月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

62 合流【2024.4.25追加修正】

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ーあ、ああぁぁぁー
ーきゃぁぁぁー
ーうっー
ーぐぅぅー

 悲鳴、苦痛に息を詰め、堪え切れなかった呻き声が漏れ出る。
 泣き喘ぎ、擦り切れた声で絶叫する。
 それが誰の声で、何故、阿鼻叫喚と言った地獄絵図の光景の中に己が存在してしまっているのか。

 ただ最も、叫んだとしてもその声を聞く事の出来る距離にいる者達は互いにその状態になく、それ以上に自らを苛むそれらに他者を気遣う余裕等なかっただろが。

 崩れた空と共に降り注いだ大量の光は、比喩表現ではなく瞳を焼いた。

 全身を引き裂かれ、バラバラにされる痛み。
 砕けた骨や肉をなおも擦り潰さんとする、悽絶、執拗なまでの苦痛。
 
 何が起きているのか理解できない。
 考え様とする意識すら掻き乱され、粉砕され燃え上がる焦熱の痛み。

 気が狂う程のそれに、いっそ狂ってしまえと乞い願ってしまう程のそれに、けれどそんな安易な終焉など赦さないとばかりに。

「あの子の抱える痛みの、その数千、いや、数万分の一ぐらい、これで理解出来るんじゃないかな
まあ理解して欲しい訳でもないし、理解したなんて言われたらそれこそ······」

 声は告げる。
 押し潰さんとする轟音と自らの発する絶叫に劈かれる耳朶へと、それでもその静かな声音は確かに届いていた。
 そして、聞く余裕等ない筈の意識に、言葉は理解しろとばかりに刻み付けられる。

「   」

 何を言われたのか、何をされたのか。
 一瞬の世界の全てが凍りついたかの様な錯覚。
 聞こえなかった声と、届かなかった筈の意思がもたらすもの。
 なのに、その聞き取る事の出来なかった言葉の空白、その瞬間にこそ、ただ理解だけがあった。

 望まれたのは死だった。或いは絶望だろう。
 拒まれたのだ。
 何かを主張し、何か望みを持つ事すら許されない。
 そこに在るとの許容すらもなく、認識そのものを拒絶されている。その自覚。

 消えてしまいたい。
 違う、消えるべきで······
 否、いない、ない······無


ーカシャーンッッッー

 大きな硝子板へと何かがぶつかり砕け散る様に、または硬い地面に音の反響が大きい金属製の器を落とした時の様に。
 音はけたたましく響き、そして視界が戻ってきた。

「あ、」

 声を出そうとしたのは誰だったのか。
 意味を成さないたった一音でも、それでも、声を出すと言う事が出来たその誰かに、感嘆等と言う言葉では表現しきれない程の驚愕を覚え、有り得ないとばかりに垣間見た奇跡へと驚嘆する。

「私から絞り取ったもので好き勝手してくれる」

 間近で聞いた声を声だと認識し、聞いたと認めた事で、続いて意味を得ようと意識が働き始める。
 遅々としてだが回り出す頭の中。
 何が、何をと、混乱しつつも巡る思考とともに四肢の感覚へと追い付きつつある自覚。
 そうして自身を

「ア、ス······です、か?」

 反射的でなお且つ懐疑的な問い掛け、上げようとした顔に、顔の上げ方と言うものを考え、そもそもの自身の状態を疑問視する余裕が生じ始める。

「今の私がお前を定義するのは不味い、自分で自分を選び取るしかない」

 突き放す言葉だと思った。
 相変わらずだと笑いたくなり、実際に笑ったのかもしれなくて、そしてふっと抜けた気のする力に、不意に視界が開けた。

「······は?······はぁ?」
「うん?」

 自分でも間の抜けた反応だと思った。
 けれど、それでも自分は悪くないと直様は結論を出した。

 良く分かっていない様に首を傾げられる、その仕種の意味こそがフェイには分からなかった。

「んー、お、戻って来れたっぽいか、さすがだな」

 覗き込まれる目に何かを確認する事が出来たのか、上げる口角に楽しげな反応で感心の言葉を告げられる。

「アス?」
「何だ?」
「何か、もの凄くうねっていて、冗談で済まないぐらいに禍々しいのですが」

 名前を呼ぶ一応の確認は、フェイにしては珍しい、現実を直視したくないが為の悪足掻きだった。
 けれど、応じるアスの気の抜ける声音を聞いた瞬間、フェイは率直に方針を定め、目の前の現実へと切り込んで行った。

「気が付いたら断罪の塔エグゼキューショナーズばりの場所にいてな、まぁあそこと比べるのが申し訳ないぐらいの快適部屋だったとは行っておくが。
それで色々あって、こっちが不味いことになっていそうだと予想がついて、どうにかだが断腸の思いで脱出しようとしてな?」
「カルディア女神の禁域、奥の塔と聞きました」
「そうだな、当然魔法もあてに出来なくて、それで他の手段を模索した結果が現状となる訳だ」
「愚問だと分かっているのですが、大丈夫なんですか、ソレ」

 聞かずにはいられなかったのもあるが、そもそも、どれだけ現状とやらへの理解があるのかを確認する意味合いをも込めた問い掛けだった。

 夜明けの光を遮りうねる幾本もの。フェイがもたげた頭で見上げる様にその全容を見ようとして、そこでふと自分へと覆い被さる様にして倒れ込んでいるその存在に気付いた。

「身を呈して庇っていたと想像出来るが
、······」

 流石に言うべきではないとの判断かアスの途切れさせた言葉。
 けれど、気不味気に泳いだアスの目に気付くフェイはその先を引き取るべく口を開いていた。

「背後から抱きつきながら地面へと引き倒して覆い被さってきた変態です」
「変態は酷いだろう、フェイを庇っていたのだろうし」
「頼んでいませんし?」

 真面目な表情を作りながらも器用に笑って見せるフェイは、既に何時もの自分と言うものを最低限取り繕う事が出来るまでになっていた。
 だが未だ指一本動かす事の出来ない自身の状態にも気付いていた。
 顔を上げた状態を保つ事に、なけなしの体力や精神力、果ては自意識迄も注ぎ込み、それでようやくと言ったところ。
 消耗等と言う言葉では足りないぐらいにあらゆるものが擦り減り、擦り切れてしまっていた。

 

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