月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

29 藍青の事情

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「まぁ私にも色々とあった、ってことで、そちらの話に戻るが、お前達、色々と共有し過ぎて影響が出てるだろ?
口調とかが分かりやすいが、藍珠らんじゅは、今の状態が本当だとすると、起きている時のあれは生育不全で、情緒欠如、藍晶らんしょうの魔女は、さっきの感じだと思考力に意識がついていかなくなっている」

 少ないが、交わした会話等、出会った当初の事をアスは思い出していた。
 カイヤやラズリテと一緒にいたアズリテは二十代前と言った感じだったが、まだ何処か少年っぽさを残していて、今、アスの目の前にいる青年は、アズリテだと分かるものの既に大人の顔付きをしていた。
 年齢的に十は違わないが、五歳程度の開きはあるだろう。
 それから、長の補佐を名乗り、自らを律していると言う部分も確かにそうなのだろうが、どうにも喜怒哀楽に対する反応が鈍いのだと言う部分もアスは気になっていたのだ。
 個性と言ってしまえばそれまでかもしれないが、今見ているままが素だとするなら、やはり抑えていると言う言葉だけでは済まない影響が出ていると思うところがあるのだった。

 そしてエルミスの方は、先程までの幼い言い分とかくれの庵で邂逅した時の様子を比べれば言わずもがなだろう。
 命を削る程に使っている力と、やりたいこと、そうまでしても上手く行かなくて言葉を重ねるだけの様相は、癇癪を起こしている子供だろうか。
 やらなければいけないとの想いだけが強過ぎて、どうやってや何故と考える意識が乖離してしまっている。 

「今のお前達は、一人分の能力スペックを二人で無理矢理共有している。そうする事でようやく 生きていられた」

 結論に、そして、その状態が限界を迎えている事を、言葉でなくひたりと見据える眼差しだけで告げる。
 アスから合わせた目に、逸らす事を許さないと言う様に。

 迎えつつあるのではなく、迎えている。
 もうとっくに手遅れであり、もっと言うならば、不可避を許容出来なかったが故の現実。分かっている筈だとそうアスは突き付ける。

「私たちは・・・」 
「誰も聞くことのない幼いが故の純粋過ぎる願い叫び世界ことわりへと芽生える聖女として生まれ出でる筈のその有り様を歪め、魔女に堕とす程の狂った渇望。
折り良く、ひとつの魔女足り得た魂が砕け散ったところだった」

 開く口に、何事かを言いかけるアズリテの言葉を許さず、アスは重ねる言葉へと、その双方を見詰め続ける。

「なあ、藍晶らんしょうの魔女、リィルは無事に還れたのか?」

 アスは自分の願いを叶えてくれると言うのなら、その答えこそが知りたいと、そう自身を見詰め返している静謐の瞳へと問いかけた。

「・・・やはり、私は、貴方が怖い」
「ん?」

 一言一言を発音を確めるかの様に口にするアズリテへとアスはようやく目を向ける。

 アズリテとエルミス、二人揃って姿を見せてから喋っているのはほぼほぼずっとアズリテだったが、アスの目は、その時までエルミスの瞳だけを見ていた。

「私たちは、互いの為に、母のいた場所を奪い取った。
“水”の魔女たる存在と言う居場所、それがなければ私達はこの世界で産声を上げることすらかなわなかった」
「・・・・・・」

 沈黙と向けたままの眼差しだけでアスは続きを促す。
 強張った表情と揺れる瞳。逡巡は一瞬き分で、そうして観念したかの様にアズリテは再び口を開く。

「・・・私たちを身籠った状態で、どうにかこの地にまで辿り着いた、かつての聖女ガウリィルは、その時点ではまだかろうじて意識があったそうだ」
「かろうじて、か」
「自らの足で一人青の洞を下り、そのまま誰一人立ち入りを許されない状態で三月、代替わり前だった今の長が呼ばれた、その時には既にガウリィルの姿はなく、変わりに私たちの存在があった」
「勇者として現代に名前の残る剣聖殿と結ばれて、南方域メリディエスにある国の一つ、アレクサンドリートの王妃になった。そこまでは聞いている」

 それはフェイによりもたらされた情報。アスが去った後の出来事。

 魔王討伐パーティの一人、剣聖クルス・シンは、当時のアレクサンドリート王国、国王の血を引いていた。

 母親違いの兄二人と弟妹が一人ずついると、その話を聞くだけで、何故クルスが教会と言う場所に身を寄せていたのか、だいたいの予想がつくと言うものだった。
 そして、案の定言うべきか、パーティの仲間のとしてそれなりの信頼関係が築かれた時に語られたクルスの生い立ちは、その予想に違わないものだった。

 クルスの母親は子爵家の令嬢であり、側妃の侍女として行儀見習いで王城に上がっていたところを国王の御手付きとなったらしい。
 御手付きとなりクルスを身籠り、けれど既に公爵家令嬢の正妃と辺境伯側家令嬢の側妃とその子供がいた為に、子を成しながらも妃とは認められなかった。
 妃とは認められていない、妾でしかない女性が生んだ男児。その時点で微妙な立場なのだが、クルスは幼い頃から文武ともに優秀さの片鱗を見せてしまったらしい。
 そうして、分かりやすく具現化した周囲の殺意にクルスの母親は犠牲となった。

 その直ぐ後に、クルスは父である国王の意向で教会送りとなったらしいのだが、それは果たして身を守る為だったのか、単に厄介払いだったのか、アスには分からず、そしてクルスがどう考えていたのかも聞く事はなかった。

「嫡子だった長男と、スペアの次兄が先の戦いで戦死していたこともあって、勇者として使命の旅を無事に終えた父は教会から戻され、その功績を以て立太子されたらしい


 記憶を辿るアスの耳に、アズリテの淡々とした説明を続ける声が揺蕩う。
 エルミスとは異なり、“声”として耳が言葉を聞いているのに、その声は僅かに震える様な不思議な響きを帯び、エルミスの“聲”と同じ様に周囲の陰影を揺らめかせていた。

「何せ、世界を救った勇者様だから、聖女である母との婚姻もあって、そのまま王になったようだ」

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