密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その三 ファースト・コンタクト

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一年前の七月。空海はある権門から呼び出しを受けた。
「珍しいことがあるものだな。この俺に関わろうとするお偉いさんがいるとはな」
空海がまず思ったのは、そういう事であった。
この当時の空海の立場というのは、なかなかに難しいものがあった。
理由はこうである。
空海は国家の留学僧として唐に渡った。渡航費用、滞在費はすべて空海の私費ではあったが、あくまでも国家の留学僧として派遣されたのである。
その留学期間は何と二十年。空海はこの留学期間をわずか二年で切り上げ、日本に帰国してしまった。
空海にすれば『やるべきことは、すべてやり終えた。二十年も無駄にできるか』という事ではあるのだが・・・。
つまり空海のしたことは、重大な規則違反なのである。奈良時代から平安時代初期の日本は律令制という法治国家である。律令国家とは「法」が「全て」であり、「法」を破るという事は、「国家への反逆」とも取られかねない重大事なのだ。
法を犯した空海ではあるが、空海は、唐の国において、密教の最高権威から「密教の全てを余すことなく伝えられた唯一無二の存在」である。
日本では絶対に手に入らない多数の貴重な経本や仏具も携えて帰国した。
その空海に活躍の場を与えないことは、国家にとっては大損失である。
時の朝廷は悩み、妥協案として、帰国後二年間、空海を九州の太宰府に留め置き、その後更に和泉国(現大阪府南西部)の槇尾山寺に滞在させるという策をとったのである。
この時の、空海はようやくにして、入京を許されたばかりの存在であった。
つまり空海は、一面では密教という当時の最新知識の最高権威であり、一面では、国法を平然と破った罪人でもあった。
朝廷、貴族、権門、分限者達は、空海という存在について、「どう扱うべきか」測りかねている時なのであった。
「出かけてくる。いつ戻るかは分からんが、そう遅くなることはないだろう」
高雄山寺の僧に、そう告げ、空海は出かけたのである。
京の都を歩いている。唐の都・長安を見てきた空海にとってみれば、京の都などは片田舎にしか見えない。
この当時の長安は人口100万人の世界最大の都市。西域に近いこともあり、多様な民族が流入し、人口の約1割は外国人という国際都市であった。様々な民族・文化・言語・宗教が入り混じり、ダイナニズムに富む世界を作り出していた。
 「俺は、あのまま長安に居ればよかったのかもしれぬな」
日本に帰国してから、そう思はぬ日のない空海である。
「長安は俺を認めてくれた。倭国の無名の留学僧を認めてくれた。しかるにこの国はどうだ?『留学の年月が短すぎる』。それだけの理由で罪人扱いだ。何と小さき国か!俺にはこの国は適(あわ)ぬやもしれぬな」
 京の都の中を多くの人々が忙しそうに行きかう。
それらの人々に目を移しながら、様々な服装・様々な言語が飛び交っていた長安の街を恋しく思う空海であった。
「ここだな。俺を呼んだのは」
空海は目的の場所に着いた。
橘(たちばな)氏の屋敷である。
日本古来からの名族。
そして大罪を犯した一族。
その屋敷の中に空海は入って行った。

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