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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
43 サフィール論
しおりを挟む公としての良し悪しを理解しながらもその認識を絶対のものとする事なく、自らの望むように事柄を持ってゆく。
「理から外れた望みを抱き、魔女ではないのにそれを叶えた二人目の存在、それが貴方」
「私は謙虚で、それ以上にちゃんとした大人な女だからな、自分の分を弁えないそんな願いに振り回される愚鈍さ等ある筈もないだろう」
理を外れた願いを持ち、その願いが故に世界と言う枠組みから弾かれてしまった存在。それが魔女なのだ。
どこか得意気なサフィールの言い様に、アスはそんな魔女に対する率直過ぎる程の皮肉を見ていた。
だからではないがアスは少しだけ不思議そうに口を開く。
「その言い分だと、その愚者に貴方の妹も含まれると思うぞ?」
サフィールの妹であるリディアル・アクアーリウスはサフィールが暗に愚者だと告げた魔女でもあったのだから、と
けれど、ここでもサフィールの確たる持論が展開される。
「私の妹はかわいい」
「まあそうだったな」
警戒しつつも、そこは同意なのでアスもまた素直に認めた。
「私の妹の可愛さは、理等と言う些末な枠組みに収まるべきものではない!あの子の存在こそが理と言っても過言ではないのだからな!」
「・・・・・・」
「それに、一つ。“だった”とは何事だ!現在進行系、今なお、そしてこの先における不動の唯一、それがあの子だ」
突き付けられる長く細い人差し指。
そんな仕種に、これこそ真理、そうサフィールが胸を張る様子をアスは言葉もなく見ていた。
「水棲馬、結局お前は誰の為に何をしたかったんだ?」
向ける会話の先に見る黒い一角馬の姿。アスは今の数分間に及ぶやり取りをなかった事にした。
そして幸いな事に?元凶である筈のサフィールもまたその流れに乗ってきてくれた。
「童女よ、覗きを常として日々待ち伏せとストーキング行為を繰り返し、時に連れ去りから己の欲望を満たさんとしている駄馬に、健常者たる我らが理解出来る様な理由等ないのだよ」
水棲馬へのとんでもない言い様に、話の流れをリセット出来て内心で安堵していた筈のアスは、やはり表情と言ったものが抜け落ちたままの顔でサフィールを見る事になった。
そうして想うのだ。
サフィールがアスのなかった事にする流れに乗って来たのも当然なのだと。
何故なら、サフィールはアスの意図等気にしていないのだから。気にしていないどころかアスもまた自分と同じ様に考え思っていると当然の様に認識しているのだ。
だからこそアスのどんな言葉の意味をも察する事がないし、その内心を考慮する事もない。
「魔女ではないのに、余程魔女らしいな」
その有り様を思い、気が付けばアスはそう呟いていた。
「何を言うかと思えば、とんだ見込み違いだ!濡れ衣だ!自分を基準に考えたのだろうが、その見識の狭さを深くふかーく、北の大穿孔の如く恥じるがいい」
「そうか」
承諾なのか疑問なのか、発した自分でも分からないイントネーションでの返事になってしまっていたが、修正する必要性も恐らくはないのだろう。
因みにサフィールの言葉に出てきた北の大穿孔だが、これは北の大陸の北方域に生じた大地の亀裂の事である。
有史以前から存在するとされ、大陸を引き裂く様に大地の奥深くへとその亀裂は続き、未だに深さの果さえも分からない、そんな場所。
そこは、アスが勇者達と訪れた最後の地でもあった。
「ん、んー?」
嘗てへと飛来しかけた意識を縫い留めるかの様に。
傾げた首にさ迷わせる視線。
少しだけの挙動不審さとともにサフィールの上げる戸惑いを重ねた呻く様な声だった。
今度は何なのかと、アスもまた少しばかりの困惑とともに心の中だけで身構える。
「これ以上、我らが領域から離れると、さすがの私でも維持が難しいか」
「離れる・・・」
何の事だったかと、告げられた内容を考える。
「誓約なのだ、童女よ。
理から外れ様と、そこに在る為の規則には従わなければ 、偉大なる先人としての沽券に関わると言うヤツだな」
理とは世界の仕組みそのもの。
そんな世界の在り方から外れながらも、規則と言う“誰か”が定めたものを遵守しようとす。
サフィールの基準がアスには分からなかった。
「童女よ、休息も停滞も私は否定しない」
「・・・・・・」
「時間の意味を失った私が言っても、それこそ意味がないからな。
だが、童女がここでこうして怠惰を享受して体現していようと、向こうは忙しなく動いている。
やるべき事を後回しにして怠けた結果は、どこかで伸し掛かって来るものなのだ」
真面目な事を告げるその表情は余りにもどうでも良さげで、大事な事を言っていると思われるのに、その何処を見るでもない眼差しは興味に薄くただただ退屈を映していた。
そしてアスは言われたその言葉にただ得心する。
「魔女の成れの果てでもある貴女に会う、それが因果に触れない筈がない
内なる心の海の潮騒を繋ぎに“夢”と言う今を媒体にしていたとしても」
「はは、良い女は男を振り回すものだからな、素質がある。
だが、外は盛大なお祭り騒ぎ、どうやら祭りに参加しないまま場所を移しているな······」
笑うサフィールへとアスもまた曖昧な笑みを返す。
因果に触れる。
いつかの様に因果の獣が現れるであろう事に予測がついていた。
アスとしては、ここに呼び込むつもりであったのだが、勿論向こうに出る可能性もあるにはあると分かっていた。
けれど、そもそもの原因が自分でない以上、そうなったらそうなったで向こうに頑張ってもらおうと、アスとしてはどちらでも良かったのだ。
そして今、サフィールが向こうで何かが起きていると示唆した事で、その現場がここではないのだと発覚した。
それどころか自分はその現場から離れようとしているらしい雰囲気まである。
眇める双眸に見遣る彼方。アスは仰ぐ虚空にどう言う事態になっているのかと思いを馳せるのだった。
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