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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
38 願いの行く末
しおりを挟むー生かす為の“願い”で共に死ねないのなら、あとは、一緒に生きるしかない、ねー
「一緒に、生きる?」
アズリテは始めてその言葉を聞いたかの様に半ば呆然として言われた言葉を繰り返す。
ガウリィルの願いがガウリィルの子等を生かす。
けれど、二人で生きるには足りない命を、何よりも生きる事を願われた者達が察してしまっていたから。
願われた事が果たせないのは何故なのか。
自分はどうすれば良いのか。
どうしたいのか。
一緒に生きられないのなら、そもそも生まれたくないのだと思った。
純粋なまでの本音。
だって、別離等堪えられないと分かっていた。
なのに、先に願われたガウリィルの“願い”によりこの世界へと放り出された。
ならばそう、堪えられないのなら一緒に死ねば良い。
「ガウリィルの魔女たる願いを、聖女足りえた者の加護が強化している。いくらお前達二人がかりでも、ガウリィルの願いを上回る程には成り得ていない。
そもそも、願いに“代案”を置いている段階で論外なんだ」
魔女の世界を脅かす程の願いは、それを、それだけを求めて止まないからこそ理に触れてしまう。
生きられないのなら死ぬと考えを変えた時点で、本来なら魔女足り得ないのだ。
ーでも君は魔女だねー
本当なら魔女足り得ない筈の存在が魔女を名乗る。それを他の魔女が認めているのなら、そもそもの始まりが違っていたのだろう。
自身が読み誤っていた事が、リディアルのお墨付きである言葉で確定しアスは溜め息をついた。
「生き死にではないんだろうな、そんなところに藍晶の魔女の願いはない」
ーなら、片方を眠らせて片方を鍛えるとか無理ー
「いや、繋がりが切れないのならそれで良い筈だ。二人で強くなるとか言い出さなければ体裁が整う」
そもそもの願い、それは例えどんな状態にあっても二人が共にあることだと、ここに来てようやくアスはそう判断する。
そして、アズリテだけでの行動が可能だったのだから、繋がりさえ保てれば常に寄り添う必要もないのだと想定した。
ーなら、解決だねー
何を思うのか、傾げる首に感情なくリディアルが告げた。
「納得させられれば、いや、これで納得してもらう・・・そう言うことだ、分かったな?」
リディアルとアスが二人だけで結論付け、後半だけをアズリテへと投げ付ける。
アズリテはもう途中から話の展開についていけていなかった。
それは、アスとリディアルのやり取りに口を挟まなくなっていた時点で分かっていた。
そして、理解しようとしている風もなく、だからその反応が決してアズリテの理解が及んでいないが為でない事にも気付いていた。
そうして、アスが言葉とともに向ける視線の先にはエルミスがいるのだった。
「藍晶の魔女、いい加減認めろ。藍珠の子は貴方と生きる事へと目を向けた
と言うか、生きようとする生き物の本能につけ込んで奪わせておきながら、その罪悪感で縛るとか、周到を通り越して如才ないと言うべきか余念がないというべきか」
ー誉めてる?ー
しっくり来る表現が浮かばなかっただけなのだが、似た様な意味合いの言葉をアスが重ねていたらリディアルに褒めているのかと首を傾げられてしまった。
願いに添って余念がなく、脇目も振らぬ程に周到で、抜け目がなく抜かりもない。
(ああ、まさしく執着、感心するよ・・・
雁字搦めにされ過ぎて考えれば分かる事が分からない状態だろ?徐々に追い詰めていってからの思考の制限、囲い込みの様子が目に浮かぶ」
心の中で呟いた様にアスは褒めると言うよりもただ感心していた。
それ程までに何かを望み、ただそれだけを求める様を。
けれど口に出した後半は、そんな内心など窺わせる事がない程にあっさりとしていた。
分かった事で共感するでもなく、その果てない労力を思って同情するでもなく、気付いた執心を忌避する事もない。
理解があり、それだけでそれ以上には至る事が出来ない。それがアスと言う存在の在り方なのだから。
ーふふふ、ふ、やっぱり解決、それでいいよね?ー
リディアルが読み上げる様な笑い声とともに決着を告げる。
その瞬間、水面へと映した景色へと一石を投じた時の様にアズリテやエルミスの存在を起点として光景がぐにゃっと歪んだ。
そして、回りと混じり合う輪郭と言う名の境界とともに境は失われて行った。
後には、そこにいたと言う痕跡の様に色の着いた水のようなものが広がり、それが溶け出すまま周囲へと滲み、希釈され、撹拌され、やがては流れの中へとその痕跡すらも窺う事が出来なくなってしまうのだった。
「・・・何の解決もしていないが、束の間の先送りでも取り敢えず休憩だな」
言うと共に、アスは全身から力を抜く。
立ち続ける為の足、姿勢を保つ為の背筋や腹筋、顔を上げておく為の首、そして目を開いておく為の目蓋からすらも。
脱力し、背後へと向けてその身を無造作とも言える頓着のなさで投げ出した。
意識を手放してしまったかの様に傾ぐ身体。床どころか地面もないこの場所で、そんな自分の行動にどう言う意味があるのかはアス自身にも分からなかったが、それでも今はただそうしたくなったのだ。
「ふふ、満足した?」
静かな潮騒の音が耳朶を擽る様に声はアスの意識を拐い、より深みへ導かんと絡み付く。
「久しぶりに聞くな、リディの声だ」
揺蕩い、目を開ける事のないまま、思い出す何時かを想いアスは呟いていた。
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