181 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
36 願いの在りか3
しおりを挟む抱いていたもの、リディアルへと申告もしていた違和感と言う言葉に、今ようやくアスの中で形が与えられて、その配色すらも明らかになった気がした。
けれどまだだと思う、まだ触れられないのだ。
「そうだな、約束された何時かがあれば、覚悟を決められるか?」
触れる為のアプローチを兼ねて、アスが問う先に見るのはエルミスの虹を宿した虚ろなる青の双方。
けれど、そこでまた空気が変わる。
逡巡か戸惑いへと。
そもそもアスは気にしていなかったが、告げたアスにとっての結論であるその発言へと至る大半がアスの内だけで筋道立てられたものでしかないのだ。
目に見えて眉間の皺を深くするアズリテと、反応らしい反応のないエルミス。
告げたアス以外にはその発言の意味も、そう至った内容すらも絶対的に分かっていない、寧ろ何言ってるんだこいつと言わんばかりの反応だった。
アスの発言が飛んだ様になった原因。
ここ最近、フェイと言うあまりに察しの良すぎる相手や、何処まで知っているのかと窺う側でしかいられなかったカイヤと言う相手がそばにいた影響が大きいのだろう。
アスは告げてしまってから不意に気付く反応のなさに、ようやくその弊害について思い至った。
ー・・・ものぐさー
リディアルのじっとアスを見る眼差しは、温度に欠けたそのままに容赦かないが、これはただ呆れているだけだろう。
単にアス自身が面倒臭がりなのだと言われてしまったのだ。
そう、自覚はあるかもしれない。
ー察してちゃんは、だめよ?ー
察してちゃん?
追い討ちになるのかどうか、続けて言われた聞き慣れない単語に首を傾げるが、それはそれとアスは訪ねなかった。
反応からもう少しちゃんとした説明が必要なのだとは理解が出来た為に、アスは首を傾げるままにも自分の疑問を放置し、取り敢えずとばかりに口を開いた。
「誰かの感情のとか、思惑とかもう良いかなって思った」
ーうん、ん?ー
笑みを刻んだ口角はそのまま、変化がないままに首を傾げるリディアルの反応。
まだ足りないらしいと、続けて開きかけていた口を一度閉ざし、飄々としていながら穏やか、アスはアスの知るフェイやカイヤの様な笑顔で再びエルミスを見る。
「理由も原因もどうでも良い。自分が見てきたものも、考えて来た内容の真偽も、もうずっと関係がなかった」
「関係って、」
アズリテが何かを言いかけ、けれど、アスが笑みのまま眇め細めた双眸での凪いだ眼差しを向ければ、そこに何を見るのかアズリテがその続きを口に出す事はなかった。
何故かひきつって見える表情が解せないが。
別に遮ったつもりはなかったのだがとアスは内心で思ってはいたが、結果的にアズリテは黙り込んだ。
そしてアスもまたそのまま続きを促す様な言葉を言う事もなかった。
「足りていないのだからしょうがない、そこに手を出す。
足りていないものを足りるようにして、“二人”を安定させれば、この全然眠っている気のしない夢も終わるよな!って、私の結論と切実な叫びだ」
一度切られた事で溜まった分の心内を更に上乗せして、そうしていっそ言い放つようにアスはそれを告げた
リディアルの存在を意識した笑みはそのままに、思いを吐露するアスは本当に切実だった。
願望、思惑、理由、因果。アスを振り回す誰かの全てを放棄する事で、ようやく思い出すアス自身の目的、もとい置かれている状況。
「よし、じゃあ藍晶の魔女?ちょっと数十から数百年ぐらい眠っていろ」
「は?」
流れるように続ける言葉の最中に、ぽかんとしたアズリテの声を聞いたような気がした。
「無茶苦茶羨ましい、出来れば変わってくれ」
一転しての真顔のアス。
「んん、それ本心?いや、認めたくないが、これ以上ないぐらいに本心ってわかるのが複雑なんだが、そもそも、銀礫は二百年以上眠っていたって聞いてるし、それに青の洞にいた時も眠っているようなもので、もう寝過ぎだろ?
だいたい数十年とか数百年を二、三時間みたいなノリで使うな!これだから魔法使い連中はって言われるんだ」
言いたい事が多すぎるのか、アズリテ本来の崩れた口調での言葉が渋滞している
だが、アスにはアスの言い分があり、言いたい事の量では負けていない。
最早何を競っているのかと思い過ぎる程なのだがアスには止めるつもりもなかった。
徹夜を三日も続けていると、身体は疲労困憊の筈なのに気分が高揚する。あの感覚をアスは味わいつつあるのだ。
「勇者の旅とかの過重超過労働に付き合って、途中途中もアレだったが、最後の方なんて常に生き死にに関わるレベルで心身を磨り減らせていたんだ、百年どころか千年単位の休みがあって然るべきだろう」
そもそもと、眇める双眸で射るのはアズリテかエルミスか、まだまだアスの言葉は止まらない。
「だいたいだな、お前等は一人分にすら満たないもので二人分を賄おうとして核を摩耗させたんだろう?省エネは賛成だし、その生かさず殺さずのどっち付かずの技術はある意味目を見張るものがあるが、もともと足りてないんだから、それ以上とか欲張り過ぎだ」
足りていないものを足りる様に装うからおかしな事になるのだと、それが真理とばかりに。
早口だったり声を荒げたりしている訳ではないが、喋り続けるそれだけで捲し立てている様に聞こえる。
そして、その並べられるアスの心情の途中で呆気に取られる風であったアズリテから表情が消えた。
「・・・私達のどちらかに、死ねと?」
一応、聞き手側の反応を見る余裕を僅かばかりは残していたアスが言葉を止めてやり窺えば、雰囲気を変えたアズリテによる凪いだ声でそんな事が宣われたのだった。
嘆息。取り繕う事なく、けれどアスは声にするまではしなかった。
はぁ、と遠慮なく、容赦もなく諦めを露にしたのはリディアルなのだ。
けれど、そう反応したのはリディアルだったのにもかかわらず、アズリテの目が吊り上がり、その苛烈とも言うべき眼差しはアスを射抜く。
その辺りのならず者どころか、ある程度以上の魔獣ですら威圧出来るであろう視線を、けれどアスは声にしなかっただけの諦感で迎える。
「なんでだ?」
告げるその一言にアスの思いは集約していた。
本当に、一連のアスの言葉を聞いていた筈なのに何故その考えに囚われるのかと純粋な疑問でもあった。
もともと一人が生きるのにすら足りない命。その命でアズリテとエルミスと言う二人の存在を今日まで生かして来た。
アズリテは、どちらかが死ねばもう一人は問題なく生られると思っているのかもしれないがアスの視る限り、そんな事は有り得ない。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる