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Second Tales:生意気なドラゴンにどちらが上かわからせます

Tale4:大きいわんちゃんはよく躾けましょう

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 大きいということは、それだけということだ。
 横薙ぎされた狼ちゃんの手は、私の周囲の空間をその絶対的な広範囲で蹂躙する。

「っ!」

 回避する方向は、真後ろしか存在しなかった。
 スキル――スライム強化。

 攻撃を受けるぎりぎりで、強化された脚力によって後ろに跳ぶ。
 ほんの鼻先数センチを、轟音とともに狼ちゃんの手が通り過ぎた。
 しかし、高質量の物体による風圧に押され、手は当たっていなかったのに吹き飛ばされる。

「ぅぐっ……!」

 広場から外れ、森の木々に衝突することによって身体が止まった。
 風圧の衝撃だけで、この威力だ。
 直感で身体強化のスキルを使ったが、“受けたら死ぬ”と思ったのは間違いではなかったのか。
 ただ、スライム強化の効果は数分間しか保たないので、早く勝負を決めなくてはいけなくなった。
 いや、焦るのはよくない、思考が濁る。
 落ち着いて、ちゃんと頭を働かせるのだ。

「へえ、いまのを避けたか。さすがちっちゃい人間、すばしっこいね」

 感心するかのように、狼ちゃんはもふもふの手をふりふりしつつ言う。

 こいつ、また“ちっちゃい”って言いやがって。
 小さいから素早いというのは短絡的なのではないか?
 だって、けっきょく大きい方が幅があるんだから速いに決まってるでしょ。

 まあ、いま討論している暇はないから、倒した後でじっくりと教えてやる。

「次は避けられるかな――咆ッ!」

 大きく口を開いた狼ちゃんが、こちらに向かってした。

 わからない。
 そう思った瞬間、視界の端で、宙に舞っていた落ち葉が粉砕するのを捉える。
 衝撃波、不可視の攻撃だ。

 回避、もしくは迎撃。
 範囲が不明、迎撃――!

 咄嗟に、目の前のなにもない空間にリリアリア・ダガーを振り下ろす。
 タイミングを違えば死ぬが、なにもしなければ同じことだ。

 ダガーに手応えを感じ、そして。
 金属と金属がぶつかり合うような破裂音が、森に響いた。

「おっ、耐えたか、やるね」

 狼ちゃんの称賛の声が、遠くに聞こえる。

 いまの衝撃で、肩の辺りまで私の腕は消し飛んでいた。
 しかし、これはスライムの性質によってすぐに新しい腕に修復される。
 身体強化スキルの制限時間が減ってしまったが、ほかにどうしようもなかった。

「ええ……? ちっちゃい人間だと腕が生えるの?」

 小さいのは関係ないだろうが!
 怒りたくなるのを我慢して、地面に落ちていたダガーを拾い腰のホルスターに戻す。
 そして、左手にはめられた指輪からローゼン・ソードを発生させた。
 魔力の温存を考えていては負けてしまう、そう考えたのだ。

 短期決戦、やってやる!

 剣を下段に構えたまま、狼ちゃんに向かって駆ける。
 あと数歩で、剣が届く間合い。

「えいっ」

 それは、狼ちゃんにとっても同じ。
 無雑作に振り下ろされる、無慈悲なお手々。
 当たっていたら、やはりひとたまりもなかっただろう。
 なんとなく肩の動きから攻撃を察知できたから、即座に横に跳んで躱す。

「いてっ――!」

 躱しながら、私はローゼン・ソードを狼ちゃんの腕に叩きつけていた。
 “斬りつける”ではなく“叩きつける”なのは、私の腕が未熟で刃が通らなかったためだ。
 ただ、痛がってはいるから、どうやら効かないことはなさそう。
 でも、太刀筋がよくないと斬れないんだろうな。

「もう、痛いなぁ、まったく!」

「っ――!」

 ぐるっと身体を横に回転させる狼ちゃん。
 その巨大な体躯も相まって、信じられないほどの暴虐を巻き起こす。

 近くから襲ってきた前腕、回避。
 続けて、回ってきた後ろ足に当たらない範囲外まで、退避。

「つぅっ!」

 しかし、その後に迫ってきた尻尾が予想外だった。
 もふもふのくせにかなり重い一撃を食らってしまい、跳ね飛ばされる。

「哮ッ!」

 宙に投げ出された私に向かって、振り返った狼ちゃんは先ほどの衝撃波を放つ。

「魔力解放――ローズ・シールド!」

 避けるのは不可能と判断し、薔薇の障壁を前方に展開した。
 大量の薔薇が重なることによって、一輪の大きな薔薇を形成する。

「っ!」

 高威力の衝撃波と相殺し、ばらばらに砕け散る薔薇。
 抜けてきた衝撃の一部が身体を打ちつけて、より上空に私は飛ばされていった。

「ちっちゃい人間は、いろいろやるもんだなぁ」

 腹立たしいことを言う狼ちゃんが、はるか下方に。

 魔法剣の魔力解放、さらに身体の修復も重ねている。
 スライム強化の効果切れ時間が、着実に迫っていた。

「ちっちゃいちっちゃいうるさいのよ、ただの大きいわんころが」

 このままではジリ貧だ。
 ここで、一気に使い切るしかない。

「ちっちゃいやつに“ちっちゃい”って言って、なにが悪いのさっ」

 そう叫んだ狼ちゃんの巨体が、こちらに飛びかかってくる。
 衝撃波よりも確実に大きなエネルギーは、受けることなど叶わない。

 もう、守ることはしない。
 狼ちゃんに向かって、掲げたローゼン・ソード。
 そこに、ありったけの魔力を注ぎ込む。

「ひれ伏しなさい、魔力解放――ローズネット・クイーン」

 狼ちゃんを覆い尽くすように、薔薇の奔流が襲いかかった。
 その勢いに押されて、狼ちゃんは私に届くことなく地表に戻っていく。

「っとぉ、なんだぁ? こんな薔薇、うっとうしいだけで痛くもかゆくもないんだけど」

 言うとおり、いくら薔薇の蔓が丈夫で棘が鋭くても、狼ちゃんにたいしたダメージを与えることはできないだろう。
 実際、狼ちゃんに巻き付いた薔薇たちは、ぶちぶちと簡単に千切られていく。

 そんなことはわかってる。
 そっちの薔薇は、すべて囮だ。

 さっき薔薇を生み出したとき、狼ちゃんにぶつけたのとは別に。
 森の広場、そしてその上空のあらゆる方向を縦横無尽に。
 それが足場になるように、薔薇を張り巡らせていたのだ。

「あれ、ちっちゃい人間どこいった? 逃げたか?」

 きょろきょろと首を振って、私の姿を探す狼ちゃん。
 その、はるか上空。

 私は、幾本も重ねた薔薇の蔓を弓の弦のように用いて、真下に向かって自分を射出しようとしていた。
 ぎりぎりと、引き絞られた蔓が軋み。
 足に食い込む棘のダメージが、都度修復されていく。

 これ以上は蔓も足も保たない。
 その瞬間、直下の狼ちゃんに対して踏み出ていった。

「大きいからって偉いわけじゃないのよ!」

「っ!?」

 こちらに気づく、狼ちゃん。
 その大きな頭をもたげようとする。
 しかし、もう遅い。

「おすわりっ!」

 薔薇の蔓によるカタパルト、さらに縦に一回転を加えて威力を増した――踵落としを。

「ぐぎゅぅううっ!?」

 大きなわんころの脳天に、ぶち当てる。
 その衝撃で、私の脚は跡形もなく消え去り。
 そして、狼ちゃんは広場の地面にめり込み、私よりも頭を低くするのであった。
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