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その四 美女と野獣
六
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山に入ったのは、その日の昼前だった。村から遠くはないが、二人の人間(?)が隠れるには十分だ。
川の近くでこの人は足を止め、あたしは背中から降りた。
あたしは「虎」のこの人をじっと見つめる。
「虎」の体が小さくなっていく。毛も短くなっていった。口も小さくなり、大きな牙はもう見えない。
人に戻っていく。見ている間に、元のあの人に戻った。
「あんた、一体何者だい?」
「ここで別れよう。元の村に戻るのが嫌なら、違う所へ行けばいい」
あたしの聞いたことには、全く答えない。
「あんた喋れるんだね。ああそうだ、お礼を言わなきゃね。『助けてくれてありがとうございました。』あんたが助けてくれなきゃ、あたしは殺されてたよ」
「いい。俺は向こうへ行く。お前は好きな方へ行け」
この人は背を向け歩いて行こうとする。
「待ちなよっ。ひどいじゃないか!あんたはあたしを助けたんだ。一度助けたなら、最後まで助けなよっ」
この人の背中が止まった。
「こんな山の中に置いていくくらいなら、最初から助けなきゃいいんだ。なぜ、あの時助けたんだい?気まぐれで、人の命を助けるんじゃないよっ」
今考えても、あたしは変なことを言ったと思う。
「・・・美しかったから・・・」
「えっ、今なんて言ったんだい?」
「美しい」って聞こえたんだけど・・・、それってあたしがかい?
あまりに意外な言葉だから、あたしは思わず聞き返した。
「お前は、小さな子を命を懸けて守ろうとしていた。そんな美しい者はめったにいない。ここ百年は見たことがない」
ああ、夕様を守っていた時の事か。あの時はとにかく必死だったから。
自分で言うのもなんだけど、あたしの見栄えは悪くはない。今まで、男に不自由したことはない。けど「美しい」なんて言ってくれた男は一人もいなかった。
あたしはゆっくりとこの人に近づいて行った。
「あんたもとっても『美しい』よ。山賊を倒した時、虎になった時。とっても『美しかった』よ」
そう言って、あたしはこの人の唇に自分のを重ねようとした。背伸びしないと届かない。
「分かっているだろう。俺は人間じゃない。俺は・・・」
あたしの唇が、この人の言葉を止めた。
あたしは、体をこの人に預け倒れていく。
相変わらず哀しい目をしている。
けど、とてもきれいで優しい目なんだ。
あたしは着ているものを自分で脱ぎ、この人のも脱がせた。
とっても、とっても幸せな時間を過ごしたんだ。
川の近くでこの人は足を止め、あたしは背中から降りた。
あたしは「虎」のこの人をじっと見つめる。
「虎」の体が小さくなっていく。毛も短くなっていった。口も小さくなり、大きな牙はもう見えない。
人に戻っていく。見ている間に、元のあの人に戻った。
「あんた、一体何者だい?」
「ここで別れよう。元の村に戻るのが嫌なら、違う所へ行けばいい」
あたしの聞いたことには、全く答えない。
「あんた喋れるんだね。ああそうだ、お礼を言わなきゃね。『助けてくれてありがとうございました。』あんたが助けてくれなきゃ、あたしは殺されてたよ」
「いい。俺は向こうへ行く。お前は好きな方へ行け」
この人は背を向け歩いて行こうとする。
「待ちなよっ。ひどいじゃないか!あんたはあたしを助けたんだ。一度助けたなら、最後まで助けなよっ」
この人の背中が止まった。
「こんな山の中に置いていくくらいなら、最初から助けなきゃいいんだ。なぜ、あの時助けたんだい?気まぐれで、人の命を助けるんじゃないよっ」
今考えても、あたしは変なことを言ったと思う。
「・・・美しかったから・・・」
「えっ、今なんて言ったんだい?」
「美しい」って聞こえたんだけど・・・、それってあたしがかい?
あまりに意外な言葉だから、あたしは思わず聞き返した。
「お前は、小さな子を命を懸けて守ろうとしていた。そんな美しい者はめったにいない。ここ百年は見たことがない」
ああ、夕様を守っていた時の事か。あの時はとにかく必死だったから。
自分で言うのもなんだけど、あたしの見栄えは悪くはない。今まで、男に不自由したことはない。けど「美しい」なんて言ってくれた男は一人もいなかった。
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「あんたもとっても『美しい』よ。山賊を倒した時、虎になった時。とっても『美しかった』よ」
そう言って、あたしはこの人の唇に自分のを重ねようとした。背伸びしないと届かない。
「分かっているだろう。俺は人間じゃない。俺は・・・」
あたしの唇が、この人の言葉を止めた。
あたしは、体をこの人に預け倒れていく。
相変わらず哀しい目をしている。
けど、とてもきれいで優しい目なんだ。
あたしは着ているものを自分で脱ぎ、この人のも脱がせた。
とっても、とっても幸せな時間を過ごしたんだ。
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