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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

32 宝瓶宮の乙女2

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 更に重ねられる手の感触に、触れられた場所からぞわりと悪寒が駆け抜ける。

 大切なものをそうする様に、大切だとその心の内を分け様とするかの様に、そんな風に感じられる仕種だった。
 両の手で包み込む様な形にアスの手は取られ
て、けれどアスはされるがままにしながらも、寒気をやり過ごす事に意識を割き、何の感慨も抱いていないかの様に眇た双眸でその手を見ていた。

「誰を殺すのか、な、今も昔も貴方はそんな事に欠片も興味ないだろうに、どう言った心境の変化なんだ?」

 殺す事に否定はしないが、はぐらかそうとした訳でもなかった。
 ただ純粋に、疑問と思った事が口に出されたそれだけの話。

 青く碧い、その澄んだ瞳の色合いだけは昔から変わらないと思いながらアスは正面にあるその双方を見詰めていた。

ーうふ、ふふふふふー

 単調な“聲”の揺らぎ。耳に聞くそのまま笑っていると思うにはあまりにも情動に欠けていて、まるで滔々と文章を読み上げているかの様に。
 そこだけがやけに目を引く唇の赤さに、けれど、薄い笑みの形に口角を上げたまま、その唇が動いている様子はないのだった。

 アスの手を取るその手は冷たいが、やはり氷の様なと表現する程ではなく、鳥や獣の様に自らの体温を持たないが故に冷たく感じているだけだと気付いていた。
 アスの持つ体温が、握られた手から相手へと移り、馴染んで行く。
 次第にどちらの手が暖かかったのか、又はどちらの手も冷たくなってしまっているのか、そんな事すら分からなくなってしまう程に両者の境を曖昧に感じてしまっていた。

ー・・・・・・ー

 アスよりもずっと青みの強い青銀の髪が、まるで水中で揺らめく様にゆらゆらと波打ち、後方へと流れ行く様子が見る者を幻惑する。
 その動きを意識の一端で追いながら、そう言えばルキフェルの瞳も青色だったなと、不意にそんな事をアスは思った。
 
「あっちは深い海の底の底を、崖上とか距離のある場所から見下ろす感じに似ていたがな」
ーうん?ー

 今のアスの目線に合わせられた位置にある青い双方。
 容姿からして成人を越えているであろうに、何処かあどけなく幼さを残した面立ちは、落ち着いた清廉さの中に危うい可憐さを垣間見せて、相応の表情すらあれば、庇護欲すらも感じさせただろう。
 そんな風に思考を移り変わらせつつ、そこにある作り物めいて酷く整った顔立ちを見て、アスは先程自分が声に出してしまっていた言葉に、まるで反射反応でしかないかの様に首を傾げる仕種が返されて来る様を見ていた。

 光を受け、影に沈む角度が変わる事で、髪の毛の生え際を細かく彩る蒼碧色のに、黄金を溶かし込んだかの様なひかりが瞬く。
 小首を傾げるその仕種は、やはり通常なら可愛いと表せられるもので、けれど作り物めいて見える最たる原因であるだろう、笑っていると言うだけの表情の変化のなさに、アスにはどうにも違和感でしかない。

「アクアー、」
ーリディー
「アクア、」
ーリディー

 動かない口もとは笑みを浮かべているのに無表情。

 暖かな光を受ける、南海の穏やかな海を覗き込んだかの様な瞳の色合いにもまた感情に附随する揺らぎはないままだった。
 なのに、アクアーリウスとそう呼ばれたくないらしいと、その意志だけは伝わる間髪入れずの遮り方でリディとそれだけが繰り返される事にアスは呆れたような表情で、そこにある無情動な面持ちを見てしまう。

 リディアル・アクアーリウス。
 そこにある存在をアスはそう呼ぶ。

 ここにいるリディアル・アクアーリウスは二十代前後を思わせる容姿をしているが、以前アスがその名前で呼んだ存在は、龍の姿から転じ半ば透き通ってはいたが、十代前半から半ば程に届くかどうかと言ったまだ少女と呼べる様な姿で現れていた。
 両者には容姿の年齢的に差があり、けれど、纏っている服装は藤色から空色へと色調を変えて行く裾丈の長いシンプルなワンピースと言うあの時と同じ服装の意匠だった。
 親子や姉妹と言っても差し支えのない程の容姿の酷似の仕方だが、親子関係でもなければ姉妹でもなく、紛れもない同じ存在なのだとアスは知っている。

「つい最近顔を会わせているが覚えているか?」

 カエルレウスの集落。その湖で会った事をアスは問いかけていた。

ー朝日の時間、西の桟橋のところにいた・・・ううん、話しかけなかったから会ったとは違うよ?夕刻の姉さまの儀式セレモニーの時は一緒に後ろにいたね?それとも、ー
「リディ、サフィールと貴方が生み出した、常闇の雫が使われた」

 唇どころか、表情を動かす事なく、まるでひたすらに原稿をなぞり読むかの様な“聲”が告げるものにアスは意味のなさを悟り、語り合う事を止めて本題を投げ掛ける。

ー常闇の雫、魔女を殺す魔女の為のくすりだねー
ーちゃんと死ねた?ー

 光を弾く、長い政銀の睫毛に縁取られた青い双眸にはやはり感情の動きを感じ取るかの様な変化はなく、それどころかその目はアスを見ているようで見ていない。
 先程、会った時を聞いた瞬間と同じなのだ。
一見会話に添っている様で、その答えはどこかずれている。
 今もまたそこにいるアスの存在へと目の焦点を取ってはいるが、心ここにあらずと言った反応が一番近いのかもしれない。とそうアスは思った。

 リディと、呼ばれる為の名前に拘りながらも、リディアル・アクアーリウスはアス存在を殆ど意識してはいないのだろう。

 それでも今のところ、会話の形だけは成立している様に思う。
 それは、アスが常闇の雫の名前を出した事にも起因しているのかもしれない。
 それだけ、あれはこの子に取っては思い入れの、ある意味執着にも似た心を寄せるものなのだから。

「直接の服用者はたぶんな、だがその時には既に身籠っていた状態だったらしい」
ー魔女・・・?“火”が終わりを自分以外に委ねる・・・・・・ー 

 自身の考えは他所に、情報だけアスは伝える。
 リディアルは疑問となる自身の言葉に何を思い、何を考えるのか、表情なくもその様子は何処か困惑している様にアスには見えていた。

「魔女はそうなんだろうが、“火”ではないよ。ガウリィルは“告知”であり“水”、貴方の遠い後継にあたる」
ー“水”、で、告知の熾天セラフが常闇の雫を・・・ー
「意味が分からないだろう?ただ、恐らくはリディとサフィが意図したのとは違う使い方をされている」

 動きを止めてしまうと、まるで本物の人形や精緻な彫像であるかの様に、けれどアスにもその反応が分からないでもなかった。

「・・・それは、どう言うことだ?」

 
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