214 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
69 終わりの始まり
しおりを挟む「勇者は聖女とともに魔王を倒し、世界を救う」
「教会の教えであり、混沌に染まった世界が救われる為の共通理解ですね」
何をいきなりとフェイは言わなかったし、誤魔化すつもりなのかと訝られる様な事もなく普通に会話は続いた。
だから、今度こそアスは諦める事にする。
「フェイは魔女よりだから、共通理解を理と共有しながらも、それを外側から見ようとする視点をも持ってしまっている」
「魔女より、も何も私は······」
普通に、当たり前の事であるように言いかけ、ふと言葉を途切れさせるフェイの様子を、アスは座り込んだままの見上げる眼差しで眺め見ていた。
「“理”から外れたせいか魔女である者にこの有り様は、そうと見えてはいない」
眺め見るままに、今はまだ指摘はしない。
指摘はしないが、意識の端で様子は窺う。
「“魔王”は混迷を極めた時代、人々の悲嘆を、苦鳴を糧に生まれ来る。
そう説く教会は間違いではないが、全てを伝えている訳ではない。
人に限らないんだ。あらゆる意思あるもの等、そして意思なきもの等の悲鳴、苦痛への喘ぎ、悲嘆に咽ぶ様、その世界への軋みに通じる全てが還る処を失った時、澱みとなる。それが物語られる始まり」
幾度かアスはその話をフェイへとしていたし、フェイもまたある程度はその理解を経ていた。だからその因果関係を口に出来てしまう。
「世界は、その澱みが“魔王”と言う形を成してしまった時に、“勇者”と言う存在を誕生させる」
と、
「正確には勇者たり得る断片でしかないモノだな」
それを補足、或いは修正してアスは続ける。
それだけでフェイもまた自らの考えを、そうであると言う筋道に添わせて行く。
「勇者が教会の選定なしに勇者に成り得ないのは、勇者として生まれる訳ではないから」
「卵、或いは雛。それはまだ存在が理の内にあって、雛が教会へと見出され、聖女が選び、雛もまた選んだその時に勇者は勇者として魔王の対と成り得る。
因果に繋がれるんだ。まだその段階では可能性、けれど、ただ逃れる術のない役割を選ばざるを得なくなる」
「潰えさせる事なく、流転し行く先。つまりは救済と言う未来への先行きではなく、零へと戻す為の回帰······」
魔女が“魔王”を災禍の顕主と称するのは、文字通り災いと禍、世界の悲鳴が顕現し、その主幹と成る存在だから。
“勇者”の資質とは、世界の自己防衛機能。或いは己を殺しかねない要因に対する免疫機構。
一先ずそれは因子として撒かれ、その因子を芽吹かせた者がお膳立ての上で勇者足り得ると、魔王のもとへ誘われる。
そう、導きと言う名のお膳立て。世界と言う器の中に生じてしまう、そのものを害する悪性因子を殺し、もとのそうであるべき状態へと。それが勇者の役割。
「世界で生まれた脅威が魔王ならば、魔女とは結局のところなんなのでしょう?」
「その質問の仕方で、ただ確認で聞いているだけって分かるな。
まぁ魔女がなんなのかと聞くのなら、その生まれは世界でも、そこにあってはいけないと排除、は出来ればだが、まぁ隔離処置とされた存在ってところだろうな」
あっさりと語る魔女の立ち位置。
アスに限らず、魔女である者達にとっては本当にそれだけの話。
開き直った受け入れとも言えるが、そもそもに興味がないのだ。
世界を壊しかねない程の何かへの執心こそが魔女へと至る要因と察している者程、“それ以外”に対する興味が薄くなる。
例えそれが、自らの属していた世界の事であろうと、そこから見捨てられる程になろうと、そこまで行ってしまったならもう何かを思う事もない。
「では、何故教会は魔女をあちら側だと印象付けするような、いえ、排除出来ればとの考えならそう云うものでしょうか」
「実際にやらかして魔女になるものが大半だからな」
「私はなんなのでしょう」
「フェイは魔女ではないよ」
結論を求める突然の切り込みにも至極あっさりと、けれどアスは確かに断定を口にした。
「············」
「自らをそうだと認識し、名乗ってしまった事で因果が生じているのは確かだ。それがフェイの存在を歪ませている一端」
「一端ですか」
疑問形ではなかった。
そうして吐かれる隠さない溜め息は、一端でしかないと言うアスの言葉を正確に捉えて、まだ何かあるのですねと言外に告げている。
「そこまでにしておきなさい、銀礫の魔女」
柔らかくも低い声だった。
朝露に濡れた新緑の森に満ちた清廉とした空気が満ちる。
そんな感覚を伴い、一頭の優美な牡鹿がそこにはいた。
「常盤のか」
「アス?」
声へと答えるアスのその呼び掛けにフェイがアスを呼ぶ訝る声。
フェイは今の言葉を発したその牡鹿が、常盤の魔女の繋がりであり、その領域を守っていた存在である事に気付いていた。
アスが目を覚ました時に常盤の魔女の領域に既にいたフェイ。
その時に“彼”はその姿でいる事もあったのだから当然ではあるのだろう。
では何に対してフェイは怪訝そうな声を上げたのだろうか。
アスは気付かない。
牡鹿を眺め見る自分の瞳の硬質的な色合いに、常盤のだと言った声音の持つ無機質さに、そして“彼”の事を呼ぶ為に自らが選んだその呼称の意味を。
アスは自覚しないのだ。
0
お気に入りに追加
8
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる