕を斬り落とされ、泣き叫ぶ!
一人は胸の真ん中を突き通された!
四人の命がたちまちに消えた。
残った者は三人。
「うわーっ」
「化け物だーっ」
三人は転がり出るように、たたら場から外へ逃げ出した。
「ふん、つまらん」
良秀は一言そう呟くと、ゆっくりとたたら場から出て行った。
ギャーッ
やめてくれっ 助けてくれっ
ゲエーッ ゴボゴボゴボッ
しばらく時間が経った。
ドン ドン ドン
たたら場に「三つ」投げ込まれた。
逃げ出した検非違使達の首である。
どの首も恐怖におののき、醜くゆがんでいる。
たたら場は大量の血で真っ赤に染まっている。血を桶で汲み十数回、壁や土間に叩きつけてもこうはなるまい。血にまみれ、血がしたたり落ちるたたら場に、首、腕、足、胴体が転がっている。
地獄が出現した。
「田村麻呂様、和尚様、ここにございます。ここが良秀のたたら場にございます」
田村麻呂の配下の者の声がし、空海の脳裏からすっと「映像」が消えた。
「ここか」
空海たちの前に良秀のたたら場がある。
空海と田村麻呂、やおの顔が曇った。
三人には見えたのである。
たたら場から上り立つ幾筋もの瘴気が・・・。
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