月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

53 銀礫の魔女はまったり中

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「どう、して?」
「それは何に対しての問いかけだ?」

 俯せになり、組んだ腕を顎下へと、そうしてルカを相手にしていた時と同じ体勢に落ち着きアスは聞き返した。

「············」
「そう言えば、ミーシャって呼んでも良いとか言われたな」

 ルシアの沈黙から、アスは不意に思い出した事を告げた。

 ミーシャとは勇者ミハエルが仲間内にだけ許した愛称だと言っていた。
 何故その話題を今出すのか、それは目の前にいるルシアが間違いなく関係者であると、アスが把握しているからだった。
 勇者は自ら世界の為に戦う事を選び、聖女により選ばれる者。
 その告知は教会が行う為に、教会に属しているルシアもまたその存在を知っている筈であり、そして何よりも、アスはミハエルが使っていた聖剣を見ているのだ。

 だからこそ勇者ミハエルとその仲間達とのカエルレウスの集落での邂逅を、話題の一端として出してみたのだった。

「あれの持つ聖剣はお前の対だろう?それを託すような相手を見付けられたんだな」
「うふ」

 溢された可憐な声音は無邪気さすらも思わせ、纏う清廉な空気の中にも親しみを感じさせる。
 アス言葉にルシアの口から思わずと言った様に、そんな笑い声が聞こえて来た。

「幼くていといけない、可能性の子。生まれ持った能力に、慢心することなく努力を続け、挫折を知らず、皆に愛され、わたくしの聖剣を正しく人々のために揮う者」

 詩を詠う様に僅かな節をつけ、けれど、ルシアは何処までも淡々とした声音で言葉を綴る。
 浮かべられた微笑みは深く大きく包み込む様な慈愛に満ち、なのにその声音は美しくも情動を欠いていた。
 決して平坦ではないのに何処にも届かず何にも響く事がない、そんな声をアスは思いながらルシアを見ていた。

「誂えた様な理想の担い手だな」

 ルシアの言葉が途切れるとともに、アスはそう告げる。

「あの子は、先代の勇者様の血縁。先代の勇者様をとてもとても尊敬している」
「先代······」

 そう呟いた自分がどの様な表情をしていたのか、これと言ってアスに自覚はなかった。
 けれど、見張る目にルシアがそれだけの反応した事で、自分が何等かの感情を持っていたのだろう事には気が付いた。

銀礫ぎんれきの、何を思ってその表情を浮かべるの?」
「うん?」

 気付いて、けれど、アス以上にその心内が分からないと言う様に。

 問われたが、それはアス自身にも答え様のない問い掛けだった。
 ルシアの反応から自分が何等かの大きな、或いは意外性のある反応を示したのだろう事は分かった。だが、その時の感情や考えを思い返して見ても、何か特別な思いを抱く様なものはなかったと思うのだ。

「剣聖殿の血筋なのは気付いたが?」

 分からない問い掛けに、聞いた時に思っていた事を疑問調で返す。
 
 ミハエルの金糸の髪と赤い瞳。
 かつて共に旅をした剣聖クルス・シンは朱金の髪に金の目をしており配色としては逆なのだが、それは母方の血筋が強く出ている色合いなのだと聞いていた。
 そして、父方の血筋には、自分の持つその色と逆の配色を纏う者が多く生まれるのだとそんな話をいつか聞いた記憶がアスにはあったのだ。

「魔力の性質は髪や目の色合いとして出やすい。決まった遺伝はしない筈だが、あそこの血統が持つ資質の加減か?
 それと寧ろ、色合いで言うなら今代の聖女が持つチェリーピンクの髪が気になりはしたな」
「かわいいですよね」

 思索の過程を口に出しながら、こちらも気になっていた今代の勇者の傍らにいた聖女を名乗る少女を問う。
 その答えに微笑むルシア。
 心の底からそう思っているのは本当だろうが、その感想はどうなのかとも思うアスだった。

「承知のうえなんだろうから私が口出しする事でないのは確かか」
銀礫ぎんれきが、勇者様の申し出を受ければ関係者ですね」
「無理だな」

 即答だった。
 勇者の申し出、それは勇者ミハエルが言った魔王討伐の旅への同道の事だろう。
 行きたくない。行かなければならない。自身の感情と現状を加味したとしても、今代の勇者ミハエルのもとへ行くことはアスにとって、それ程までになし一択でしかなかった。

「勇者様のご意思は、ことわりへと添う」
「勇者の存在は世界の意志、勇者の意向は世界の理想。
 だが私は魔女だ。それに、アレは私の勇者ではないよ」
「“彼”は?」
「············」

 瞬かせる目にアスは首を傾げる。
 ルシアの言う“彼”が誰を指したものなのか瞬間的な判断をつけかねたのだ。
 そして、その隙きにルシアは次の言葉を重ねて紡ぎ、自らが問いかけた筈の内容を流してしまった。

「そう、勇者様は先代の勇者様を尊敬しています」
「だから“魔女”を欲してるって?」

 話題を軌道修正する様に、またもそれを告げられる。

 だからアスは傾げていた首を戻し、上げる口角に嗤って見せた。
 ふふっと溢された可憐な声。
 分かっていたが応じて笑うルシアの笑みは鉄壁である。

 ルシアは笑っている。
 清廉であり、高貴さを感じさせる微笑みで。
 時に虚を突かれた様に目を丸くしたり、憂う様に密やかな微笑で取り繕ったりと言った変化はあるが、概ね笑みの有り様は変わる事がない。

 追求を躱す飄々としたした笑みを交えるフェイや、敵意を削ぐ穏やかさを主体とした笑みを常としていたカイヤとも違がう、清らかさや尊さを自然に纏い放ち、対峙した相手との距離を詰めるのではなく一歩を退かせる。そんな笑みが湛えられ続けている。 

「やはり銀礫ぎんれきは聞かない」
「何を?」
「“彼”でなくクルス・シンが、今に勇者と伝わる由縁」
「フェイに聞いていたからな」

 素っ気なく応じるアスの脳裏に過ぎる嘗ての勇者とその旅の仲間達。
 アスは数多の苦楽を共にし、旅した仲間達を思った。

 聖女ガウリィルとその側付きであったリコリス。そして剣聖であるクルス・シンと勇者ルキフェル。
 その完成された四人パーティへとアスが加わり、望まれるまま北へと旅を続けて魔王へと挑んだ過去は未だアスの記憶には新しい。

 けれど、魔女であるフェイが、そして聖女であるルシアもまた勇者はクルスであると言う。
 何故クルスが勇者とされているのか、そしてどうしてルキフェルの名前が勇者として残されていないのか。
 アスは未だその明確な答えを得てはいなかった。

「フェイ?」
「ん、“風”だが会った事ないか?」
「“風”で“フェイ”?」
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