月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

27 誰が為の願い

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 濃い紫色の衣は聖職者が纏う法衣ローブを思わせる。
 足首まで隠す程の丈がある布地は、上質だと分かる滑らかな光沢があり、豪奢な意匠ではないが、繊細な刺繍が蔦の様にも文字の様にも見える模様を幾重にも描いていた。

 佇む何者かの存在。その場所だけ時の流れが異なっているかの様な侵しがたい空気の静謐さとともに、青年は青の洞の前にただ在る。

「はじめまして、無惨にも片翼を失い地を這う鳥」

 出会って向けられた美しい微笑みは、その精緻な細工ものの如く調い過ぎた壮麗たる面持ちに神々しくすらあった。
 そして、告げられたその言葉の為に、フェイは表情を作り忘れたまま沈黙を余儀なくされる。

「ふふ、ともに飛ぶ風を失ったことで、囀ずることすらも忘れてしまったようですね?」

 傾げられる小首の仕種に、月白色の布地の胸もとへと垂れた柔らかな宵時色の髪。
 フェイにとって揶揄するかの様な言葉に反して、仕種は無邪気にしか見えず、その笑みに悪意は欠片も窺い見る事は出来ない。
 けれど、口にされる言葉は、これ以上ない程にフェイを詰ろうとするものだった。

「・・・唄を失い、囀ずる声すらもお耳汚しな喘鳴に過ぎないものかもしれませんが、初対面の筈でもありますし名乗らせて頂きましょう。
 翠翼すいよくの魔女フェイと申します、使徒様」

 表情と同様に、感情の抑揚を欠いた声音でフェイは“使徒様”と瑠璃色の無垢な瞳へと自身を告げる。

光でありル・シル・光を齎す者ルカ使徒アポストロスを名に持つ者だ」

 フェイの言へと肯定を返し、使徒を名乗る青年は自身をそう名乗って微笑むのだった。



※※※※※


「まあアイツのことはどうでも良いんだが、人の深層心理が分かるのなら、私の“幸せ”とやらが分かるのだろう?何故この時を繰り返している?」
「わたしはあなたを幸せにする。わたしにはあなたを幸せにすることができる・・・だから、あなたはただ望めば良いの、それだけで、そのはずで、なのにどうして?」

 重ねられる言葉は繰り返す。
 アスを幸せにして、アスが幸せになる事を。
 そして望む。アス自身がそう望む様にと。

 つまりは具体的な表現で相手へと望まれなければ、それを叶える事が出来ないのだろう。
 アスは一度はそう考え、けれど、と、ならば今までのものは何を基準にしての事だったのだろうと、直ぐに考えを保留にせざるを得なくなった。

「そもそもだ、私は幸せではないのか?」
「・・・・・・え?」

 心底不思議そうに問うのは、声の相手が“幸せ”と、その言葉を使い始めてから、アスがずっと思っていた事だった。
 そもそもと、アスが言った様に、恐らくは現状に至る前提であり、まずそこを確認せねば始まらないのだ。

「旅自体に関してなら、私は勇者と会う前には引きこもっていたからな、久しぶりに見た世界は新鮮で、引きこもる以前の国々の生活水準や食糧事情を考え見れば、それ程の苦労はなかった」

 魔王の誕生が知らされ、勢い付き、凶暴化した魔物や魔獣の脅威から徐々に文明が衰退していっていたらしいが、そもそもアスはその魔王誕生以前をはっきりとは知らなかった。
 完全に引きこもっていた訳ではないが、住み家して気に入ってしまった場所が、秘境も秘境と言った場所だったので、町まで出掛けると言う手間が面倒になってしまっていたのだ。

 人の手の及ばない秘境なのだから、当然魔獣達の楽園であり、そして弱肉強食の世界でもある。
 必要最低限の買い物すらも億劫と思っていたぐらいなのだから、物資も常に不足していた。
 そんな場所にいて、普通に生活していたのだから、アスがあの勇者達の旅にそこまでの苦労を感じていた訳がないのだった。

 その事をなんでもない事の様にアスは説明する。
 そして、ふと思い出した様に続けるのだった。

「まぁ、魔女への忌避感は相変わらずだったな」

 と、
 魔女と認めた時の周囲の畏怖と嫌悪の眼差しを思い、アスは静かに笑みを深める。
 アス自身に自覚があるのかどうか、それは、自嘲ではないが諦感とも異なる、けれどアスの普通とは異なる、どんな感情も窺い知れないそんな全ての思いへと蓋をして、覆い隠してしまったかの様な笑みだった。

 そして、アスのそもそもの生活を知り、あの旅を過酷でなかったと言いきるアスの話しを聞いて沈黙していた相手が、その言葉に息を吹き返したかの様な反応を示した。

「魔女を嫌がり、憎む、追い詰めて追い掛けて、・・・は優しくなかった」

 悲しげではなく、怒りでもない。
 滔々とした声の響きは諦めにも似ていたが、それだけでもなかった。

 けれど、その感情を、何があったのかをアスは問わない。

 時間がないのだと、それを匂わせる発言を聞き、その事に基づくであろう行動を見てきた。
 なのに、相手の目的がアスには分からず、上手く相手との繋がりを持つ事も出来なかった為に、ここまで相手へと能力ちからを使わせてしまったのだ。

「それで、“私を幸せにする”と、その願いを叶えれば、終われるのか?」

 今、向こうからアスへと接触して来た事で持つ事が出来た繋がりに問う。

「あなたが幸せになる。その後はあなたしだい、ここに留まり・・・」
「違うよ、私が聞いたのは、貴方がちゃんと終われるか、そこなんだ」
 「・・・・・・」
「今まで、中継を通しての存在を感じさせる程度だったのが、ここに来てのこれだ、をもう考えてはいないのだろうな」

 既に限界である筈なのに、扱われる力がある。
 自らの命の、或いは仲間の危機に直面して、身の内に眠る潜在能力に目覚める。そんな都合の良い展開等アスには望むべくもなく、ならばどうするのかと言う話。

 災禍の顕主、魔王との戦いの最終局面でアスが取った手段と、この会話の相手、が用いているものにおそらく大差等ない。
 取れる手段には限りがあり、代償として差し出せるもの等、限られているのだから。

「一緒に連れて行くどころか、片割れの方が先に死ぬぞ」
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