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その四 美女と野獣
四
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この人は村の者じゃない。三年くらい前に、突然現れたんだ。多分近くの山にでも住んでいるのだろう。時折、山でとれた山菜や川魚などを持って、村に来る。そこで米や野菜と交換していく。声なんか聞いたことがない。多分、村の中でも一人もいないんじゃないだろうか。「口がきけないのだろう」ってみんな言っていた。
ひと月に二度、三度くらいの割合で、村に現れる。得体が知れない人だけど、乱暴はしないし、少しの米や野菜で満足して帰るから、特に誰も気にしてこなかった。それはあたしも同じだった。
「殺してやるっ。刻んでやる」
夕様を抱えていた、でかいのが大きな刀物を振り上げ、切りかかっていく。
この人は豚男に突き刺さっていた棒を素早く引き抜き、ものすごい速さで、横殴りに棒を振った。
カコン!
乾いた高い音がした。
棒の先端が、でかい奴のこめかみあたりをしたたかに打ったんだ。でかいのは、膝から崩れ落ち二度と動かなかった。
「こっこの野郎っ」
そう叫びながら、「ひげ」が突っ込んでくる。
「ひげ」は脳天を叩かれ、白目をむいて、棒のように後ろに倒れていった。
残りは二人。「でぶ」は胸を突かれ、「猿」は顔面を打たれた。二人とも地べたでもがき苦しむ。
あっという間だ。あっという間に五人の山賊たちがやられちまった。
この人は、息一つ乱しちゃいない。
何だっ!どうしたってんだよっ
倒れている!
こっちは死んじまってるぞ!
こいつか!こいつがやったのか
まずいよ。山賊の仲間たちが集まってきちまった。
あたしの心配をよそに、この人は顔色を全く変えず、棒を右手に握ったまま立っている。
山賊たちが襲いかかり、たちまちに叩きのめされた。
嵐のようだった。集まってきた山賊たちは十人くらいはいただろう。
強い。こんなに強い人は見たことがない。あたしは体の痛みも忘れ、この人をうっとりと見ていた。
「お頭、こいつは化け物だ!こんなのとやってたら、命がいくつあっても足りねぇよ」
「早く逃げましょう!死人が増えるだけですぜ」
「馬鹿野郎っ!たった一人に逃げ出してみろっ。とんだ笑われ者だ。山賊が笑われたら、もうこの商売は出来なくなるんだ。殺せっ、どんな手を使っても殺すしかねえんだ」
小柄な爺さんだ。頭に髪の毛が一本もない。どこにでもいるような爺さんだ。目つきさえなければね。
ぬめりとした嫌な目つきだ。もし蛇が人の恰好をしたら、この爺さんのようになるのだろう。この爺さんが山賊の頭目、「骸大夫」だ。
「囲めっ。周りを囲んで一斉に襲いかかれっ」
骸大夫の指示が飛ぶと、すぐに六、七人の山賊がこの人を囲んだ。全員手に刃物を持っている。
「かかれーっ」
山賊たちが一斉に襲いかかった。それは見事にね。でも、この人まもっと凄かった。棒を振り回し、前後左右から襲ってくる山賊たちを叩き伏せる。
グアッ ゲホッ バキッ ゴボッ
顔面を叩かれぶっ倒れる者、胸を突かれ口から血を流す者、腕を折られ泣き叫ぶ者、七人の中で無事な奴は一人もいない。あっという間、あっという間だよ。
周りで大勢の人の気配がした。周りを見た。村の奴らだ。いつもは弱っちいのに、山賊たちがやられているから、ノコノコと出てきたんだ。
山賊が、この人に叩きのめされるたびに、村の奴らが喜んで大声をあげる。
そのうちに、動かなくなった山賊を棒やクワで叩く奴も出てきた。
肉を叩く音が聞こえる。
山賊の悲鳴と泣き叫ぶ声がする。
そして村の奴らの笑い声。
それらが一つになり、夜の村に響き渡っている。
ヤレーッ もっとだ もっとやれーっ
許してくれーっ もう止めてくれーっ
そこだ 頭をたたき割ってやれっ
ぎゃあああああ
おい縄はないか?
縛りあげるのか?
そうさ 縛って 引きずりまわし 最後は絞め殺すのさ
それはいいな そうしよう 縄を 縄を
アハハハハ あははは ハハハハ ははは
今まで、金を奪われ、身内を殺され、女房、娘を犯されてきた恨みを思う存分に晴らしている。
村が異様な興奮に包まれている!
いや、村が狂っている!
「悪かった。もう止めるよっ。この村は二度と襲わないっ。いや山賊をやめる。本当だ。この通りだ許してくれ!」
骸大夫が座り込み、地べたに額をすりつけ謝っている。もう残っている山賊はこいつだけさ。
この人が棒を持ち近づいて行く。その棒は根元まで赤く染まっていた。
やれーっ ヤレーッ 殺せ 殺せ 殺せ ころせ コロセ 殺せっ!
村の奴らが口々に叫ぶ。どいつの顔もまともじゃない。何かに憑かれているみたいだ。
この人が棒を振り上げ、振り下ろした。
グチャッ
瓜がつぶれるような音がして、骸大夫の頭がはぜ、血だらけになった。こいつの顔の上半分は無くなった。
おう おう おう おおおおおおおおおおおう
大歓声が上がった。
長者様をはじめ、多くの村人たちがこの人に駆け寄っていく。
変だ。この人、震えている。最初は小さな震えだった。それが波立つように身体全体が、震えている。
「あんた、どうしたんだい?」
あたしは、そう言ってこの人を見た。
泣いている。
哀しそうな目にたくさん涙をためて泣いている。
ウオオオーン
この人が夜空に向かい、雄たけびを上げたんだ。本当に哀しく辛そうな声だった。
そしてこの人は、「人」ではなくなった・・・・。
ひと月に二度、三度くらいの割合で、村に現れる。得体が知れない人だけど、乱暴はしないし、少しの米や野菜で満足して帰るから、特に誰も気にしてこなかった。それはあたしも同じだった。
「殺してやるっ。刻んでやる」
夕様を抱えていた、でかいのが大きな刀物を振り上げ、切りかかっていく。
この人は豚男に突き刺さっていた棒を素早く引き抜き、ものすごい速さで、横殴りに棒を振った。
カコン!
乾いた高い音がした。
棒の先端が、でかい奴のこめかみあたりをしたたかに打ったんだ。でかいのは、膝から崩れ落ち二度と動かなかった。
「こっこの野郎っ」
そう叫びながら、「ひげ」が突っ込んでくる。
「ひげ」は脳天を叩かれ、白目をむいて、棒のように後ろに倒れていった。
残りは二人。「でぶ」は胸を突かれ、「猿」は顔面を打たれた。二人とも地べたでもがき苦しむ。
あっという間だ。あっという間に五人の山賊たちがやられちまった。
この人は、息一つ乱しちゃいない。
何だっ!どうしたってんだよっ
倒れている!
こっちは死んじまってるぞ!
こいつか!こいつがやったのか
まずいよ。山賊の仲間たちが集まってきちまった。
あたしの心配をよそに、この人は顔色を全く変えず、棒を右手に握ったまま立っている。
山賊たちが襲いかかり、たちまちに叩きのめされた。
嵐のようだった。集まってきた山賊たちは十人くらいはいただろう。
強い。こんなに強い人は見たことがない。あたしは体の痛みも忘れ、この人をうっとりと見ていた。
「お頭、こいつは化け物だ!こんなのとやってたら、命がいくつあっても足りねぇよ」
「早く逃げましょう!死人が増えるだけですぜ」
「馬鹿野郎っ!たった一人に逃げ出してみろっ。とんだ笑われ者だ。山賊が笑われたら、もうこの商売は出来なくなるんだ。殺せっ、どんな手を使っても殺すしかねえんだ」
小柄な爺さんだ。頭に髪の毛が一本もない。どこにでもいるような爺さんだ。目つきさえなければね。
ぬめりとした嫌な目つきだ。もし蛇が人の恰好をしたら、この爺さんのようになるのだろう。この爺さんが山賊の頭目、「骸大夫」だ。
「囲めっ。周りを囲んで一斉に襲いかかれっ」
骸大夫の指示が飛ぶと、すぐに六、七人の山賊がこの人を囲んだ。全員手に刃物を持っている。
「かかれーっ」
山賊たちが一斉に襲いかかった。それは見事にね。でも、この人まもっと凄かった。棒を振り回し、前後左右から襲ってくる山賊たちを叩き伏せる。
グアッ ゲホッ バキッ ゴボッ
顔面を叩かれぶっ倒れる者、胸を突かれ口から血を流す者、腕を折られ泣き叫ぶ者、七人の中で無事な奴は一人もいない。あっという間、あっという間だよ。
周りで大勢の人の気配がした。周りを見た。村の奴らだ。いつもは弱っちいのに、山賊たちがやられているから、ノコノコと出てきたんだ。
山賊が、この人に叩きのめされるたびに、村の奴らが喜んで大声をあげる。
そのうちに、動かなくなった山賊を棒やクワで叩く奴も出てきた。
肉を叩く音が聞こえる。
山賊の悲鳴と泣き叫ぶ声がする。
そして村の奴らの笑い声。
それらが一つになり、夜の村に響き渡っている。
ヤレーッ もっとだ もっとやれーっ
許してくれーっ もう止めてくれーっ
そこだ 頭をたたき割ってやれっ
ぎゃあああああ
おい縄はないか?
縛りあげるのか?
そうさ 縛って 引きずりまわし 最後は絞め殺すのさ
それはいいな そうしよう 縄を 縄を
アハハハハ あははは ハハハハ ははは
今まで、金を奪われ、身内を殺され、女房、娘を犯されてきた恨みを思う存分に晴らしている。
村が異様な興奮に包まれている!
いや、村が狂っている!
「悪かった。もう止めるよっ。この村は二度と襲わないっ。いや山賊をやめる。本当だ。この通りだ許してくれ!」
骸大夫が座り込み、地べたに額をすりつけ謝っている。もう残っている山賊はこいつだけさ。
この人が棒を持ち近づいて行く。その棒は根元まで赤く染まっていた。
やれーっ ヤレーッ 殺せ 殺せ 殺せ ころせ コロセ 殺せっ!
村の奴らが口々に叫ぶ。どいつの顔もまともじゃない。何かに憑かれているみたいだ。
この人が棒を振り上げ、振り下ろした。
グチャッ
瓜がつぶれるような音がして、骸大夫の頭がはぜ、血だらけになった。こいつの顔の上半分は無くなった。
おう おう おう おおおおおおおおおおおう
大歓声が上がった。
長者様をはじめ、多くの村人たちがこの人に駆け寄っていく。
変だ。この人、震えている。最初は小さな震えだった。それが波立つように身体全体が、震えている。
「あんた、どうしたんだい?」
あたしは、そう言ってこの人を見た。
泣いている。
哀しそうな目にたくさん涙をためて泣いている。
ウオオオーン
この人が夜空に向かい、雄たけびを上げたんだ。本当に哀しく辛そうな声だった。
そしてこの人は、「人」ではなくなった・・・・。
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