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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
33 宝瓶宮の乙女3
しおりを挟む何処か絞り出す様に問いを口にしたアズリテは、腕に座らせているエルミスの背中に強く右手を当てながらもしっかりと立ち、リディアルを見ていた。
「ようやく持ち直したか、と言ってもあまりコレの目は見ない方が良い。たぶん喰われる」
一応の注意をアスは告げておく。
そもそもの存在の放つ圧が違うのだ。このリディアルのその顕現だけで膝を折りかけていたアズリテでは、まず間違いなく堪えられない。
気遣うと言うよりも、これ以上のごたごたはいらないと、その為の忠告だった。
ーふふ、うふふふー
そんなアスの様子を、感情に欠けた“聲”が嗤う。
揺れる水面の青色。蒼色で、碧色と様々な“あお”と言う色彩の底に沈む金属を溶かし込んだかの様な虹色が縦に裂けた瞳孔に湛えられている。
リディアル・アクアーリウスは人の姿をしているが、姿を顕してアスを見たその時から、人ならざる龍の瞳でアスを見ていた。
「夢で、物理的なことを言ってもしょうがないが、喰われるのは身体でなく心、精神に近いものだ。
まぁ呑まれて圧倒されるとか、囚われて心奪われるとか、そんなやさしい仕様ではないがな」
ーだから軟弱だって、言ったよ
心が砕けるみたい、弱いとね・・・君は守られているし、私はそんなこと望んでないけれど、でも、この子に私を呼ばせた、から、しょうがない、ねー
時たま遠ざかる聲の聞こえ方に、言葉が途切れ途切れに紡がれている様に感じる。
今のリディアルが時の流れをどう感じ取っているのか分からないが、それでも随分と長く、誰かと話す事もなかったのだろうと、そうアスは思った。
「青の守護獣 、リヴァイアサンの存在を感じる。意味が分からない」
「コレの有り様については今は放っておけ、まともっぽく見えているが、何時までまともに相対出来るのか分からない」
ーふふふ、酷い、言いよう、ねー
ふふふ、と笑みに聞こえない笑い声が、幾重にも重なり音の波紋を響かせる。
「っ、私たちの母である、聖女ガウリィルは聖女にあるまじき罪を犯したことで、私たちを身籠った状態にもかかわらず、教会から常闇の雫を賜ったそうです」
息を呑んだその瞬間こそ押され気味ではあったが、アズリテの喋る言葉は明瞭であり萎縮している様子もない。
例え、踏み締めた足や、抱くエルミスの存在に力が入ってしまっていたとしても、それだけで堪えていられるだけで驚嘆に値するのだ。
「私とこの子は、あの時に母と一緒に死ぬ筈でした」
ー死ななかったのはどうして?ー
「この子が、私の妹が、私を生かしてくれたから」
ー片方だけを生かそうとしたからそうなった、の?ー
「違う!」
間髪入れずの強い否定に、リディアルは首を傾げたのか、揺らめく髪の流れが僅かに変化した。
ーちがう・・・ー
「魔女となれた妹だけなら、何の瑕疵もなく生まれて、そのまま生きられたのに、なのに、この子は私までも生かそうとして、その代償がこの状態なんだ!」
一息に告げ、それ以上を吐き出せないやり場のない感情にか、引き結んだ唇は酷く苦しく悔しげだった。
(・・・・・・)
アスは口を挟む事なくアズリテとリディアルのやり取りを見ていた。
そして、聞いているアズリテの言葉に、やはりと思ったその心の内にリディアルの言葉の正しさを思っていた。
ー君は生きたくなかったー
「・・・は?」
虚を突かれ、及ばない理解にアズリテの口からは意味のない音の断片が漏れ出る。
ーそもそも君は生まれるのもいやだったー
「なっ」
『何で』あるいは『何を』だろうか。
その瞬間に追い付いたであろうアズリテの理解に、けれど、見張る双眸で露にした動揺か衝撃の為に、処理の進んでいない飽和した感情が押し出したのはやはり意味を成す前の音の欠片だった。
ー君の願いはそう言うこと、だよ
だから、そちらの子の願いと合わなかったー
「貴女は、何を言って・・・」
怒りのままに声を荒げたかっただろう。
混乱のままに捲し立てたかったかもしれない。
けれど、温度のない聲はただ並べて晒し、詳らかびするだけでそれを許さない。
そして、その無機質な糾弾はアスにも及ぶ。
ーね、貴方の優しさはより多くを殺すー
「言わない限り私は動かないさ」
凪いだ声音で応じ、声音そのままの瞳でアスはリディアルの青い双方を見返すままに。
ー動けない、でしょう?でも、聞かないのは、貴方が優しいから、なのに?ー
「うん?誰に対する優しさなんだ?それは
私はただ面倒なんだ、願いだ望みだと手を伸ばした先のものに振り回されるのも、そう言う奴を見るのも」
呆れた様にアスは苦笑する。
ーふふ、ふふふふふー
アスはアズリテと違い、このリディアル・アクアーリウスと対峙する為に腹を括っていた。
今のリディアル・アクアーリウスについては分からないが、嘗てを知っていたのだから。
言われたくない事を言われ、言われたくなかったのだと自覚するところから突き付けられる。
アズリテへとそうした様に、並べて晒して、目を背ける事すら許されぬ場所へと、ただ留め置かれるのだ。
自分の事を置いておく為に目を向ける他所事に、アスにはそもそもが違うのだと分かっていた。
例えば、死ななかったのはどうして、とあのリディアルの問い掛けは、何故死ななかったのかと、どうしてと理由を聞いているのはそうで、けれど、アズリテが答えた様にどうやって生き残ったかの意味ではなかった。
「どうして死ななかったのか、は、つまり、何故生きようとしたのかとそう言う問いだ」
「は?」
「死ぬ筈だった、なら死ねば良いだけなのに、何故生きる?」
「なに、を」
ーそうだね、生きる気がないのに、生きてまで、どうして、そっちの子から搾取し続けたの?ー
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