39 / 68
その三 ファースト・コンタクト
八
しおりを挟む
「私は坂上田村麻呂と申します。間違っていたならば、申し訳ありませぬが、あなたは空海和尚様にございますか?」
良く通る声である。この声で戦場において何万もの兵を動かしてきたのであろう。
「はい、その通りにございます。私が空海にございます」
空海は穏やかな視線を田村麻呂に向けた。
「知草殿、和尚様とここで何をしておいでか?あなたがいなくては夫人様が大変お困りでありましょうに」
言葉だけなら田村麻呂は、知草を咎めているようにも聞こえるが、田村麻呂からは優しさしか伝わってこない。
「和尚様をご案内していたのです。田村麻呂様、そんな意地悪な言い方をしなくてもよいのではありませぬか?和尚様、田村麻呂様は、三千媛様が帝にお願いし、この屋敷の警固をしていただいておるのです」
知草は、少し頬を膨らませ、怒るそぶりを見せながら、空海にそう説明した。
「坂上田村麻呂様といえば、先帝からのご信任厚き、朝廷の忠臣であり、戦神(いくさがみ)とも称されるお方。それほどの方をお遣わしになるとは、帝は夫人様の事を余程に大切に思われておられるのですな」
空海は田村麻呂の顔を見つめ、田村麻呂はその視線を正面から受け取る。
「田村麻呂で結構にございます。三千媛様が夫人様のために、名高き空海和尚様をお呼びしたと耳にしておりました。して和尚様はこのような場所で何をされておられたのです?」
「どうぞ空海とお呼びください。屋敷内の『呪』を探っておりました。田村麻呂様がここにお出でになったとのと同じ理由かと存じます」
空海は笑みを浮かべながら田村麻呂を見つめる。
「私は、妙に嫌な感じがここから感じられたので参っただけ。『呪を探る』とは、どのような事にございますか?」
田村麻呂からは、空海という人間をどこまで信用したらよいのか、まだ判別できない。そういった戸惑いが感じられる。
「田村麻呂様、実は・・・」
知草が田村麻呂に今までの経緯を説明しだした。
嘉智子夫人に毒殺と呪詛が企てられている事。
空海が屋敷内の邪気を探っていた事。
ここでその邪気がおぞましい形となり現れた事などを整然と説明した。
「何と!その様なことが・・・」
田村麻呂の目が険しくなる。
「知草殿、お願いがございます」
「はいっ?何でございます?」
空海の唐突な話の転換に、知草は戸惑い、警戒しながら聞き返した。
「今夜、私を夫人様の寝所に入れていただきたいのです。夫人様が今晩から健やかにお休みできるようにしてみましょう」
「えっ!和尚様を御寝所に!それはいくら何でも無理なお話にございます。男の方を、夜、御寝所にお入れできるはずなど出来る道理はございません」
「無理を承知でお願いしております。呪詛がかけられているのは間違いない事。このままでは手遅れになるやもしれませぬ。とにかく、夫人様と三千媛様にお伝えください」
空海は有無を言わさぬ口調で、知草に深く頭を下げた。
「・・・分かりました。和尚様が申された事はお伝えはいたします。お伝えは致しますがですが、あまりご期待はなさらないで下さいね」
そう言うと知草は足早に屋敷内へと去っていった。
田村麻呂は去っていく知草を眼で追いながら、鼻を小さくひくつかせている。
「知草殿は本当に、いい匂いがいたしますな」
「えっ、何を言われます!私は何も分かりませぬ!何か匂うのですか?私には何も・・・」
田村麻呂の顔は真っ赤だ。
「田村麻呂様、ではまた後程」
空海はそう言うと口元に笑みを浮かべ、田村麻呂の前から去っていったのであった。
良く通る声である。この声で戦場において何万もの兵を動かしてきたのであろう。
「はい、その通りにございます。私が空海にございます」
空海は穏やかな視線を田村麻呂に向けた。
「知草殿、和尚様とここで何をしておいでか?あなたがいなくては夫人様が大変お困りでありましょうに」
言葉だけなら田村麻呂は、知草を咎めているようにも聞こえるが、田村麻呂からは優しさしか伝わってこない。
「和尚様をご案内していたのです。田村麻呂様、そんな意地悪な言い方をしなくてもよいのではありませぬか?和尚様、田村麻呂様は、三千媛様が帝にお願いし、この屋敷の警固をしていただいておるのです」
知草は、少し頬を膨らませ、怒るそぶりを見せながら、空海にそう説明した。
「坂上田村麻呂様といえば、先帝からのご信任厚き、朝廷の忠臣であり、戦神(いくさがみ)とも称されるお方。それほどの方をお遣わしになるとは、帝は夫人様の事を余程に大切に思われておられるのですな」
空海は田村麻呂の顔を見つめ、田村麻呂はその視線を正面から受け取る。
「田村麻呂で結構にございます。三千媛様が夫人様のために、名高き空海和尚様をお呼びしたと耳にしておりました。して和尚様はこのような場所で何をされておられたのです?」
「どうぞ空海とお呼びください。屋敷内の『呪』を探っておりました。田村麻呂様がここにお出でになったとのと同じ理由かと存じます」
空海は笑みを浮かべながら田村麻呂を見つめる。
「私は、妙に嫌な感じがここから感じられたので参っただけ。『呪を探る』とは、どのような事にございますか?」
田村麻呂からは、空海という人間をどこまで信用したらよいのか、まだ判別できない。そういった戸惑いが感じられる。
「田村麻呂様、実は・・・」
知草が田村麻呂に今までの経緯を説明しだした。
嘉智子夫人に毒殺と呪詛が企てられている事。
空海が屋敷内の邪気を探っていた事。
ここでその邪気がおぞましい形となり現れた事などを整然と説明した。
「何と!その様なことが・・・」
田村麻呂の目が険しくなる。
「知草殿、お願いがございます」
「はいっ?何でございます?」
空海の唐突な話の転換に、知草は戸惑い、警戒しながら聞き返した。
「今夜、私を夫人様の寝所に入れていただきたいのです。夫人様が今晩から健やかにお休みできるようにしてみましょう」
「えっ!和尚様を御寝所に!それはいくら何でも無理なお話にございます。男の方を、夜、御寝所にお入れできるはずなど出来る道理はございません」
「無理を承知でお願いしております。呪詛がかけられているのは間違いない事。このままでは手遅れになるやもしれませぬ。とにかく、夫人様と三千媛様にお伝えください」
空海は有無を言わさぬ口調で、知草に深く頭を下げた。
「・・・分かりました。和尚様が申された事はお伝えはいたします。お伝えは致しますがですが、あまりご期待はなさらないで下さいね」
そう言うと知草は足早に屋敷内へと去っていった。
田村麻呂は去っていく知草を眼で追いながら、鼻を小さくひくつかせている。
「知草殿は本当に、いい匂いがいたしますな」
「えっ、何を言われます!私は何も分かりませぬ!何か匂うのですか?私には何も・・・」
田村麻呂の顔は真っ赤だ。
「田村麻呂様、ではまた後程」
空海はそう言うと口元に笑みを浮かべ、田村麻呂の前から去っていったのであった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幕府海軍戦艦大和
みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。
ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。
「大和に迎撃させよ!」と命令した。
戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる