月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
175 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

30 誰の為である事

しおりを挟む

 “ようだ” 、“らしい”。
 その伝聞調の語尾遣いにアスは首を傾げた。

「剣聖殿はリィルを守れなかったのか・・・」

 瞬かせる目にアスは呟く。

「私たちは、父と母の顔を知らない。声を聞いたこともなければ、触れられた記憶もない」

 やはりそう言う事らしい。
 アスは思い、頷くかわりにもう一度目を瞬かせた。

「侍従殿は、養い子がいたな」

 ガウリィルの侍従であったリコリスの存在へと思いを逸らるアスの脳裏に浮かんで来るのは、このカエルレウスの集落で出会った、シャゲと名乗った女性の事。

 少なくとも、侍従殿は最後まで侍従殿として側にいる事が出来たのだとアスは思った。

 アズリテもエルミスも顔を見た事がない。
 つまり、二人が生まれた時にクルスの存在は既になかった。
 この集落に滞在していないだけだったのか、あるいは、もっと根本的にだったのか。

 いなかったクルス、辿り着きはしたがいなくなってしまったガウリィル。
 更に言うなら、恐らくはもっと前の段階で姿を消していたルキフェル。

「幸せ、な・・・私を“幸せ”とやらにすれば、それが“幸せ”なのか?・・・あいつ等は望みの先へと行ったのに幸せではなかったのか・・・」

 言葉で疑問を表記しアスの唇は綴る。
 けれどその内容は、アズリテやエルミスへと向けた問いかけではなかった。

 深い淵へと沈み行く様に、何処か粘性すらも帯びいそうな流れが絡みつく。
 仄暗くも無機質な闇が周囲へと満ち、何も無い事こそが、根源的な圧迫感を伴いアスへと圧しかかる。

「水は映す、水は伝える、水は湛えられて、流れ行く・・・何を見せて何を伝えたかった?どんな想いを伝え、何処へと誘う?」

 アスは問う。

「私はやはり想いの機微に疎いから、言って貰わなければ何時までも分からないままだ」

 アスは言葉を重ねる。

「ガウリィル、何を思って王妃の座を、隣にいたいと願った筈の場所を追われた?」
「貴方の為だ!」

 凪いだ声で核心を問い、それに荒げた声で答えとも遮りとも取れる声でアズリテが応じる。

 けれど、受け取り見返すアスの目は、その激情を映しても、無感動なままに声音と同じく凪いだままだった。

「私のせい、な」
「貴方のせいとは言ってない!」
「誰かの為と、誰かのせいって言うのは結局のところ同じだよ」
「想って行動したことと、行動した結果を押しつけることが同じな筈がないだろ!」

 自分の行いだろうと、他者の行動についてだろうと、動くその理由を相手へと求める時、求めたその瞬間に“理由”は“責任転嫁”へと変質してしまう危険性を孕む。アスはそう思っていた。

「私のに、聖女殿は何かをして、その結果としていたかった筈の場所を追われた。聖女殿の行動は聖女殿の意思だが、その結果が、追われると言う聖女殿にとって良くない結果へと続いていたのなら、それは私のせい・・へと意味合いを変える」
「責任を押し付けようなんて、思っていない」

 噛み締め、押し殺し、平静を取り繕おうとして憮然とした様に告げるアズリテのその心の動きを見詰める瞳の動きに見ていた。
 アスは瞬かせた目をエルミスへと向け、もう一度アズリテを見る。
 そしてゆるやかに首を傾げた。

「・・・お前は私を怖いと言うのに?」

 アスのその言葉は、告げたアス自身からしては本当にそれだけの意味しか持たないものだった。
 そう思ったから、違うのだろうかと疑問の形にしただけの言葉。
 けれど、その瞬間までそう考えの至っていなかったアズリテは、自覚が出来ていなかっただけに突き付けられた形で、アスの疑問を受け取らされる事になってしまったのだろう。
 だからこそそれは、発したアスが意図していなくてもアズリテに取って糾弾と言っても良い程の言葉になっていた。

 見張る目に、息を呑むアズリテ。
 他所に、アスはそもそもが意図していない事だったのだから、気に止める事なく自身の思考を続けている。

「私の為に、聖女殿は剣聖殿のそばへといる為に許容したであろう王妃と言う地位を失い、命すらも脅かされた・・・いや、聖女であり、“水”であるガウリィルを殺すことは難しい」

 勇者や聖女は選ばれたが所以の加護を持つ。
 過酷な使命を果たす為の、その課せられた重責に見合わぬ程の僅かばかりの祝福は、それでも選びし側からの恩寵なのだ。
 病を払い、障りを退け、悪心を寄せ付けず、平静を常とする。
 簡単に要約すると、病気になり難く、悪意を持たせず、どんな事態にも動じる事がない。そんな効果を加護として得ているらしい。

 けれどそれは、あくまでも耐性を上げるだけの効果でしかなく、無効化等の完全防御と言えるものではないのだとアスはガウリィルから聞いて知っていた。
 だからアスは、見合わないと。そう思うのだ。

「見合わなくても、加護は加護。ひとが扱うものが聖女殿を害する事があっても、果たして殺すまで行くとなると、やはり“因果”に触れる」

 無効化でなくても加護なのだ。
 悪意がガウリィルを傷付け、病で蝕まれ様と、その害意を向けて来るものが人である限り死には至れない。
 それが勇者や聖女が持つ加護の力。

 何がガウリィルの身に起きていたのだろうかと、アスは促す意味合いを込めてアズリテを見た。

「・・・光に在りしを眠らせ、魔に魅入られしを滅す」

 僅かばかりの躊躇い、そして殊更緩慢に、それでも動く唇の様子をアスは見ていた。
 排した想いにか滔々とアズリテは告げる。
 それは詩の一節を吟じるかの様に。

 見返すままにアスはアズリテを見詰め、そしてふっと空気が抜けるかの様な嘆息とともに言葉を吐き出すのだった。

「常闇の雫、大聖堂の秘薬を飲んだ訳か、どうりで」

 納得の言葉とともにアスは目を少しだけ細めてエルミスを見遣る。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...