月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

54 逃げられないとの念押しはいらない

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「あそこも大概拗れているな、どうにも手を出し難い」
銀礫ぎんれきが、関わる」
「約束したからな」

 淡く笑うアスが告げたその一言にルシアが目を見張る。
 先程見せたものと同じ反応に、アスは、少しだけ納得していた。
 先程とは異なり、アスは自分が“約束”とその言葉を使う意味合いの大きさを意識していたし、ルシアもまた知っているのだからと。

『約束』と言う言葉は『契約』や『誓約』等と言った言葉より、少し受ける印象が柔らかくなる。
 だからこそ、その分、厳かさや守るべきものとしての強制力に関して強く働くものがなくなってしまう。
 あくまでもアスの主観としての感じ方で、約束だろうが契約だろうが全てを遵守して然るべきものとして捉えている者もいるかもしれないし、逆に破り利用する為に交わす事を常とする者もいるかもしれない。 
 それでも、自らの主観に従うアスが交わす約束は、その感じ方の違いにこそ意味を持たせられている。
 そしてだからこそ、先程と同じように反応をしたルシアに、アスは自分のあの時の反応の一端へと考えを及ばせる事が出来たのだ。

 アスが自分にとって意味を持たせている『約束』と言葉を使ったのと同程度の何かがあったのだと。

 自分の分かったようで分からない反応を思いながら、上体を起こすべく動き出す。
 いい加減自分の腕枕に自分の顎を載せていると言う体勢から、頭部の重量に負けて痺れを訴え出した両の腕を労る為だった。

 んんんんん、と乙女にも淑女にもあるまじき呻き声付きである。

ーシャラシャラー

 と呻き声を彩る繊細な金属音が独創的シュールだった。

精霊銀ミスリルの枷、えぇ?」
「なんだその『えぇ』は」

 音に反応して目を向け、本当に今気付いたばかりなのだろう。
 ルシアの口から出たとは思えないまさかの動揺に、アスは反射的に問い質していた。
 何なら発した瞬間に一歩後退ったルシアの動きにすら言及する所存である。

銀礫ぎんれきをこの部屋に連れ込んだって、だから会いに来てみて、ここまでとはって、引いて、······はい、退きました」
「諦めるんじゃない!ドン引きだって半分以上言っていながらの言い直し、そこからまさかの言い直しの諦め!」

 対して気にしていなかったのだが、そこまでか、そこまでなのかとアスは今更ながら狼狽えていた。

精霊銀ミスリルは加工にも道具として扱うにも高い魔力がいる、今の私にこれをどうにかする術はないよ」

 どうにか気を取り直し、アスは起こした上体と共に素足である両の足を引き寄せる。
 そうして触れてみせる左足の枷を、そのまま下から掬い上げる様にして持ち上げた。

 細く、一センチにも満たない程度の太さしかないのに、アスどころか屈強な男が全力で引きちぎろうとしても、この鎖が切れる事はないと知っている。

「首輪が、生命維持に必要な最低限以上を吸い上げて、この場がそれさえも食い荒らす」
「誰が魔法式を刻んでいるか知らないが、断罪の塔の喰い殺す為の術式と違って悪意がない分、単純に惚れ惚れとするよ」
「その状態で読み解ける、のですか?」
「几帳面で整然としていて、おかしなフェイク何かもなくてただひたすらに緻密だ」

 鎖を握ったまま膝を抱え、仰ぐ様に首を僅かにのけ反らせて天蓋の結霜模様の凹凸を眺め見る。

 漫然と惰眠を貪っていたと否定はしないし、ルカにも言ったが一応気にはしていたのだとアス気怠そうにしながらも、心の中だけで胸を張ってみせた。

 アスは自分のいるベッドを中心として見えない脈動を感じていた。
 ルカの来訪時には意識していなかったが、おそらくその時点で既に干渉下にあったのだろう。

 天蓋の紗幕が開かれて、その先に立つルシアの姿が見えるのにそれだけでしかない。
 ベッドの外である部屋の明るさから、床や天井の様子や壁までの距離。ドアの位置や窓の有無。
 ルシアがいる、なのにその周囲の状況がアスには認識出来なかった。

 アスがいるベッドのすぐそばに立つルシアの周囲には足を着ける床があり、部屋の奥行きの情報を得られる壁や天井等がある筈で、そこあるのだろうと確かにアスも意識しているのに、ルシアがいると言うそれ以外の情報がアスには認識出来なくされている。
 小動物が包み込む様に両の手の平で作った空間に閉じ込められる様な、暖かくも音や光と言った感覚を遮られた状況だろうか。

 制限ではなく遮断。その違いにある確かな軟禁と拘束の意思をアスは思う。
 この感覚こそが、アスがこの部屋で目を覚ました時には既に、そして今も現在進行形で発動している魔法式の効果なのだろう。

「偽りがないのは、隠す必要性を感じていないから」
「んー」
「整然としているのは、あの子の性格で、」
「あー」
「几帳面なのは、逃さないって、執着」
「なるほど?」

 言葉を区切り発するルシアへ目を向ける為に戻した首をそのまま傾げる仕種へと。
 顔には出さなかったが、たったこれだけの動きだけで今のアスは息が上がり目眩に襲われる。

「首が落ちたり、致死毒を与えたりだったか?」

 目眩を誤魔化す為に殊更緩やかな動きを意識すれば、それは思わせ振りな動きとなる。
 アスが告げた言葉と鎖から放した指を持って行く先こそがそう思わせる。
 触れる滑らかな感触。そこにあるのはアスの首に嵌められたリングだ。

「教会が管理している魔法道具にそんな凶悪なものは、」
「普通にあるだろう?コレを流通させていないだけで」

 そうルシアの声を遮ったのはアスではなかった。

 アスには認識出来ていない。
 だから突然その存在はそこに現れたかの様に見えていた。
 けれど、アスは別段の驚きもなく、ただ見遣り、それにしてしまうのだ。

 
 
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