月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

44 暗転

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「童女よ、彷徨うものの導星しるべぼしたる子よ」
「・・・・・・」
カエルレウスのごたごたに不必要に巻き込んだ、謝罪しよう」
「やはりは不要だったか?」
「あの子等には不必要だったが、童女には必要に成り得た。ただ望まないのだろう?」

 傾げる小首が長身のサフィールを可愛く見せるが、言っている内容は実のところなかなかに不穏だった。

 エルミスとアズリテには必要がなく、逆にアスには必要となる。
 けれど、それはあくまでも可能性の話でしかなく、必要とするかもしれないが、その結果を、その過程を、アス自身が望まない。
 窺う様にしながらもサフィールがそう断定する様子をアスは苦笑するに留め、サフィールの問い掛けの体裁を取っていた筈の言葉には答えないのだった。

「リヴィと私、そしてあの子。今は“彼女”としての性質が全面に出ているが、本当のところはもう境なんてない程に混ざってしまっている」

 だからこそ、アスに必要と成り得たとそんな言葉が出たのだろう。
 サフィールの姿をしたこの存在が、サフィールの知らないアスの望みを知る為には、アスの望みを知る誰かと交ざる必要があるのだから。

 知らない筈、ではなく知らないとそう断言が出来るのは、アスとサフィールにそもそもの接点がなく、アスの望みを知ってしまっている者がそれを誰かに伝える事等ないと分かっているからでもある。

「一緒にいたかったんだろう?」

 自分の望みには触れる事なくサフィールを問う。

「リヴは甘えただったからな、リディはお姉ちゃん大好きっ子だったし」
「そのお姉ちゃんは貴方ではないのではないか?」

 告げた瞬間の硬直から来る真顔。
 そして口角を上げると言う形だけの笑みに直面し、アスは自身の軽口を呪った。

「おハナシの場を設けよう、ちょうど今向かっている場に一人いる」

 言外にして当然の立会い要求を告げるサフィールの開き気味となった瞳孔が怖い。

「・・・動けないと言っていなかったか?」
「時と場合と、私の胸先三寸でそれは変わるものだ」
「・・・・・・」

 まさかの胸先三寸。つまりはサフィールは自分の思いや考えで規則ルールだ何だと言っていた事柄についての変更が可能とそう言っているのだ。

 唖然として、だが、向かっている場所に一人いるとはどう言う事になるのだろうかとアスは自失しかける意識の未だにまともな部分で考え続けてもいた。

「······夢から覚めればそこに因果の獣カウセリトゥスとならないのは良いと思ったが、離れる、移動?
私を連れ出す事が出来る、或いは引き渡しの要求を通す事が出来る誰か?」

 ここで夢を見続けているのだから、当然のその身体に意識などない。
 その状態での移動。それも、今やカエルレウスと言う場所の守護そのものとなっているサフィールの力が及ぶ領域から出ようとしているらしい。

 誰かが意識のないアスの身体を移動させている。
 今代の勇者の存在が一瞬だけアスの脳裏を過ぎったが、あの時のフェイの対応とカイヤの見定める様な眼差しを思うに、まずないなとそう思えた。

 長であるカイヤや同行者であったフェイ、或いはそのどちらがどう許容したのかどうかが既に対象の分岐点になる。
 それとも今現在フェイもまたともに移動している状態なのだろうか。

「まあ因果の獣カウセリトゥスが顕現している状態なら出し抜く余地がなくもない、のか?」

 口にするそれもまた可能性。

 気を抜けばその瞬間に終わる。
 熾烈を極める因果の獣カウセリトゥスとの戦いに全てへと目を向ける余地等なく、皆の意識からアスの存在が薄れるその隙に意識のないアスの身体を拐う。
 やってのけた何者かがいるのかもしれない。
 けれど、ただそんな隙を、フェイやカイヤが許すかどうかと想像しようとして、やはり想像するだけで難しいと悟るだけになった。

「無理······と結論づけると引き渡しに応じたことになるんだが、」

 切る言葉尻。アスはサフィールを目だけで見上げた。

 童女の上目遣い、良き。
 何か聞こえた気がして一瞬苦笑仕掛けたがどうにか取り繕いきった。

「······どうにも、去り難いのだろうな」

 色々と考えていた事を放棄してアスが呟いてしまう言葉にサフィールの目が僅かに見開かれる。

「今更だな、私達を理由にするんじゃない」

 消える表情に告げられる言葉。
 もとからある怜悧な雰囲気が、失われたサフィールの表情に凄みを与える。
 だが、そんな表情を向けられようとアスが怯え怯む事はないのだった。

「感傷に浸るぐらいには許されるだろう」
「童女よ、幾ら可愛い顔をしても私を誤魔化すのは無理だ。
願いが終わっている私達、ここはもう誰も必要とていない。私達は私達だけで完結している」
「知っている。それも含めての感傷だ」

 旧知の者へとそうする様にアスは淡く笑う。
 互いの間でのみ通じるやり取り。

 何かを言おうとして口を開くサフィール。
 けれど、その口が言葉を紡ぐよりも先に“聲”は届いた。

(この地での貴方の役目が終わったから、貴方は留まることができないし、必要がないから、この誰の意思でもない邂逅もここまで)

 水鳴りの音が奏でる漣立ち揺らめく響き。
 “聲”は告げ、形を失ったかの様にそこにいたサフィールの姿が夥しい程の飛沫に消える。

ー過去に、未来に、いつかがあるのなら、また逢いましょうー
「まて、それはこちらで引き取った方が良いのか?」

 それ、もとい、終始サフィールへの畏怖に縮こまるしかなくなっていた水棲馬エッヘ・ウシュカの存在を問う。
 隙を見計らっては逃げようとして、サフィールから貰う鋭い一瞥によって硬直する。
 それを繰り返す事七回。そこでようやく諦めと言う言葉の意味を学習したのか、項垂れて、必死にこちらと目を合わせない様にしている姿が哀愁を誘っていた。

ー······姉さまが、引き受けるそうなので大丈夫ですー

 弾かれた様に上げられた水棲馬エッヘ・ウシュカの顔がアスを見る。
 ない馬面の表情にも分かる、縋る様に助けを求めるその反応は、だが一歩をアスの方へと踏み出すと言う行動の最中に、突如として生じた深海の色彩を持つ、深いコバルトブルーの波に呑まれて引き摺り込まれて行った。
 文字通り一瞬の出来事。

 そして、水棲馬エッヘ・ウシュカを飲み込んだ波とは別の波が、生じたと同時に今度はアスの存在を呑み込み、この場所からの強制退場を促す。

ールシア姉様をお願い······ー

 呑まれた深い黒にも見紛う青の闇。
 翻弄されるままに抗う事なく漂う最中に聞くそんな“聲”。
 薄れ、暗転し行く意識に、アスはこの先にあるものを思う。

 無意識の海インランドシーの底の底、想いも記憶も散り散りとなり、自我の一欠片すらも残らない闇の果てか、それとも······
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