月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

61 経緯とは

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「止まって」
「············」
「この地は神の恩寵深き地、敬虔なる神の徒等が心安く祈りを捧げんとするところ」
「知っている」
「ならばなぜ、信仰なきお前のようなものがこの地へと足を踏み入れたの?」
「信仰?」
「お前は勇者である僕へと刃を向けた。それも不意打ちと言う卑怯な手を使ってだよ」
「不意打ち······」
「分かっているよ、戦いの場において卑怯だなんて言う言葉に意味はないんだ。対応できなかった僕が未熟なだけだって」
「ミーシャ、そんなことはありません。ミーシャは立派で、誰もが認める希望の勇者様です」
「そう、ミーシャは偉い」
「勇者に敵対する。それが悪でなくて何だと言うのです」
「うん。でも、みんなありがとう」

 ルキフェルが訪れた大聖堂前広場で、ルキフェルを待ち構えていた今代の勇者ミハエルとその仲間達のやり取りだった。

「アスはどこ?」
「アス?」
「あの魔女の方の名でしたわね、あの方は自らの原罪を悔い望んで神苑の奥の塔に入りましたの、もう二度と貴方や私達がその姿を目にすることはありませんわ」

 ミハエルに代わり説明したのは聖女エレーナ。

「神苑への扉、大聖堂の奥に隔世の扉はある」
「なぜそれを知っているのですか?」
「アス、そこにいる」

 既にエレーナの言葉等聞こえていないとばかりに、大聖堂へと向けてルキフェルは一歩を踏み出す。
 事実、今のルキフェルの視界には既に誰の姿も入ってはいない様だった。
 誰のどんな言葉も、ここに至るまでにあった筈の光景も、最低限の認識しかしていない。ただ一人の存在だけを求めて、それ以外へと心を向ける余裕がない。それがルキフェルの現状なのだろう。

 勇者達との会話の様相も、会話と言う応酬が成り立っているのが既に奇跡に等しく、それでもルキフェルが勇者等を勇者等として認識しているのかと言われれば、恐らくはしていなかった。
 よしんばしていたとしても、やはり何が変わるでもないのかもしれないがと、そうここまでルキフェルの旅路のサポートをこなしきったフェイは思うのだった。

「それにしても、今代の勇者が決して弱い訳ではありませんのに、ええ、十代半ばと言う年齢を感じさせない程、勇者の名を戴くに相応しい力を既に持ってしまっている」

 ルキフェルの状態を思いながら、フェイは対峙する今代の勇者であるミハエルを考える。

 今現在、フェイもまた広場に展開された結界の内にいるのだが、戦闘どころかルキフェルと勇者一行のやり取りにすら一切関わっていなかった。
 その為の手持ち無沙汰なのである。

 結界の発動と共にフェイがルキフェルから全力で取っていた距離。
 それでも十分ではなかったと、その戦いの進行を見届けながら今はただただ反省している。

 アスの存在だけを求め、大聖堂へと立ち入ろうとするルキフェルと、それを阻もうとするミハエル達。
 大聖堂自体は一般信者の為に開放されている区画もあるのだが、ルキフェルの目指す場所が大聖堂の奥、高位の神官ですら立ち入りの許されない場所であり、魔女であるアスを目的としていると知り、最初こそは対話による対応を試みようとしていた反応が一気に撃退へと動いた。

「完璧な人払い、この場所へと踏み込んだ瞬間に展開された広域結界。神子ディアスが動いていた段階で分かっていましたが、あちらも彼が先代の勇者、それも黒の勇者だと分かっている」

 ただ、とフェイは心の中で付け足す。
 目を向けるルキフェルと斬り結ぶミハエルの存在。
 ある意味一方的とも言える戦いの推移が流れにはあった。
 一応の警告とミハエルの振るった刃。その牽制の為の初撃をルキフェルにより容易くあしらわれた最初の驚きが去り、直様ミハエルの仲間達が戦いに加わった。

 容易く弾かれるミハエルが放った二撃目、三撃目の斬撃が何もない空を裂く。
 その間隙を縫い、気配を消して近付いていた修道拳士モンクであるカッツェの裏拳は、ルキフェルの鳩尾を抉る前に反転して捻る上体の動きだけですっと回避され、示し合わせていたかの様に前衛二人が距離を取った直後に飛来した尖った氷の礫は、反し一線させる刃のもとに斬り伏せられた。

 勇者とその仲間達の自分達こそが押されて行く状況に、焦りと苛立ちが芽生え始めていた。
 その焦燥と僅かばかりの危機感の裏側に常にあったであろう疑念の気配。
 幾多の魔獣を圧倒してきた矜持。
 勇者である自分達を相手取るルキフェルの存在の得体が知れなさによる困惑が透けて見えるのだ。

 フェイはミハエルはルキフェルが先代の勇者だと分かっていないのではないかとそう推測していた。

 この戦いをどんな風にであれ見ている誰もがルキフェルの存在をそうだと確信していて、なのに戦っている当事者達こそがその事実を認識していない。
 そんな事態の滑稽さと何者かの意図。
 
 展開されている結界の強度から、勇者二人の激突は折り込み済みなのだと予想がつく。
 ならばこの邂逅の意味は······

「今代の地力の底上げ、それから彼を足止めして、削ることでしょうか。
歯牙にもかけられていない私の存在は望むところなのですが、それでも、なぜ私がここにいることになるのか」

 自身の思考に答えがないのは構わない。会話をしたい訳でもないフェイとしては、ただ自身の推測の幅を広げる様に、取止めのない思考を自由に遊ばせている。それだけだった。
 どうせ、結界が解除されるまで自分は動く事が出来ないのだからと、勇者対勇者と言う戦いの行方を、極力影響を拾わない様にとやり過ごす。

「それにしても、神苑の奥の塔。出られないのと出たくないのと利害が一致してしまっているのが面倒です」

 聳える大聖堂。信者等の為に開かれた巨大な正門の様子とは対照的に、決して見通す事の出来ないその奥付きと、そこにいるらしいアスの存在へとフェイは思いを馳せる。

「削る······削る?」

 呟き、反駁する。
 面倒だと思ってしまった辺りで、フェイは遊ばせていた思考の一端に引っかかるものを感じ、その瞬間、弾かれた様に空を仰いだ。

 随分前に夜闇に染まった空。月はなく、雲も見えず、星すらもそこにはない。
 気付き、フェイは自身の迂闊さへとただ愕然とする。

 巻き込まれる事を厭って出来る限りに距離を取っていた事が既に悪手だった。

「守りに集中してっ!」

 届かせる様に張り上げる声。
 全速力で駆けつけんとする場。

 刹那、そんなフェイの行動を嘲笑うかの様に砕けた空が降ってきた。

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