月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
170 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

25 ※※な夢

しおりを挟む
 
 眼下に一望する王都アルデバランの城下町。
 そこは町のシンボルとして、中央広場近くに建立された時計台最上部の鐘楼部分であり、普段は時計塔を管理する者しか訪れる事のない場所だった。

 空へと打ち上げられる花火へと続いて舞う花吹雪を間近に眺めて歓喜に沸く人々の声を聞く。
 広場だけでなく、王都の主要な大通りを埋め尽くす人、人、人。
 
 それもその筈で、今は魔王を倒した勇者とその仲間達を讃える祝勝会が国を上げて催されており、先程丁度、アルデバランの国王による開催宣言とともに勇者パーティのパレードが始まったところなのだ。

「・・・・・・」

 世界に平和を齎した勇者とその仲間達を一目でも見ようと、押し寄せる人々。
 その誰もが勇者等の偉業を讃え、この先未来へと希望を馳せる。
 一欠片の陰りもない、幸福に満ち溢れた笑顔だけがそこにはあった。

 頑丈な金具に吊り下げられた巨大な鐘を背に、アスはそれらの光景を一人見下ろしている。

 何をするでもなく見ていれば、一際大きくなる歓声が広場中へと広がった。
 気が付けば、勇者達のパレードが中央広場へtと差し掛かっていたのだ。

 先頭を行く勇者ルキフェルが、広場の中央に設えられた舞台の上へと聖女ガウリィルを導く。
 少し距離を開けながらも続く剣聖クルスと、聖女の侍従であり、偵察役スカウトのリコリス。
 クルスは上げる片手に社交的な笑顔で民衆へと応え、リコリスも取り繕われた笑みで機械的に手を振っていた。
 そして、同じように手を振って皆へと応えていたルキフェルとガウリィル。
 しばらくそうして讃えられていたが、突然仲間達を振り返り、ルキフェルが縁台の上で愛おしげにガウリィルの腰へと手を添えて自らの方へと引き寄せた瞬間に歓声は最高潮に高まるのだった。

 世界を脅かし、滅ぼしかけた魔王の存在は倒され、それを成した勇者とその仲間達が歓声を以て讃えられている。
 何の憂いもない、幸福な未来を象徴するそんな光景がそこにはある。

 その光景を見届けて、アスもまた微笑んでいた。
 嬉しそうに、愛おしむ様に、ただ優しげな笑みがそこにはあり、そして、頃合いを思う。

 見ていた光景へと背を向け、その場から立ち去るべく一歩を踏み出・・・・・・


「なぜあなたはあの場所にいないの?」
 
 問う声は、鈴が転がる様に軽やかで美しい響きがあった。

 陰る視界にアスは踏み出そうとした足をその場へと戻す。
 世界そのものが失う明度、喧騒もまた遠く、祝福と光の光景はまだそこにあるが、水鏡越しに見る映像であるかの様にその景色は遠く不鮮明だった。

「私の場所でないからだろう」

 何を言うのかとばかりにアスは、少しばかり笑みを含んだ声で答えを返す。

「どうして?」
「あそこが魔王を倒した勇者とその仲間を讃える為の場だからじゃないか?」

 軽やかで美しい、けれど、感情の機微を窺わせる事のない硬質的な声が問を重ね、やはり何を聞かれているのか分からないと言う様に、アスの声に訝る響きが乗る。

「あの人たちとあなたも旅をしたのでしょう?それで魔王とも戦って、だからあなたの場所でもあるんじゃないの?」

 淡々とした喋り方。
 なのに何処か追い詰められ、余裕がない様にアスはその声の主を思った。

「痛くて、つらくて、苦しい・・・この光景を見るための旅だったんじゃないの?」

 続けざまに問われて、アスは思わず苦笑してしまう。

「皆かなり怪我をしたし、物資が尽きた状態で荒野を数日歩くことになった時は、さすがに苦しかったしきつかったが、辛いとか嫌だとかは思った事はなかった・・・か?」
「そこは疑問系なんだ?」
「飲まず食わずで、眠る暇もないどころか、碌な休息もとれない状態で上位クラスの魔物との連戦、あれはアウトだろう」
「よく生きてたね」
「まったくだ」
「でも、ならやっぱり、あの光景はあなたのものでもあるんじゃないの?」

 何時の間にか聞こえていた歓声は囁き程の音量に、そして光の光景は遠くにある窓を眺め見る、その程度になってしまっていた。

「幾つ目だ?勇者達が讃えられ、皆が歓声に沸く、あの戦いの後の凱旋の光景だろ?」

 平和の訪れで、害される事のない希望に満ち溢れた日々の始まり。
 アスはその光景を見ていた。
 場所が変わり、場面が変わり、けれど変わる事のない讃えられる勇者とその仲間達の存在に、誰もが浮かべる陰りのない笑顔をアスは眺め、そして微笑んでいた。

「そう、あなたが受け取るべき光景」
「いや?私はいなかったんだからそれはないだろう」

 何を言っているのかとばかりに真顔になりアスは首を傾げる。

「どうして?なんであなたはあそこにいないの?何度も、何回も見せてあげた」
「一つの旅の終わり、皆が望んだあの日の光景だな」
「あなたが望めば叶うのに!どうしてあなたはここにいるの!」

 声はやはり硬質的で、けれどその強くなる語調にその心内が露にされている様だった。

 アスは眺め見る茫洋とした眼差しに何もない闇をその双方へと映す。

「あなたは裏切りになんかあってない!ここでなら幸せになれるの!」

 声音は硬く、その言い聞かせ様とする響きは懇願じみてアスには聞こえた。

「・・・幸せにか、成る程、ようやくこの場所の意味が分かった」

 伏せ目がちにする双眸にアスは少しだけ考え、そして一つ頷いてみせるとそう告げたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

処理中です...