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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
66 それから······
しおりを挟む「結局何がどうしてどうなって、ここがどこで、そもそもソレが何でまだいるのですか?」
アスがフェイと顔を合わせた開口一番に一気に捲し立てられた言葉だった。
一応言っておくなら、捲し立てると言ってもフェイの言葉は一息のもとに告げられたと言うだけで、それが荒らげられた声だったとか、殊更の早口だったと言う訳ではない。
穏やかな声音の何時も通り過ぎる速度での喋り方、そして更に捕捉しておくならフェイの表情はやはり何時もと同じ柔らかな微笑みだった。
「ん、もう大丈夫そうか?」
大樹の幹に預けている腰。
膝を抱える様にして前へと倒していた身体。体勢はそのままだが、閉じていた目を開いて視界へと納めたフェイの姿にアスは凪いだ口調で問いを返した。
質問に対しての答えを口にしないままに別の質問を発したアスを見るフェイの切れ長の双眸が事更に細められる。
フェイのそんな反応をも注意深く見るアスは言葉通りフェイの事を気遣い気にしていた。
淡い紫色のアスの凪いだ目を見るフェイの新緑の目による鋭い眼差し。
交錯する視線とその眼差しにある感情。
時にアス自身以上にアスの事を理解するフェイは何を読み取るのか、フェイは嘆息とともに折れた。
「大丈夫だと思います」
「思う、か」
断言でなかった事に懸念すべき事があるのだと窺わせ、けれど、それでも大丈夫だと一応の言葉を使った事で表面上は取り繕う事が出来る段階ではあるのだと予想する。
十分ではないがフェイからの譲歩を引き出したのだからと、呆れた様にしながらもアスはならばこちらの番かと口を開いた。
「カルディアス大聖堂は避難所を兼ねていて、その前の広場はいざと言う時の最終防衛機構を担う仕組みが敷かれている」
「老齢種どころか古代種の竜にすら対抗出来る刻印魔法が発動すると聞いたことがありますが、あれですか······あれが」
アスは直前を知らない。
そもそもが何故フェイとルキフェルがあの場にいたのかも聞いてはいない。
アスが辿り着いた時点では、ルキの下敷きでフェイが倒れていると言う状況だけがあった。
大聖堂前広場を覆っていた障壁と場を狂わせ兼ねない程に残されていた魔粒子残渣から、防衛機構の一端を体感させられたであろうと予想はつくが、そのフェイが自分の身に何が起きたのかを思うのか、寄せる眉根に何事かを考えているのかは分からない。
「歴代の聖女が有事に備えて溜めていたものに、ルシアが私の魔力を撃ち込んで発動の指向性を与えたっぽいが、他にも深淵の連中も生贄やら使った儀式で動いていた感じらしい」
辿り着いた時の状態で、読み取る事の出来た範囲で説明を試みている。
「深淵の連中は百人はいたと思うが、贄とかやりの風で大半は生き残っていなかったし、コレの親株の影響でたぶん全滅だった」
「何か結界に外にいるのは見ていますが、深淵ですか」
「まぁ、あいつ等の話はおいておいて、何がどうしてどうなったってところに答えると、フェイとルキが教会の思惑で気絶させられていたから、別場所に捕われていた私がどうにか逃げ出して、あの現場に行き合って、回収してこの場所まで逃げて来たって事になる」
凄く簡単に流れだけを告げてみた。
「私達の動向をどうやって知ったのかも含めて気になるところだらけですが、まずは最後まで答えを聞かせて下さい」
「んー?」
「ここは?純正の魔粒子は聖域に似ている。なのに、なんでしょう?」
考える様に、判然としないと言う様に、フェイは眺め見るものの中に見えないものを探そうとするかの様にその視線を彷徨わせている。
「ここは白の集落だな」
「······は?」
三秒程の沈黙。その間にどの様な思考が巡るのか、徐々に見開かれる深い緑の目がアスを捉え続けている。
そんなフェイから目線を外し、仰ぐようにアスは上方を眺めた。
「白·感受と名があったが、既に意味を失っている」
戻す首の傾き。眩し気に細めた目で、重なった木の葉の隙間を縫い、アスの座っている場所近くの地面を照らした細い光の柱を見ていた。
アスが起こした上体に背中を預ける幹は光沢のない白色をしていた。
まるで高温に晒され、姿をそのままに燃え尽きた白い木炭の様な色合いの幹。
平民が住まう平屋よりも余程高さのある木の全長に対して幹は細く、けれど細いといってもその幹周りは、アス三人が広げた手を繋ぎあってようやく取り囲む事が出来るであろう太さがあった。
枝垂れた枝々に細い浅葱色の葉が繁り、日射しの中での心地よい木陰をアスに提供してくれている。
ここはアスのお気に入りの場所だった。
「既に、民が絶えていると?」
心地良さへと細めた目のアスを引き戻す様にフェイは告げる。
アスは心地良さの先にあるものへの未練はそのままに、意味を失ったと言ったアスの言葉に対するフェイの察しの良さへと、浮かべた笑みで答えた。
「一応は私の故郷になるのか?集落は既に跡地でしかないが、私はそこにいた」
故郷と言うものがアスには良く分からないが、住んでいた場所と言う意味合いだとここになると思っていた。
ルキがこの地に踏み入り、アスを連れ出すまで、アスはここにいたのだから。
「白の生き残り、そうですか」
「出身なのかは知らないが、私が私と認識したのがここで、その時には既に住民なんぞ一人もいなかった」
「白の名は冠していないのですか?」
カイヤが青をネフリティスとエスメラルダが緑を名乗る様に、その集落の名前を自らの名前に持つのは長である証。
集落の唯一の生き残りならば、アスが白を名乗る必要がある。
そう名乗りたいから名乗るのではなく、名乗らなければいけないと言う制約が色彩の集落には存在しているのだ。
「色彩が担いしもの、白いの役目は大聖堂が担っている。女神の名を継いだ、白·心、私は必要ではないよ」
アスはフェイへと笑って見せる。形だけの意味のない笑みで。
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