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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
25 ※※な夢
しおりを挟む眼下に一望する王都アルデバランの城下町。
そこは町のシンボルとして、中央広場近くに建立された時計台最上部の鐘楼部分であり、普段は時計塔を管理する者しか訪れる事のない場所だった。
空へと打ち上げられる花火へと続いて舞う花吹雪を間近に眺めて歓喜に沸く人々の声を聞く。
広場だけでなく、王都の主要な大通りを埋め尽くす人、人、人。
それもその筈で、今は魔王を倒した勇者とその仲間達を讃える祝勝会が国を上げて催されており、先程丁度、アルデバランの国王による開催宣言とともに勇者パーティのパレードが始まったところなのだ。
「・・・・・・」
世界に平和を齎した勇者とその仲間達を一目でも見ようと、押し寄せる人々。
その誰もが勇者等の偉業を讃え、この先未来へと希望を馳せる。
一欠片の陰りもない、幸福に満ち溢れた笑顔だけがそこにはあった。
頑丈な金具に吊り下げられた巨大な鐘を背に、アスはそれらの光景を一人見下ろしている。
何をするでもなく見ていれば、一際大きくなる歓声が広場中へと広がった。
気が付けば、勇者達のパレードが中央広場へtと差し掛かっていたのだ。
先頭を行く勇者ルキフェルが、広場の中央に設えられた舞台の上へと聖女ガウリィルを導く。
少し距離を開けながらも続く剣聖クルスと、聖女の侍従であり、偵察役のリコリス。
クルスは上げる片手に社交的な笑顔で民衆へと応え、リコリスも取り繕われた笑みで機械的に手を振っていた。
そして、同じように手を振って皆へと応えていたルキフェルとガウリィル。
しばらくそうして讃えられていたが、突然仲間達を振り返り、ルキフェルが縁台の上で愛おしげにガウリィルの腰へと手を添えて自らの方へと引き寄せた瞬間に歓声は最高潮に高まるのだった。
世界を脅かし、滅ぼしかけた魔王の存在は倒され、それを成した勇者とその仲間達が歓声を以て讃えられている。
何の憂いもない、幸福な未来を象徴するそんな光景がそこにはある。
その光景を見届けて、アスもまた微笑んでいた。
嬉しそうに、愛おしむ様に、ただ優しげな笑みがそこにはあり、そして、頃合いを思う。
見ていた光景へと背を向け、その場から立ち去るべく一歩を踏み出・・・・・・
「なぜあなたはあの場所にいないの?」
問う声は、鈴が転がる様に軽やかで美しい響きがあった。
陰る視界にアスは踏み出そうとした足をその場へと戻す。
世界そのものが失う明度、喧騒もまた遠く、祝福と光の光景はまだそこにあるが、水鏡越しに見る映像であるかの様にその景色は遠く不鮮明だった。
「私の場所でないからだろう」
何を言うのかとばかりにアスは、少しばかり笑みを含んだ声で答えを返す。
「どうして?」
「あそこが魔王を倒した勇者とその仲間を讃える為の場だからじゃないか?」
軽やかで美しい、けれど、感情の機微を窺わせる事のない硬質的な声が問を重ね、やはり何を聞かれているのか分からないと言う様に、アスの声に訝る響きが乗る。
「あの人たちとあなたも旅をしたのでしょう?それで魔王とも戦って、だからあなたの場所でもあるんじゃないの?」
淡々とした喋り方。
なのに何処か追い詰められ、余裕がない様にアスはその声の主を思った。
「痛くて、つらくて、苦しい・・・この光景を見るための旅だったんじゃないの?」
続けざまに問われて、アスは思わず苦笑してしまう。
「皆かなり怪我をしたし、物資が尽きた状態で荒野を数日歩くことになった時は、さすがに苦しかったしきつかったが、辛いとか嫌だとかは思った事はなかった・・・か?」
「そこは疑問系なんだ?」
「飲まず食わずで、眠る暇もないどころか、碌な休息もとれない状態で上位クラスの魔物との連戦、あれはアウトだろう」
「よく生きてたね」
「まったくだ」
「でも、ならやっぱり、あの光景はあなたのものでもあるんじゃないの?」
何時の間にか聞こえていた歓声は囁き程の音量に、そして光の光景は遠くにある窓を眺め見る、その程度になってしまっていた。
「幾つ目だ?勇者達が讃えられ、皆が歓声に沸く、あの戦いの後の凱旋の光景だろ?」
平和の訪れで、害される事のない希望に満ち溢れた日々の始まり。
アスはその光景を見ていた。
場所が変わり、場面が変わり、けれど変わる事のない讃えられる勇者とその仲間達の存在に、誰もが浮かべる陰りのない笑顔をアスは眺め、そして微笑んでいた。
「そう、あなたが受け取るべき光景」
「いや?私はいなかったんだからそれはないだろう」
何を言っているのかとばかりに真顔になりアスは首を傾げる。
「どうして?なんであなたはあそこにいないの?何度も、何回も見せてあげた」
「一つの旅の終わり、皆が望んだあの日の光景だな」
「あなたが望めば叶うのに!どうしてあなたはここにいるの!」
声はやはり硬質的で、けれどその強くなる語調にその心内が露にされている様だった。
アスは眺め見る茫洋とした眼差しに何もない闇をその双方へと映す。
「あなたは裏切りになんかあってない!ここでなら幸せになれるの!」
声音は硬く、その言い聞かせ様とする響きは懇願じみてアスには聞こえた。
「・・・幸せにか、成る程、ようやくこの場所の意味が分かった」
伏せ目がちにする双眸にアスは少しだけ考え、そして一つ頷いてみせるとそう告げたのだった。
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