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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
30 誰の為である事
しおりを挟む“ようだ” 、“らしい”。
その伝聞調の語尾遣いにアスは首を傾げた。
「剣聖殿はリィルを守れなかったのか・・・」
瞬かせる目にアスは呟く。
「私たちは、父と母の顔を知らない。声を聞いたこともなければ、触れられた記憶もない」
やはりそう言う事らしい。
アスは思い、頷くかわりにもう一度目を瞬かせた。
「侍従殿は、養い子がいたな」
ガウリィルの侍従であったリコリスの存在へと思いを逸らるアスの脳裏に浮かんで来るのは、この青の集落で出会った、シャゲと名乗った女性の事。
少なくとも、侍従殿は最後まで侍従殿として側にいる事が出来たのだとアスは思った。
アズリテもエルミスも顔を見た事がない。
つまり、二人が生まれた時にクルスの存在は既になかった。
この集落に滞在していないだけだったのか、あるいは、もっと根本的にいないだったのか。
いなかったクルス、辿り着きはしたがいなくなってしまったガウリィル。
更に言うなら、恐らくはもっと前の段階で姿を消していたルキフェル。
「幸せ、な・・・私を“幸せ”とやらにすれば、それが“幸せ”なのか?・・・あいつ等は望みの先へと行ったのに幸せではなかったのか・・・」
言葉で疑問を表記しアスの唇は綴る。
けれどその内容は、アズリテやエルミスへと向けた問いかけではなかった。
深い淵へと沈み行く様に、何処か粘性すらも帯びいそうな流れが絡みつく。
仄暗くも無機質な闇が周囲へと満ち、何も無い事こそが、根源的な圧迫感を伴いアスへと圧しかかる。
「水は映す、水は伝える、水は湛えられて、流れ行く・・・何を見せて何を伝えたかった?どんな想いを伝え、何処へと誘う?」
アスは問う。
「私はやはり想いの機微に疎いから、言って貰わなければ何時までも分からないままだ」
アスは言葉を重ねる。
「ガウリィル、何を思って王妃の座を、隣にいたいと願った筈の場所を追われた?」
「貴方の為だ!」
凪いだ声で核心を問い、それに荒げた声で答えとも遮りとも取れる声でアズリテが応じる。
けれど、受け取り見返すアスの目は、その激情を映しても、無感動なままに声音と同じく凪いだままだった。
「私のせい、な」
「貴方のせいとは言ってない!」
「誰かの為と、誰かのせいって言うのは結局のところ同じだよ」
「想って行動したことと、行動した結果を押しつけることが同じな筈がないだろ!」
自分の行いだろうと、他者の行動についてだろうと、動くその理由を相手へと求める時、求めたその瞬間に“理由”は“責任転嫁”へと変質してしまう危険性を孕む。アスはそう思っていた。
「私の為に、聖女殿は何かをして、その結果としていたかった筈の場所を追われた。聖女殿の行動は聖女殿の意思だが、その結果が、追われると言う聖女殿にとって良くない結果へと続いていたのなら、それは私のせいへと意味合いを変える」
「責任を押し付けようなんて、思っていない」
噛み締め、押し殺し、平静を取り繕おうとして憮然とした様に告げるアズリテのその心の動きを見詰める瞳の動きに見ていた。
アスは瞬かせた目をエルミスへと向け、もう一度アズリテを見る。
そしてゆるやかに首を傾げた。
「・・・お前は私を怖いと言うのに?」
アスのその言葉は、告げたアス自身からしては本当にそれだけの意味しか持たないものだった。
そう思ったから、違うのだろうかと疑問の形にしただけの言葉。
けれど、その瞬間までそう考えの至っていなかったアズリテは、自覚が出来ていなかっただけに突き付けられた形で、アスの疑問を受け取らされる事になってしまったのだろう。
だからこそそれは、発したアスが意図していなくてもアズリテに取って糾弾と言っても良い程の言葉になっていた。
見張る目に、息を呑むアズリテ。
他所に、アスはそもそもが意図していない事だったのだから、気に止める事なく自身の思考を続けている。
「私の為に、聖女殿は剣聖殿のそばへといる為に許容したであろう王妃と言う地位を失い、命すらも脅かされた・・・いや、聖女であり、“水”であるガウリィルを殺すことは難しい」
勇者や聖女は選ばれたが所以の加護を持つ。
過酷な使命を果たす為の、その課せられた重責に見合わぬ程の僅かばかりの祝福は、それでも選びし側からの恩寵なのだ。
病を払い、障りを退け、悪心を寄せ付けず、平静を常とする。
簡単に要約すると、病気になり難く、悪意を持たせず、どんな事態にも動じる事がない。そんな効果を加護として得ているらしい。
けれどそれは、あくまでも耐性を上げるだけの効果でしかなく、無効化等の完全防御と言えるものではないのだとアスはガウリィルから聞いて知っていた。
だからアスは、見合わないと。そう思うのだ。
「見合わなくても、加護は加護。ひとが扱うものが聖女殿を害する事があっても、果たして殺すまで行くとなると、やはり“因果”に触れる」
無効化でなくても加護なのだ。
悪意がガウリィルを傷付け、病で蝕まれ様と、その害意を向けて来るものが人である限り死には至れない。
それが勇者や聖女が持つ加護の力。
何がガウリィルの身に起きていたのだろうかと、アスは促す意味合いを込めてアズリテを見た。
「・・・光に在りしを眠らせ、魔に魅入られしを滅す」
僅かばかりの躊躇い、そして殊更緩慢に、それでも動く唇の様子をアスは見ていた。
排した想いにか滔々とアズリテは告げる。
それは詩の一節を吟じるかの様に。
見返すままにアスはアズリテを見詰め、そしてふっと空気が抜けるかの様な嘆息とともに言葉を吐き出すのだった。
「常闇の雫、大聖堂の秘薬を飲んだ訳か、どうりで」
納得の言葉とともにアスは目を少しだけ細めてエルミスを見遣る。
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