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その三 ファースト・コンタクト
十七
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「あなたならば、全てに合点がいく。毒を盛るのもたやすい事。夢見使いを使い、夫人様を夜中に起こし、あなたが作り出した化け物を見せ驚かせる。その後に化け物を消滅させ、夫人様のところに駆けつけ、夫人様には『悪い夢です』と言う。夫人様に夢だと信じ込ませる。そういうことだったのですね?道理で、あなたは私が夫人様の寝所に入る事をかたくなに拒んだわけです」
空海は知草を見つめながら、静かにそういった。
「何とも、手間暇をかけたものだな。全ては露見したのだ。悪あがきは止めて、俺と一緒に来てもらおうか」
田村麻呂の声も静かだ。それだけに重みがある。
「ふん、あたしも、もっと簡単にやりたかったさ。けどね、注文が『荒っぽい事はひかえろ』だったのさ。いつからあたしが術師だと気がついていたんだい?」
空海と田村麻呂に囲まれながら、知草は全く動じない。
「夫人様の寝所で化け物が空海殿に消された。そこから、強くあんたの匂いがした。たった今まで、あんたがいたかと思うほどにな」
「?」
「その話を田村麻呂殿から聞かされた時、あなたが術師だと分かりました。夢見使いを捕らえる時も、常のあなたらしくなく、動きが鈍かった。夢見使いが捕まったら困りますものね。男の中にはこの田村麻呂殿のように、女性(にょしょう)の匂いに敏感な性癖を持つ者がいるのです。気をつけられよ」
そう言いながら空海は知草に近づいていく。そのすぐ後ろから田村麻呂が続く。
「気持ち悪い・・・。空海、田村麻呂、あたしがこの紙になんて書いたか、聞いたよね。こう書いてあるのさ。『滅嘉智子 急急如律令』!」
それは陰陽道の呪。
それを知草が大声で唱えた。
「その蔀(しとみ、雨戸のこと)の向こうが嘉智子の寝所だったね。空海、田村麻呂、本当のあたしのやり方を見せてやるよ。『動!』」
知草の視線が空海と田村麻呂の後方の屋敷に注がれる。そこは嘉智子夫人の寝所である。
急に風が吹いてきた。
徐々に強くなっていく。
知草の美しい口が開いた。赤いなまめかしい口の中に蠢くものがある。口から黒く禍々しいものが這い出して来る。口から黒く太い蛇が這い出して来るようである。
知草の口から出た「黒い蛇」がもぞもぞと動く。そして徐々に「型」になっていく。太い両足、岩のような胴体。女性の胴回りはありそうな太い腕、太い牙を持つ口、真っ赤に燃え盛る二つの目、頭から二本の角が生えている。田村麻呂の二倍はありそうな黒鬼となった。
「この屋敷に入り、五年余り。毎日毎日、呪い続けたよ。あたしの血肉を糧に、丹精込めて作り上げた式神さ。この前のやつとはわけが違うよ」
知草が微笑む。が、あの美しく妖艶な知草ではない。体が二回りほど縮んだ。背中が曲がる。つややかな黒髪は硬く真っ白になっている。顔中に刻まれた深いしわ。老婆になっている。
「お前が・・・」
あの老婆である。
夢見使いを操っていた老婆。
ほほ笑む。
知草、魔女であった。
空海は知草を見つめながら、静かにそういった。
「何とも、手間暇をかけたものだな。全ては露見したのだ。悪あがきは止めて、俺と一緒に来てもらおうか」
田村麻呂の声も静かだ。それだけに重みがある。
「ふん、あたしも、もっと簡単にやりたかったさ。けどね、注文が『荒っぽい事はひかえろ』だったのさ。いつからあたしが術師だと気がついていたんだい?」
空海と田村麻呂に囲まれながら、知草は全く動じない。
「夫人様の寝所で化け物が空海殿に消された。そこから、強くあんたの匂いがした。たった今まで、あんたがいたかと思うほどにな」
「?」
「その話を田村麻呂殿から聞かされた時、あなたが術師だと分かりました。夢見使いを捕らえる時も、常のあなたらしくなく、動きが鈍かった。夢見使いが捕まったら困りますものね。男の中にはこの田村麻呂殿のように、女性(にょしょう)の匂いに敏感な性癖を持つ者がいるのです。気をつけられよ」
そう言いながら空海は知草に近づいていく。そのすぐ後ろから田村麻呂が続く。
「気持ち悪い・・・。空海、田村麻呂、あたしがこの紙になんて書いたか、聞いたよね。こう書いてあるのさ。『滅嘉智子 急急如律令』!」
それは陰陽道の呪。
それを知草が大声で唱えた。
「その蔀(しとみ、雨戸のこと)の向こうが嘉智子の寝所だったね。空海、田村麻呂、本当のあたしのやり方を見せてやるよ。『動!』」
知草の視線が空海と田村麻呂の後方の屋敷に注がれる。そこは嘉智子夫人の寝所である。
急に風が吹いてきた。
徐々に強くなっていく。
知草の美しい口が開いた。赤いなまめかしい口の中に蠢くものがある。口から黒く禍々しいものが這い出して来る。口から黒く太い蛇が這い出して来るようである。
知草の口から出た「黒い蛇」がもぞもぞと動く。そして徐々に「型」になっていく。太い両足、岩のような胴体。女性の胴回りはありそうな太い腕、太い牙を持つ口、真っ赤に燃え盛る二つの目、頭から二本の角が生えている。田村麻呂の二倍はありそうな黒鬼となった。
「この屋敷に入り、五年余り。毎日毎日、呪い続けたよ。あたしの血肉を糧に、丹精込めて作り上げた式神さ。この前のやつとはわけが違うよ」
知草が微笑む。が、あの美しく妖艶な知草ではない。体が二回りほど縮んだ。背中が曲がる。つややかな黒髪は硬く真っ白になっている。顔中に刻まれた深いしわ。老婆になっている。
「お前が・・・」
あの老婆である。
夢見使いを操っていた老婆。
ほほ笑む。
知草、魔女であった。
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