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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
68 予期
しおりを挟む「取り敢えず保留だな、ここに馴染むなら私はそれでも良いと思っているし、じぃも気にして、なくはなかったが見ないふりをすると思う」
「じい、······玲瓏の君ですか?」
先送りに出来ると判断した問題には最低限の手すらも着ける気のないアスの方針は今回も変わる事がなかった。
それでも気にする事なく応じたフェイは、一瞬の思考でどんな考えが頭の中を巡っていたのだろうかと思わせる。
口に出されたその答えに辿り着くのだからやはりフェイだなとアスは笑っていた。
確かに一度、フェイへとアスは玲瓏の君に関する話をしていた。
だが、この段階でフェイが今自分がいる場所と、あの時に話しの中で出て来た彼の存在が留まっている場所とを結びつける要因等何処にあったと言うのだろうか。
「玲瓏の君、そんな大層な名で呼んでくれるなって言われそうだな」
アスは強面の顔を更に渋面に歪めたその顔が想像出来てしまう。
闇夜の空を凝縮し艷やかに濡らしたかの様な漆黒の体躯。鰐に似ていなくもないが、遥かに凶悪で禍々しい尊顔。
悠遠の時を生きるが故の、厭世した空気すらも超越してしまった存在感は、畏怖と言う感性すらも飲み込み、ただただ全てを圧倒する。
けれどアスは、そんな存在でも彼の存在が人に理解される感情を有し続けている事を知っていた。
適度に笑い、普通に怒る。気象変動や天変地異すらも伴いかねないそれらの情動でアスへと対峙し、会話を重ねるのだ。
「北の大公とはまた別の、それこそ有史以前の時から存在したとか」
「本当かどうかは気にしていなかったが、世界が今のカタチに落ち着くより以前の記憶があるらしい」
「それは、何と言いますか意味深ですね」
「気になるなら会いに行くと良い、以外と話し好きだ」
「機会は······いつまでここに?」
心惹かれる提案だったか、抱く興味にも、だがフェイは慎重だった。
機を窺い探る時間制限か、アスを見たままの固定された笑みの表情で首を傾げている。
「じいはこの地を離れない。世界と交わした盟約でここに居続ける。好きに会いに行けば良い」
フェイの慎重さへとアスは真っ直ぐな回答をしなかった。
何時迄でもここにいれば良い。対面を望む者の事情もあるが、ここにいる限りこの地を離れる事のない玲瓏の君と言う存在とは望めば会う事が出来る。
一応の向こうの都合もあるのだが、そう神経質になる事もない。散歩がてら、近所の知人へと会いにちょっとそこまで、それぐらいの感覚で良いのだとアスは笑っておいた。
けれど、フェイはやはり気付くのだった。
「そう、私は連れていかないと?」
「······」
端的で率直な言葉だった。
アスはほんの少しだけ、瞬きで目を閉じている時間を長く取る様に。
どう、何を告げたものかと悩み逡巡するが、たぶん悩む必要もないのだろうと、長くなる事のない沈黙をアスはフェイへと向ける淡い紫色の双眸へと、諦観にも似た感情を宿して窺い見てみた。
「貴方を捜して、未だ得られぬ答えに、直ぐに逃げる貴方を追い掛け続けた私をナメていますか?」
理智的な緑翠を細めた双眸に、それはある意味での挑発でアスを指嗾しているのか。
フェイはアスへと事更に柔らかく感じる口調で問い質して来た。
「いや、は?」
「基本的には“彼”を避けていたのでしょうが、押し付けられたのは私です。ついに死にかけたのですが“あの人”はどんな反応をしたのでしょうか?いえ、するのでしょうか?と建前だけでも整えて差し上げた方が、私としても親切でしょうかね?」
敢えてなのだろう。主体性のある箇所を欠いた言葉で喋り、具体的なところには何も触れられていない筈なのに、どうにも的確にアスの心を抉って来るのは本当にどうなのだろうかと思わずにはいられないもの。
そもそもが建前とフェイ自らが言ってしまっているのだ。
気付いているけれど気付かないふりをしてあげましょうか?と、そんなアスにとって親切なのかと言い難い意思が、確固として存在している。
寧ろ、全面に押し出されてきているのだから、これは追い詰めにかかられているのではと、アスが思ってしまうのも仕方のない事だろう。
「ああ、所謂ブチギレって奴だな。ただまぁその為の“アキ”でもあるから、見て分かる程の影響は出ていないな」
「現状動けないのに?」
「あーまぁ、それもあるが、それはそれだ」
「どれですか?」
「どれ?」
「ええ、それもあって、それはそれと言うのはどれにあたるのでしょうか?」
「······何か無茶苦茶食い下がって来るな」
「連れて行って下さらないのなら着いて行くこと自体に無理がある、或いは意味がない。ならば今に出来る限りを詰め込むしかないのでは?」
それがアスを追い詰め様とする程のしつこさの理由らしい。
この先のアスの目的にフェイは連れて行く事が出来ない。それはアスの決定であり、アキとそしてもう一人の見立てであった。
同時に、恐らくはフェイ自身も感じているであろう、無理であると言う事はフェイの邪魔になり、そして同行出来ないのなら、そこへはフェイの行く意味がないのだと。
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