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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
35 願いの在りか2
しおりを挟む刹那、世界が砕けた。
・・・何て事もなく、リディアルの放った一言は、大海に落ち込んだ雨の一滴でしかないかの様に、この場の何かに影響を齎す事もなく、今は凪いだ水面を映す二対の青い双眸がリディアルの存在を見詰めていた。
「成る程、生まれたくないって言うのは違うか」
アズリテとエルミス。
その視線へと応じるリディアル。
眼差しだけでの応酬に何を語り合うのか、アスは口を挟む事なく、一歩だけ距離を取った傍観の視線を向けるのみにそう呟いていた。
対峙を果たし合わせられている目線。
アズリテとエルミスはひとだが、リディアルの瞳は龍の瞳。
もともとは人であり、聖女を務め、そして抱いてしまった世界に許されざる願いにより魔女へと至ったその存在。
ここまでの流れで分かるだろうが、ガウリィルはリディアルと同じ道を辿ったのだ。
けれどそれは本当に、話に聞く程度の表面的な道筋での事だろうとアスは解釈する。
それぞれの結果としてリディアルはここにいて、ガウリィルは望み願った自分の子供等の事の筈なのにここにはいない。
明確な違いは抱いた願いの差。通過点と終着点、そこへと至るための道筋。
「ガウリィルは生み出す事を結果として、アクアーリウスが願ったのは生み出した先まで見守る事」
ここに在るのはそんな結果の一端でしかない。
生物として人よりも遥かに高次に位置する龍の、人には持ち得ぬ高すぎる魔力が渦巻く目をアスは窺う。
そして、対峙しているまだまだ生まれたてと言える魔女の青い目を見る。
一度は止めた只人としての対峙では、瞬く間にその瞳に喰われただろうが、今の二人ならまあ大丈夫だろうとそんな判断をアスはしていた。
「たぶん、そうだな、死にたい訳でもないが、一緒に生きられないなら、一緒に還る、そう言う願い」
見詰めながら呟き、そう思い至ったのは、かつてそれに似た願いで魔女になった相手をアスが知っていたからだった。
翡翠を砕き、風に舞わせて勢い良く流したかの様な癖のない鮮やかな緑色を幻視しながらも、現実的な視界でアスの思った今回の発端となる願いがどちらの願いだったのかを想う。
そもそもが未だに当人からの言葉を聞けていないのだから、まだ本当にそうなのかは分からないのだ。
けれど魔女としての根源的な願いであるものがその辺りにある事は確かなのだろう。
だから、漠然としてでしかなかったが、二人は生まれたく等なかったのだろうと思ってしまった時に、アスは一度そこで思考を止めていた。
ガウリィルが願ったであろう事と正面から対峙する等、そんな不毛な事態に関わるのが嫌だと思ったからでもあったのは否めないが。
ー聖女ガウリィルの願いで、この世界へと生まれ落ちた命ー
清廉さと荘厳さ、けれど揺蕩う水音の如き響きを失う事のない“聲”が、思考に沈むアスの意識を浮上させる。
ーけれど、聖女としても常闇の雫に蝕まれ既に限界であった母体。そして胎内にいた命にも当然その影響はあった
世界へと生み出されたとしても、産声を上げるその瞬間に自らの彼の命は失われてしまう程の、どうにも出来ない運命。
それを知っていたであろう生まれ行こうとする命は足掻く。
先ずは生まれること自体を拒み、だがそんな拒否はガウリィルの魔女足りえた願いとして果たされる事はないー
流れる様に紡がれる言葉は、まだツヅク。
まるで寝物語代わりの子守唄を唄う様に綴られ行く。
ー命に芽生えし幼き自我は、幼いが故に純粋で、そして無知だった
だが、無知だったが故に絶対であり、全能を思い描きそして自身の為の最適解を引き寄せたー
「最適解・・・」
ー生まれるまでの保証。魔女の願いたるある種の絶対性、後の問題は育まれることー
育まれる、つまりは成長して行く未来への導。
本当なら、ガウリィルは自らが願ったままに、生み出す事だけを考えていれば良かった。
その為に、ガウリィルはこの青の地に帰って来た筈なのだから。
青の地そのものが、生まれた命を健やかに育む筈だった。
ー誤算は君の存在かなー
落ちた水滴が波紋を描くが如く。
その言葉は大勢に影響を与えないまでも、ただ広がり浸透して行く。
「・・・貴方は、そもそも何の話しをしている」
ー願いの在りかの話し、だよ?はっきり、させないと動けない子の為のねー
「母は、そもそも、かつての仲間であるその人の為に・・・」
寄せる眉根にアズリテが言葉を押し出しても、その一切を考慮する事のないリディアルは当たり前の如く言葉を続けて行く。
そう言えばそんなくだりがあったなと思ったのはアスであり、アスは一人密かに目を細めて考えていた。
ー君はただ生まれてこれば良かった
君がもう一人へと伸ばす為に、ある筈のない手を求めたせいで、逆に約束されていた絶対性に歪みが生じたー
エルミスがアズリテを助ける為に魔女となり、アズリテを生かした。
その結果が今のアズリテであり、自らが移動する事も、何かを見る事も出来ないエルミスの生まれに繋がった。
それが、アズリテの語った事だった。
嘘ではない。アズリテの認識がそうなのだから。
けれどとアスは思う。
リディアルは言ったのだ。“搾取している”と
「・・・生命、自由、そして想い」
奪っているもの。奪われているもの。
罪悪、贖われる罪。
聖女と魔女。
理から弾かれる程の願い。
意味は何処にあって、幸せと紐付けされたアスの存在は何なのか。
藍晶
藍珠
そもそも、アズリテへと混ざっていると言ったのはアス自身なのだ。
明かされ、晒され、並べられる言葉の数々。
目を閉じ、開く、噛み砕き咀嚼する間を意識する殊更ゆっくりな瞬き。
「藍珠の僕、藍晶の継承、・・・・・・嘯く様に私を対象にした願いに隠して、本意ならざる祈りに変えたもの、魔女は誰だ?」
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