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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
26 ゆめみるもの(2023.4.1修正)
しおりを挟む「見せられているものの内容どころか、始まりも終わりもこちらでは決められなかったが、その結末は私の意思が反映されていた」
何回も、何十回もアスはその時を繰り返していた。
旅の終わり、勇者が使命を果たしたその先に訪れたであろう時。
感謝と羨望。尊敬と敬愛。祝福され、歓声を以て凱旋を迎えられるその瞬間をアスは何時の時も見守り、見届ける。
「ここは一つの世界、だから、だれの望みでも邪魔されることなく叶うの」
「確かに、見ているものも聞こえているものも、触れるものや空気の感じすらも過ごしている間は本当だと感じていたな」
アスは既にこの世界が“夢”であると分かっていた。
夢を夢と自覚しながら見ている明晰夢の状態は、現と遜色のない、けれど、アスの知らない、知る事のない時間だった。
一度、光景が始まってしまえば、アスは展開される世界の登場人物となり、終わりまでの行動を委ねられる。
そして、アスは委ねられる行動の中で、何時だって勇者達のもとから離れる選択をして来た。
魔王を倒したその瞬間に、帰還の船を待つ間に、船の到着と共に聞く最初の歓声の中、多少の時差はあれど、アスは一度の例外もなく勇者達のもとから去り、姿を消してしまう。
そして、勇者達か讃えられ、数多の歓声を以て迎えられる瞬間を観衆の一人として見届けて、その場を後にする。
だいたいその辺りで終わりが来るのだった。
「そう、だからあなたはただあなたの幸せを願えば、それだけでいいの」
「・・・・・・」
声が告げて来る内容にアスはただ笑う。
うっすらと、それでも笑みだと分かる表情で笑うアス、けれど何の感情も窺わせる事のない凪いだ瞳がそこにはあった。
「あなたは勇者といっしょに使命を果たした英雄の一人として歓声をもってむかえられて、皆があなたをほめて、すごいって認めるの」
声は語る。アスの様子に気付く事なく、自分が思い描いているであろう光景の話を。
「だれもがあなたに笑顔を向けて、歓迎してくれる。おいしいものも、きれいなものもたくさん、全部あなたが望むまま」
その光景が、声の主が考える、アスにとっての正しい世界なのだろう。
そうようやくアスは理解した。
だからこその凪いだ瞳と、静かな笑顔だった。
「何をしたいのか、ずっと分からなくてな・・・私が私の幸せとやらを、この世界で謳歌すると、そう言うことか」
「ここはわたしの世界。わたしの本当。だからわたしにできないことはないの、あなたが願ってくれれば、わたしはあなたをどんな風にも幸せにできる」
少しだけ弾む響きを、告げて来る声が帯びていた。
その幸せをアスが望んでいると、願って止まないものだと声はそう信じきっているのだろう。
疲弊した心へと射した希望の光。
その先にあった皆の幸せ。未来への幸福をもたらしてくれたものへの感謝。
向けられるであろう、それらの惜しみ無い気持ちを受け取ること。
名誉と報奨、有事の際にはと下心もあるであろうが、どの国もこぞって授けてくるであろう褒美に、その後の生活には何不自由する事なく過ごせるだろう。
「私を幸せに、な、それが、貴方の母親の望みか?」
自分の幸せを語られていると言うのに、アスが思い描いたものへと感じるのは何処までも他人事の様な感覚。
だからただ確認するのは、自分の事ではなく、それを、この声の相手へと願ったであろう誰かの事。
そしてアスは率直に、何気なくもその相手の存在を聞いたのだった。
「母様だけじゃない、リコもお父様もあなたが心安くあるようにって、幸せであることを願ってた」
「直接聞いたのか?」
アスの様子をどう思うのか、声はあっさりと明かすが、その答えだけではどんな話を聞いているのかまでは分からない。
分からないが、それにしてもとアスは思った。
子供に何を聞かせているのかと少しだけ顔を顰めてもいた。
基本的にあの三人は素直なのだとアスは知っている。
実直だったり、率直だったり、実は天然だったりと素直の性質は違うが、相手を思って婉曲な言い方を選ぶとか、配慮をして遠回しな表現を使う、またはそもそもその事実を相手に伝える事で相手がどう感じるかの感覚が抜けているのだ。
その点はアスも同類なのだが、アスは自分以外に対してはその判断が客観的に出来ていた。
あの三人が、アスがパーティを離れた時の見たままをこの声の相手に語っていたとしたらとそう思わずにいられないのだ。
(いや、そもそも・・・)
けれど、続く答えで声はアスの思った事を否定する。
「みんな心の深いところが海へと続いてる」
「海・・・」
“海”とその単語を反駁しながらアスは緩やかに目を瞬かせた。
「その海にはキラキラしたものが降ってくから、それをわたしは聞いていたの」
「海、内なる海・・・、深層意識の更に先、集合的無意識の海だったか?」
その話をしていたのは誰だったか、アスの遠く近く錯綜する記憶に柔らかな光を湛える瑠璃色の瞳が朧気に浮かんで来た。
幼く聞こえる口調と声音に、けれど彼が語る言葉は中々に難解で、それもその“海”で得た知識だと言っていた。
「わたしは自由にその海を行き来する」
「・・・ルカの、懐かしいな、かなり薄いが繋がりを得たのか」
黒にも見える 紫紺の髪は硬い癖っ毛で、可愛い顔立ちなのに、口を開くと時にとんでもない毒舌が飛び出す。
「光の使徒、熾天の誕生を告げる者、アイツか」
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