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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
63 被害状況
しおりを挟む「第二層を許した時は、お前への歪んだ愛情ってヤツがついに暴走したのとも思ったが、そうだな、ここまでを見越してたって
事だろな」
アスが呟く何事か。
顔だけを上げた状態で聞いていて、その内容を理解してはいる様なのに、反応へと結び付ける事が出来ていないであろうフェイの様子にその危うさが窺える。
先程は軽口を叩いていたが、霞がかった瞳の色合いに、何時もの理知的な光も鈍く、何よりその酷く憔悴した様子が、フェイの追い詰められ具合をより顕著なものにしていた。
余程の事をされたのであろうフェイのそんな状態を、アスはその場所から動く事なく見下ろしていたが、然りげ無くも握り込む様にする拳に、手の平へと立てる爪の刺激で自身を保ち、或いは抑えつけている。
「あそこでの経験が耐性となって、ぎりぎりのところで“フェイ”を守った」
まずは認める。そうして発する言葉だけは何処までも平静で、そんな事実だけを口にした。
青の集落でアスが自身の眠りに囚われた時、フェイはそのアスの眠りへと踏み入り、精神の防衛層である第二層の洗礼を受けて壊されかけた。
本来第二層の防衛を担うのは、その者の精神性が記憶と結びついた事で生じる、守護者たる何かである筈なのだ。
攻撃的な精神性の守護なら、排除か撃退か。象徴されるのは無機物の刃か猛獣の爪や牙か。
逆に保守的な性質であれば、ただ拒む為の壁や押し返す風である可能性もあった。
その者の内面を反映し、その者の体験や記憶等から適した姿を取って、自身を守る。それが第二と言う、層の在り方である筈なのだ。
けれど今回の件では干渉があった。
聖女ガウリィルの子等とあの子等に力を貸した誰か。
そこに加え、そもそものアス自身の事情で、あそこには、魔女であるフェイを壊し得るものがいるのだ。
「スイはアキみたいな分かりやすい劇場型ではないが、その執着は深くて苛烈。で、思うに、アキ以上に陰湿な性質で容赦がないのだろうな」
「······」
耳は変わらず音を拾っているのだろうが、霞がかった状態でも忙しなく動く目はまるで動揺している人間の反応であるかの様に揺れさ迷っている。
不安定に忙しなく。アスが珍しい反応だとと妙な感慨を抱いて見ていたら、それが不本意だとでも言うかの様に、緑翠の瞳に不意に結ばれる焦点の先で鋭く見据えられてしまった。
「っはは、······フェイ、おやすみ」
これがフェイなのだと、思わず溢れてしまった笑いはアスが自分でも分かる程に楽しげな響きをしてた。
アスを見据えてくる眼差しの鋭さとは対称的に、その切れ長の目の表面を覆う濡れた色合い。その口もとがアスへと向けて歪んだ笑みを浮かべかけた時、アスは心得ていたかの様に後半を告げていた。
そして、······
ー星の騒めきすらもまた遠く、ただ深く深く、貴方を誘うー
ようこそと言いたげな表情をアスはフェイへと向けているままにただ促す。
抗う様なフェイの苦々し気な表情は一瞬、もたげていた頭がふらりと揺れ、そのまま石畳の地面へと力なく落ちた。
アスのそんなフェイへの扱いに、心からの安堵と激励な抗議の感情が身の内から湧き上がり、途端アスの周囲を蠢くものの動きが忙しなくなる。
それを深く吸い込み吐き出す一呼吸のもとにもとの状態にまで落ち着かせた。
眠らせた事でこれ以上フェイの精神へ負荷はかからないであろうと言う安堵はあれど、冷たい石畳に寝かせるとは何事か!言う抗議を無言のもとに聞く。
そして、それ以上に問題らしいのは変質者認定されたルキフェルの存在だろう。
未だにフェイと折り重なり倒れている姿に、切り刻んでくれるばりの、純然たる殺意が身の内から湧き上がって来るのだ。
蠢くものに任せる等生温い。私自らの手でこそ、と
その衝動に近い、けれど私のものではない感情は、不意に掛けられる声に一先ずの鎮静化を見せる。
ー深淵より湧き出し瘴気ー
ー闇を纏い象る使徒ー
淡々と、見計らっていたかの様に告げられたそれは神殿で厳重に保管されている、とある書物の一節だとアスは知っていた。
「ク・リトゥル・リトゥル」
「或いはクルウルウの書」
端的にアスが告げる言葉に続く眩惑的な声。
美しいと惹かれる声なのは変わらないが、あの部屋のベッドの上で聞いていた時程の陶酔する感覚がないのは、単にあの場所を離れたからなのか、それとも今のアス自身に原因があるのか。
「深きものどもの一体と今代の“夢”は繋がりを持っていたらしいな」
「海底古代都市ルルイエの管理は“青”の筈ですよ?」
「緑混じりの藍珠が長として立っていて、藍晶を名乗っている段階で大体察した」
折り重なるフェイとルキフェル。その更に向こうでは今代の勇者とその仲間達が、一塊になって倒れていた。
アスがフェイとルキフェルを見下ろす様に、ルシアは勇者等を見ていたらしい。
アスを見て、もう一度今代の勇者等を一瞥し、それからまたもアスへと向ける眼差し。
微笑み小首を傾げるルシアの仕種に、その細く白い首筋を、緩やかに波打つ金の髪が静かに滑り撫でて行く。
奇跡の様に美しい光景だった。
清廉な空気を纏いし聖女が、穢れない金銀妖眼に静謐を湛えた眼差しでアスを見ているのだ。
そんな奇跡の光景と対峙するアスは、その淡々と喋り方に加え、うねる闇を纏いつかせ見るからに禍々しく、端から見た構図としては、正しく神聖なる聖女と邪悪な魔女の対峙と映る事だろう。
崇高なる金色に交じる清廉な銀。ルシアの虹彩異色症は左右の目の色が違うと言うものではなく、その両目に金と銀が混在している状態だった。
屋内にいる時にはより明るい金色が際立ちその混ざり具合は分かりにくいのだが、屋外の明るさの中ではその銀色は星が流れているかの様に目を引く、一際の光彩を放っていた。
「私は魔女だから、もうずっとそれ以外はどうでも良いんだよ」
ルシアが向ける目線の先を目敏く見咎めるアスはそんな言葉を続ける。
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