上 下
9 / 35
その一 怪し(あやかし)の森

しおりを挟む
「呪術師の男は四十年くらいは使っていたんじゃないだろうか。そいつは本物だったよ。聞けば誰もが知っているお偉いさんの『殺し』にも関わっている。そいつが死んだ後、弟子の『綱虫』という女が、あの森を引き継いだ。そうさね、師匠で四十年、綱虫で30年。ひょっとしたらその前から使われていたかもしれない」
やおが淡々と話し、空海と田村麻呂はじっと聞いている。
「師匠は本物だったけど、綱虫という女はまがい物だね。師匠の見よう見真似で、やることはやるけど、よく言って二流の下ってとこかな」
「やお殿、綱虫という術者の居場所を教えていただきたい。どうしたら会える?」
空海は言った。
「ここからのことは、『払うものを払ってから』という事だね」
やおは悪戯っぽく口元に笑みを浮かべ、右手を空海に差し出した。
「田村麻呂、やお殿から話を聞くには金が要る。この家には金がうなっているだろうぜ」
やおは右手を伸ばしながら上下に軽くゆらしている。
そう言いながら、空海は懐から金の粒を3つほど出し、やおの右手に乗せた。
やおは顔をしかめた。
「足りないね。これじゃあ無理だ。教えられない。出直しといで」
「急ぐのだよ、やお殿。金は後でどうにかする。どうか教えてくれ」
空海は頭を下げた。
「あたしの仕事に『後で』や『まけてくれ』はない。それは空海、あんたもよく知っているだろう?」
「田村麻呂、お前も出せ」
「俺も今は持ち合わせがない。ただただ森に行くだけだと思っていたからな」
「使えぬ奴だな。やお殿、どうすれば教えてくれる?」
「そうだねえ、三回かな」
「三回・・・。明日の朝までに?」
空海の問いにやおは無言でうなずいた。
「承知した。では早速始めよう。田村麻呂、そういうことになった。悪いが一人で帰ってくれ」
「おい、どうなったのだ?空海よ。お前の話は唐突すぎて話がつかめん。その三回ってのはなんなのだ?」
「俺はこれから『愛を交わす』のだ。三回もな。だから忙しい」
「『愛を交わす』って、お前!お前は僧侶ではないか!女性と触れる事さえ許されぬことであろうに」
田村麻呂は顔を赤らめながら声をあげた。
そんな田村麻呂を空海は見つめた。
「男が女を欲する。女が男を欲する。それは宇宙の理(ことわり)だ。俺が唐の国で学んだ密とは『宇宙の理を解き明かす法』。『僧侶は女に触れてはならん』等は『人の決めた理』であって『真の理』ではない。些末なことぞ、田村麻呂」

空海の「性愛の肯定」は、当時の仏教界では異端的な考えであることは間違いない。
真言宗の代表的な経典の一つに「理趣経」というものがある。その経典は誤解を恐れず言えば「欲望の肯定」である。その「欲望」の中でも最も大きなものが「性愛」となる。
真言密教は「欲望(性愛)あってこその人間」、「欲望(性愛)の否定は人間としてあるべき姿の否定」と考えているのだ。欲望を否定せず、むしろ欲望をエネルギーとし、更なる高みに昇華させようとする。
空海が「性愛」を禁忌と考えないのは、人間の抱える「欲望」から逃げず、真っ正面からとらえようとする密教のダイナニズムそのものなのだ。

「そうかもしれん。そうかもしれんが、世の中はそうは考えぬものだ。簡単に『三回、愛を交わす』などと言うな。まずいことになるぞ!」
「『まずいことになる』か。そうだな、それはそうかもしれんな」
「そうであろうよ、空海。それはいかんぞ」
「ああ、さすがに朝までに三回は少し多いな。約束は果たせぬやもしれん」
真顔でそう答える空海を見て、田村麻呂はこれ以上、何も言う気がしなくなったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香
歴史・時代
平安時代。 雅びで勇ましく、美しくおぞましい物語。 宿命の恋。 陰謀、呪い、戦、愛憎。 幻の楽器・七絃琴(古琴)。 秘曲『広陵散』に誓う復讐。 運命によって、何があっても生きなければならない、それが宿命でもある人々。決して死ぬことが許されない男…… 平安時代の雅と呪、貴族と武士の、楽器をめぐる物語。 ───────────── 七絃琴は現代の日本人には馴染みのない楽器かもしれません。 平安時代、貴族達に演奏され、『源氏物語』にも登場します。しかし、平安時代後期、何故か滅んでしまいました。 いったい何があったのでしょうか? タイトルは「しちげんかんじょうけちみゃく」と読みます。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

彼女のお母さんのブラジャー丸見えにムラムラ

吉良 純
恋愛
実話です

【R18・完結】鳳凰鳴けり~関白秀吉と茶々

みなわなみ
歴史・時代
時代小説「照葉輝く~静物語」のサイドストーリーです。 ほぼほぼR18ですので、お気をつけください。 秀吉と茶々の閨物語がメインです。 秀吉が茶々の心を開かせるまで。 歴史背景などは、それとなく踏まえていますが、基本妄想です。 短編集のような仕立てになっています

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...