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その四 美女と野獣
三
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三日前の夜、村が山賊に襲われた。
ここいらを荒らしまわっている「骸大夫(むくろだゆう)」一味だ。
方々に火をつけ、家に押し入り、金目のモノを片っ端から盗っていく。男は殺され、女は犯されていった。抵抗すれば男・女・子ども・年よりの区別なく、容赦なしに殺していく。
鬼畜生にも劣る奴らだ。
当然、真っ先に狙われたのは、この村で一番の金持ちである友様の家だ。
「お止めくだされーっ」
「そ、それだけはご勘弁をっ」
「命だけは、命だけはーっ」
悲鳴と怒鳴り声が家の中を響き渡った。本当に地獄だよ。あたしは、じっと隠れていた。この家には八年間もいるから、絶対に見つからない場所を知っている。ここなら見つからない。朝までの辛抱。そう思っていたあたしの耳に悲鳴が飛び込んできた。
「嫌だっ、放してっ」
夕様だ。あいつら、あんな小さな夕様まで!
「お放しくださいっ!その子はまだ五つなのですっ」
「金なら、いくらでも差し上げますっ。ですから、お許しくださいっ」
「新しい長者様」とその奥方が悲鳴を上げて、頼み込んでいる。
「なら、明日の昼に村はずれの松の木の下に来な。金を持ってな。その時までこの餓鬼は預かるぜ」
「お前一人で来い。来なければ、この餓鬼の命はないからな」
「金なら今差し上げます。その子を放してくれっ」
「駄目だっ!明日の昼までに、集められるだけ、集めて持ってこいっ。いいなっ」
強欲な奴らだ。今ある金じゃあ満足できず、金をかき集めさせようとしている。
でも安心した。「新しい長者様」たちは、必ずどうにかするさ。夜通しで、駆けずり回っても金を集める。そして夕様は無事に戻ってくる。あたしは大きなため息をついた。
「放してっ!嫌だっ、どこへも行かないっ」
「こっちへ来いっ、この餓鬼がっ!」
バシッ
叩く音がした。
「痛っ。痛いようー。痛いよっ」
あいつら夕様を叩きやがった。まだ五歳なのに。夕様が泣き叫んでいる。
『我慢ですよっ、夕様。明日の昼になれば、無事に返ってこれますからね』
あたしは、心の中でつぶやいた。
今あたしにできる事なんて何もない。相手は名うての山賊だ。あたしに夕様を助けられるはずがない。ただただ隠れているしかないだろう?
「痛いよう、痛いようっ。萩、助けてぇ」
この言葉を聞いた時、あたしは隠れていた場所から、飛び出していた。今考えてもどうしてそんなことをしたのか分からない。自分でも馬鹿な事をしたと思う。でも体が勝手に動いてしまったんだよ。
「こらー待てぇ!夕様を放せっ」
あたしは大声で叫びながら、山賊どのも後を追った。奴らは五人。夕様の家の外を歩いていた。
「あっ、萩っ、萩が来た!助けてぇ、萩」
「もう心配はいりませんよ、夕様。萩が助けてあげますから。おいお前たち、夕様を放せっ」
「何だお前は?殺されたいのか?」
「殺す前にやっちまうぞ」
この時のあたしは、どうかしてたんだ。五人もいる山賊どもを怖いとは全く思わなかったんだ。萩さまを脇に抱えている、でかい男に走り寄り、いきなりそいつの頬に、平手を喰わらせた。
パシッ
いい音がしたよ。いい気味だ。夕様をいじめた報いさ。不意を打たれたでかいのが、脇に抱えていた夕様を落とした。
あたしは、夕様を抱き寄せた。
「夕様!大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「萩ーっ、萩っ。怖いよう、すごく怖いよう」
あたしの腕の中で、夕様が泣きじゃくる。
「痛っ」
背中をものすごい勢いで蹴られた。でも、あたしは夕様を放さない。夕様を抱え込む。そんなあたしの背中や頭を山賊どもが蹴ってくる。
最初は痛かったけど、途中から痛みさえ感じなくなってきた。
「手前ぇ、いい加減にしろよなっ」
気配がした。刃物を抜く気配だ。さすがに刺されたら痛いだろうな。死ぬかもしれない。けど夕様は放さないっ。
ブチブツブチ
頭にものすごい痛みを感じた。髪の毛をつかまれ、引っ張られたんだ。血のついた髪の毛が何十本も抜けた。あたしの顔の前に豚みたいな顔をした山賊がいた。手には鈍く光る大きな刃物がある。
「殺す前にやっちまおうと思ったが、めんどくせえ。喉をかっ切ってやる」
男が刃物を振り上げた。目を閉じた。もう駄目だ。夕様、ごめんなさい。助けてあげられなくて。
あたしの顔に温かなものがかかった。血だ。大量の血だ。ものすごい匂いがする。あたしは切られたんだ。でも、存外痛みはない。切られても、死ぬときは痛くないんだ。
目を開けたあたしが見たのは、口からゴボゴボと血を吹き出し、顔をゆがませて倒れこんでくる豚男だった。豚男は胸から棒を生やしている。棒には豚男の血と肉がからみついていた。
豚男は背中から長い棒で突き殺されたんだ。あたしの顔にかかった血はこいつのだ。あたしは生きている。助かったんだ!
でも、誰が豚男を殺したんだ?
「何だっ、おめえはっ」
山賊どもが震えた声を出した。怯えているよ。あたしは山賊が見ている方向に目を向けた。
背の高い、ほっそりとした男が一人立っている。面長の顔で髪を長く伸ばし、その髪は後ろで無造作に結ばれている。
この人が立っていた。
何とも哀しい目をしていたよ。
ここいらを荒らしまわっている「骸大夫(むくろだゆう)」一味だ。
方々に火をつけ、家に押し入り、金目のモノを片っ端から盗っていく。男は殺され、女は犯されていった。抵抗すれば男・女・子ども・年よりの区別なく、容赦なしに殺していく。
鬼畜生にも劣る奴らだ。
当然、真っ先に狙われたのは、この村で一番の金持ちである友様の家だ。
「お止めくだされーっ」
「そ、それだけはご勘弁をっ」
「命だけは、命だけはーっ」
悲鳴と怒鳴り声が家の中を響き渡った。本当に地獄だよ。あたしは、じっと隠れていた。この家には八年間もいるから、絶対に見つからない場所を知っている。ここなら見つからない。朝までの辛抱。そう思っていたあたしの耳に悲鳴が飛び込んできた。
「嫌だっ、放してっ」
夕様だ。あいつら、あんな小さな夕様まで!
「お放しくださいっ!その子はまだ五つなのですっ」
「金なら、いくらでも差し上げますっ。ですから、お許しくださいっ」
「新しい長者様」とその奥方が悲鳴を上げて、頼み込んでいる。
「なら、明日の昼に村はずれの松の木の下に来な。金を持ってな。その時までこの餓鬼は預かるぜ」
「お前一人で来い。来なければ、この餓鬼の命はないからな」
「金なら今差し上げます。その子を放してくれっ」
「駄目だっ!明日の昼までに、集められるだけ、集めて持ってこいっ。いいなっ」
強欲な奴らだ。今ある金じゃあ満足できず、金をかき集めさせようとしている。
でも安心した。「新しい長者様」たちは、必ずどうにかするさ。夜通しで、駆けずり回っても金を集める。そして夕様は無事に戻ってくる。あたしは大きなため息をついた。
「放してっ!嫌だっ、どこへも行かないっ」
「こっちへ来いっ、この餓鬼がっ!」
バシッ
叩く音がした。
「痛っ。痛いようー。痛いよっ」
あいつら夕様を叩きやがった。まだ五歳なのに。夕様が泣き叫んでいる。
『我慢ですよっ、夕様。明日の昼になれば、無事に返ってこれますからね』
あたしは、心の中でつぶやいた。
今あたしにできる事なんて何もない。相手は名うての山賊だ。あたしに夕様を助けられるはずがない。ただただ隠れているしかないだろう?
「痛いよう、痛いようっ。萩、助けてぇ」
この言葉を聞いた時、あたしは隠れていた場所から、飛び出していた。今考えてもどうしてそんなことをしたのか分からない。自分でも馬鹿な事をしたと思う。でも体が勝手に動いてしまったんだよ。
「こらー待てぇ!夕様を放せっ」
あたしは大声で叫びながら、山賊どのも後を追った。奴らは五人。夕様の家の外を歩いていた。
「あっ、萩っ、萩が来た!助けてぇ、萩」
「もう心配はいりませんよ、夕様。萩が助けてあげますから。おいお前たち、夕様を放せっ」
「何だお前は?殺されたいのか?」
「殺す前にやっちまうぞ」
この時のあたしは、どうかしてたんだ。五人もいる山賊どもを怖いとは全く思わなかったんだ。萩さまを脇に抱えている、でかい男に走り寄り、いきなりそいつの頬に、平手を喰わらせた。
パシッ
いい音がしたよ。いい気味だ。夕様をいじめた報いさ。不意を打たれたでかいのが、脇に抱えていた夕様を落とした。
あたしは、夕様を抱き寄せた。
「夕様!大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「萩ーっ、萩っ。怖いよう、すごく怖いよう」
あたしの腕の中で、夕様が泣きじゃくる。
「痛っ」
背中をものすごい勢いで蹴られた。でも、あたしは夕様を放さない。夕様を抱え込む。そんなあたしの背中や頭を山賊どもが蹴ってくる。
最初は痛かったけど、途中から痛みさえ感じなくなってきた。
「手前ぇ、いい加減にしろよなっ」
気配がした。刃物を抜く気配だ。さすがに刺されたら痛いだろうな。死ぬかもしれない。けど夕様は放さないっ。
ブチブツブチ
頭にものすごい痛みを感じた。髪の毛をつかまれ、引っ張られたんだ。血のついた髪の毛が何十本も抜けた。あたしの顔の前に豚みたいな顔をした山賊がいた。手には鈍く光る大きな刃物がある。
「殺す前にやっちまおうと思ったが、めんどくせえ。喉をかっ切ってやる」
男が刃物を振り上げた。目を閉じた。もう駄目だ。夕様、ごめんなさい。助けてあげられなくて。
あたしの顔に温かなものがかかった。血だ。大量の血だ。ものすごい匂いがする。あたしは切られたんだ。でも、存外痛みはない。切られても、死ぬときは痛くないんだ。
目を開けたあたしが見たのは、口からゴボゴボと血を吹き出し、顔をゆがませて倒れこんでくる豚男だった。豚男は胸から棒を生やしている。棒には豚男の血と肉がからみついていた。
豚男は背中から長い棒で突き殺されたんだ。あたしの顔にかかった血はこいつのだ。あたしは生きている。助かったんだ!
でも、誰が豚男を殺したんだ?
「何だっ、おめえはっ」
山賊どもが震えた声を出した。怯えているよ。あたしは山賊が見ている方向に目を向けた。
背の高い、ほっそりとした男が一人立っている。面長の顔で髪を長く伸ばし、その髪は後ろで無造作に結ばれている。
この人が立っていた。
何とも哀しい目をしていたよ。
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