【テイルズ・オンライン】~スライムをパートナーに、ゲーム初心者が不人気ジョブ『テイマー』で成り上がる~

あおば

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前菜は、甘い日々で

変態サイコパス対策の修行をしました

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 リリアの振るった白刃を、私は身体を傾けて避けた。
 体勢が崩れたところを逃さないようにだろう、返ってきた刃が目前に迫る。

 しかし、その実、体勢を崩したのはわざとだ。

「っ!」

『あらっ、なるほど』

 リリアの刃が私を切りつける寸前。
 振り上げたダガーがリリアの脇腹を掠めた。
 ダガーを振ったことで、今度こそ決定的に体勢が崩れる。
 一回転、二回転と転がるように、リリアから距離を取った。

『いまのフェイントは、なかなか上手でした』

「あっ、ありがとうございますっ」

 脇腹に赤いダメージエフェクトが走っていることなど気にも留めず、私を褒めてくれるリリア。
 だが、戦闘サポートモードのリリアはどうしても鬼教官というか、可愛い顔なのに威圧感が凄まじいので敬語になってしまう。

『ただ……いまの体勢でしたら、もっと上を狙うこともできましたよね?』

 うっ、バレている。
 確かに、心臓とか首とか致命傷になりうるところを攻撃することもできる体勢ではあった。
 でも、一瞬だけ躊躇してしまったのだ。
 けっきょく、私のダガーは脇腹を掠めただけ。
 もしリリアがさらなる追撃を行っていたら、そう考えると失態以外のなにものでもなかった。
 とはいえ、鬼教官はひじょうに恐い!
 素直にミスを認めるわけにはいかないのだ。

 どう言い訳しようか、そんな逡巡をしている私に、すたすたと近寄ってきたリリア。
 そのまま、私の手ごとダガーを掴む。

「っ!?」

 そして、リリアはなんの躊躇いもなく、ダガーを自らの喉に突き刺した。
 ショッキングな光景を目の当たりにして、私は思わず目を閉じる。

『リリア様。私が言うのはおかしいかもしれませんが、これはゲームです』

「いや、わかっているつもりだけど……」

 リリアが喋るのに合わせて、その振動がダガーを介して私に伝わってくる。
 おそるおそる目を開けると、喉からダガーを生やしたまま、この子は朗々と喋っていた。

『シキミ様に速さで負けている以上、一瞬が勝負を分かちます。無意識レベルでも、人を傷つけることを躊躇わないようにしないといけません』

「はい、その通りだと思います……」

『リリア様は、優しい方なのだと理解しています。いまも、痛くないのかなぁと私を心配してくれていますよね』

 いや、目の前で喉にダガーがぶっ刺さっている女の子がいたら、そりゃ心配にもなるだろう。

 ズズズッと喉からダガーを引き抜くリリア。
 思わず顔をしかめるが、ダガーには血なんて付いていないし、リリアの喉もなんにもなっていない。
 当たり前だ、テイルズ・オンラインの世界はゲームなのだから。

「リリアが言っているように、現実の意識が邪魔をしているのかもしれない」

 しかし、さっき私が攻撃するのを躊躇してしまったのは、違う理由が多分に含まれている。

「あのね、リリア」

『はい、なんでしょうか?』

 落ち着いた色合いの碧眼をぱちくりとさせて、リリアは私の言葉の続きを待った。
 きょとんとした無邪気な顔が、私を見つめる。

「あのね――リリア、あなたが可愛すぎるのがいけないんだよ!」

『ふぇっ? えっ、かわっ、かわいい……?』

 私の告白を聞いて、急におろおろと慌てはじめるリリア。
 先ほどまでドS鬼教官NPCだったとは思えないほどの変わりようだ。

「戦っている最中、ずっと頭の片隅に“ああリリア可愛い”とか“ああリリア様マジ女神”っていう思考が取り憑いているの」

『あの、リリア様、は、恥ずかしいので、やっ、止めてくださいっ……!』

「だから、もちろん顔を攻撃することなんてできないでしょ? 私の詰めが甘いのだとしたら、それはリリアが可愛すぎるのが悪いんだからねっ」

『でも、ちがくて……あぅ……』

 ぷんすか怒りながら言いきると、リリアは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
 うん、なんていじらしいのだろうか。
 もはや凶器であったとしても、おかしくない。
 現に私はリリアが可愛いことによって、戦いに100%集中することができていないのだから。

「そうだっ、リリアが澄ました顔のままだから可愛すぎて気が散っちゃうんだよ」

『……では、私はどうすればいいのですか?』

 おずおずと顔を上げて、困ったような表情で聞いてくるリリア。

「うーん、そうねー……やっぱり、変顔かな」

『変顔、ですか? えっと、見た人を笑わせるような滑稽な表情のこと、ですよね?』

「そう、真顔のままだとリリアの可愛さがダイレクトに胸にくるから、変顔することによって上手くオブラートに包まれるんじゃないかな」

 適当に思いついたことを適当に口にしたのだが、理に適っているようでまったく論理的でないアホらしい対策であることは間違いない。

『よくわかりませんが、私が変顔をすればリリア様は集中できるということでしょうか?』

 でも、リリアは騙されてくれたみたいだし、面白そうだから黙っておこう。

 うんうんと私が頷くと、リリアは、きょろきょろと周りを確認する。
 誰かがいるはずがないでしょ、そう思うが余計な茶々は入れない。
 だって、リリアの変顔、見たいんだもの。

『い、いきます――!』

 そう宣言してから、ぷくっと頬を膨らませるリリア。
 どんぐりぱんぱんのリスみたいで、とっても可愛い。

『……な、なにか言ってほしいのですが』

 ほっぺたリスリリアを観賞していたら、その子はその頬を紅潮させて恥ずかしそうに言ってきた。
 ふむ、もしかして、いまの表情が変顔だったとでも言うつもりなのだろうか。

「リリア、いいかしら? 変顔っていうのは、こういうもの――」

『ぃっ!? ぅふぷっ、あはははっひゃっひゃっ……!』

 おもむろに、リリアに変顔を見せる。
 一瞬だけ堪えようとしたリリアだったが、けっきょくダムが決壊するように笑い出した。
 曲がりなりにも、私は女子高生だ。
 学校の授業では習わなかったけど、変顔の極意は心得ている。

「――恥じらいなんか捨てて、“変”を追求するんだよ」

『ひゃっ、ひゃはっひゃっ……!』

 リリアは笑いすぎて立っていられなかったのだろう、お腹を押さえながら蹲ってしまった。

 なによ、そんなに面白かったの?
 おそらく、私にとってリリアの顔は他の人の顔だ。
 だから、恥じらいとか躊躇いとか微塵もなく、変顔を作ることができたのかもしれない。

『んんっ、はーっ……ふっ、はーっ……ご、ごめんなさい、ぅふっ、笑ってしまって』

 私の顔を見ないようにしながら、リリアは謝罪してくる。
 いや、変顔は笑ってもらうためにやるものだから、謝る必要はないのよ。

 しかし、もうちょっとリリアを爆笑させたいというイタズラ心が湧いてきちゃったから困った。
 だって、笑いを堪えきれないリリアも可愛かったからね。

 まあ、いまはふざけている場合ではないか。
 シキミさんに勝つために、遊んでいる暇はないのだ。

「じゃあ、次はリリアが変顔する番ね」

『えっ、私があれをやるんですかっ?』

 驚いて顔を上げるリリア。
 そうだよ、リリアが変顔をしなければ、私は戦いに集中することができない。
 恥ずかしいかもしれないが、やってもらわなければならないのだ。

 その思いとともに真剣に頷くと、リリアはしばしの逡巡のあと、ゆっくりと立ち上がった。
 覚悟を決めたのだろう、いい表情じゃないか。

『わかりました――では、いきますっ……!』

「よし、いつでもいいよ!」

 リリアに向けて、私はダガーを構える。
 その表情は、まだ可愛いリリアだ。

 やはり、女神様に変顔なんて無理だったのだろうか。
 そう思った瞬間、リリアはおもむろに変顔を繰り出した。

 しかし、恥じらいがあるのだろうか、その変顔は中途半端にぶちゃいくだった。

「ちょっと! まじめに変顔する気あるの?」

『ふぇ、このひゃお、へんにゃにゃいれふか……?』

 思わず、リリアに詰め寄る。
 だって、可愛さを覆い隠すために変顔しているのに、逆に可愛くなってるんだもん。
 そんなの、鬼に金棒、女神に変顔、意味がないだろう。

 けっきょく、この後、シキミさんを倒すために。
 私たちは、変顔の特訓に明け暮れたのだった。
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