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その三 ファースト・コンタクト

二十一

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橘屋敷の庭。そこに空海、田村麻呂、嘉智子夫人がいる。この三人から少し離れて、合わせて二十人ほどの女官、護衛の武人がいる。
「夫人様、この度の件ではご尽力いただきまして、誠にありがとう存じます」 
空海が深々と頭を下げた。
空海は、非業の死を遂げた飼い主を慕い、猫又とかした猫たちが、亡き飼い主との想いの詰まった屋敷で暮らせるよう、嘉智子夫人に取り計らってもらったのである。                                        
今日は、その礼をするために、田村麻呂と共に空海は橘屋敷に足を運んだのであった。
「化け猫のお屋敷なんて、なんて面白いのでしょう。空海和尚様らしいお話しでございますね。今度、是非とも私を連れて行ってください」
夫人は屈託なく朗らかにほほ笑む。
橘嘉智子夫人。弘仁六年(815年)に橘氏としては最初で最後の皇后となる人である。
後に檀林皇后(だんりんこうごう)と呼ばれ、平安時代初期の政界に大きな影響を与える事となる。
「夫人様、それはさすがに・・・」
田村麻呂が困惑の表情を浮かべた。
「大丈夫。空海和尚と坂上田村麻呂が一緒なら何も怖くはありません。そうでしょう?」
空海はにっこりとうなずき、懐から小さな壺を出す。
「お礼を持参いたしました。つまらぬものですが、夫人様はお気に召したご様子でしたので」
「ありがとうございます。これは何でございますか?」
夫人が首を傾げた。
「はい、『よく眠れる薬』にございます」
「ああ、あのお薬。和尚様ありがとう存じます。今は、なかなか飲めないのですよ。このお薬、本当はお酒ですけどね」
にっこりと夫人がほほ笑む。
「おや、ご存じでしたか。これは般若湯。熟睡する薬にございますよ」
空海も笑い返す。
「おい、空海、お前、夫人様に酒、いや般若湯などを差し上げたのか!」
田村麻呂が驚きの声をあげた。
「いいのですよ、田村麻呂殿。私はこれがとても好きなのですから。良かったらご一緒しましょう。今から準備させますね」
夫人はそう言って、宴の準備を命じ始めた。
「おい空海、良いのか?」
「俺に言われても困るが、良いのであろうよ」
空海と田村麻呂は、そう言って嘉智子夫人のもとに歩いて行く。
秋が深まる。
平安の都が美しい秋色に染まりつつある今日この頃であった。
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