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幽霊 対 サイコパス

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 「他に食べたいものとかある?」 

 「ない」

 そういう彼の目はすでに磯辺揚げしか見ていない。 ウインナーや卵焼きなんかも好きそうだが、今のところ一番反応がいいのはこれだったりする。
 その目はキラキラと輝いていて、それと同時に少し悲しげにも揺れる。
 リョウが生きていたら、磯辺揚げぐらいいくらでも食べさせてあげるのに…とこの時ばかりは栓無いことを考えてしまう。
 最後に残った鮭の皮を平らげ、麦茶を飲んで一息ついた。
 すっかり乾き切って萎んだちくわを食べる時は湿った恨めしげな視線を頂いたが、食べられるものを粗末にする気はないのでスルーした。
 それより、シャワーを浴びて早く寝ないと明日に響くと空になった弁当をゴミ箱に放り投げて浴室に向かう。 
 リョウは意外と几帳面らしく、宗二がやるより綺麗になっていた。
 なくなったシャンプーもしっかり補充され、ラベルもすべてこちらを向いている。
 中に入り、蛇口をひねると真っ赤な水がシャワーヘッドから吹き出す。
 避ける間もなく、肌を滑る赤い水は血にも見えるが、これはただだ。 
 ヌル付きもベタつきもなく、何より鉄の匂いがしない。 浴室から出れば身体についているのはただの水滴。
 バスタオルで拭いても赤くはならない。
 着替えているとリョウが口を尖らせて入ってきた。

 「少しは驚いてくれない? 張り合いないんだけど…」

 「ああ、シャンプーありがとう。助かったよ」 

 「どういたしまして…ーーじゃなくて!」

 洗濯物とバスタオルを洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を適当に入れてボタンを押す。
 回り始めたのを確認して、歯を磨くためにひねった蛇口から流れ出した血を眺めた。
 どうやら、こちらは本物のようだ。

 「リョウ、この血って何型?」

 「は?」

 「いや、献血に回したら喜ばれそうだなぁと思ってさ。送ってみてもいいか?」

 「いいわけないでしょ!?」

 ちょっとした好奇心だったのだが、目を三角にしてキレられた。
 せっかく 大量にあるのだから有効活用しようと思ったのだが、そう、うまくはいかないらしい。

 「じゃあ、歯を磨くから水に戻して」

 「はあ?  戻すわけないじゃん」

 嫌がらせが成功したとみて胸を張る彼に、宗二のアロマオイルをスプレーにしたものを取り出す。

 「早く戻して?ーーじゃないと強制除霊するよ?」

 「…っ!?」

 にっこり笑って言えばリョウは、

「鬼、悪魔、サイコパス野郎!」

 と言い捨てて消えた。
 血が出なくなった水道で歯を磨き、ふらふらとベッドに向かう。
 ラップ音と電気の点滅、恨み節のきいた子守歌が聞こえてきたような気もするが気にも止めずに眠りについた。

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