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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
23 血の繋がりに意味はありますか?
しおりを挟む「そう言えば姉さんは勇者クロスフォートには会ったことがありますよね?」
「そうなのですか?」
「勇者クロスフォート?誰だそれ?」
初めて聞く話に怪訝そうな反応を見せるフェイの様子以上に、首を傾げたエメルの反応は芳しくなかった。
フェイが首を傾げるのは、公式に勇者とされているクロスフォートと次代の魔女であり集落の長であるエメルが会っていたと言うその点である。
勇者クロスフォートの名前は現代において、知らない者等いないとされる程に有名だった。
なにせ彼は、前回の災禍の顕主こと魔王の討伐を成し遂げたとされる真なる英雄として未だに各地でその偉業が語り継がれているのだから。
けれどだからこそ、会ったことの事実以前に今代として勇者ミハエルがいる今でも、先代の勇者としての伝説となっているその存在を、エメルが本当に知らない人と言った様子なその意味がフェイには分からないのだった。
「勇者パーティの剣聖であり、聖女ガウリィルの騎士、南の王政国家アレクサンドリートの六代前の国王です」
「・・・・・・」
「“青珠”の姫巫女ガウリィルを汚した金毛の野獣」
「あ、あのデカい図体の金髪赤眼のケダモノ」
自分の知る情報から公にされている情報までの幾つかをカイヤが並べるが、唇に立てた親指の背を宛て、視線を上方へと逸らせると言う、一応の考えている風のエメルに理解の反応はなかった。
だが、ぼそりといった風に付け足された野獣云々のその一文言に、直後カッとエメルの双眸は見開かれる。
そして続いた低く唸る声音に、フェイはエメルの確かな侮蔑と嫌悪感を感じ取っていた。
鼻で嗤い、蔑みと不快感が渦巻く緑柱石の瞳。
それは、勇者ではないかもしれないが、勇者パーティの一人ではある、紛れもない英雄と呼べるであろう相手へと向けるものではない感情を内包した目だった。
「剣聖が勇者で、本当の勇者は歴史から消された。その理由と経緯は今はいいのでそろそろまとめに入って下さい」
「そうですね、彼がまだ勇者として在るのなら、青は彼を援助するでしょう」
「緑の連理も同じく、萌芽の魔女としても、先代の常盤の遺志を尊重するさ」
エメルの様子から、触れない方が良いと判断した内容からの軌道修正をフェイがはかれば、カイヤもまた然り気無くも素早く応じる。
そして、どうにか抱いた感情を一過性のものと出来たのか、エメルもまた応えて来た。
青と緑は集落の総意として勇者ルキフェルを支持する。
それは幾つもの意味を持った表明だった。
単純に今代の勇者ミハエルではなく、ルキフェルへ手を貸すとの意味。
歴史上からも存在を消されているルキフェルを勇者として扱うと言う意味。
半ば、俗世から隔絶している“集落”や“魔女”と言う存在が、公の存在である勇者に関わると言う意味。
それらの動きに附随するであろう出来事に対応し、それだけでも済まない数多の影響を見据えると言う意味を持った宣言。
「言葉通りであって言葉通りでないもの、言葉にされていない部分・・・でも、そうですね、まずは確かに、勇者として在るかどうか、そもそもその気があるのかどうかですが」
「勇者は典型的な“選ばれし者”ですから、当人のやる気は然程関係してきませんよ」
二人の思惑もだが、ルキフェルに勇者として動く気があるのかどうかともフェイは考えていた。
そもそもが、今の状態こそはっきりとはしていないが、現在に目覚めたその時、ルキフェルには自分が勇者だったと言うその自覚と認識が欠けていたのだから。
けれど、そんなフェイの思考すらもカイヤの笑みは杞憂だと告げる。
選ばれし者であり、自分で勇者である事を一度でも受け入れてしまったのなら、その選択をしなかった事には出来ないと、そして、“勇者”であるのなら“魔王”との対峙は不可避なのだと、ここにいる三人は知っていた。
「意志があるから選ばれるのでは?」
それでもそう聞いてしまうのは、フェイがルキフェルの自覚の有無、つまりはそれに影響している相手を気にしているからだった。
「どうでしょう、資格と資質の合致は必須だと思いますが意思の反映は微妙ではないかと」
「選んだ側の見る目、公には選ばれし者であると言うフィルターが仕事をしてくれている間は・・・・・・」
勇者に選ばれたと言う資質は、本人が勇者であると望み応える事で資格となる。
選んだ者と選びし者の意志が、同じ方向を向いている必要があるのだとカイヤは言う。
ただ、勇者である事を望んだ時、望んだ勇者像と、望まれている勇者像が一致するとは限らず、そして、一度勇者となってしまえば勇者となった者の理想等関係がない。
公には公の勇者像があり、見る者それぞれが、それぞれの理想と願いを“勇者”との存在に託す。
けれどそれはあくまでも公としての事でしかなく、大概の者の勇者像が勇者と言う存在に大々的な影響を与える事はない。
ようは有象無象の言葉等、そこにいる勇者と言う存在には本当に意味がないのだ。
フェイは勇者と言う存在を改めて考え、そしてそう思い至り直したところで自身の思考を言葉とともに切った。
カイヤとエメルの視線が吸い寄せられる様にフェイへと向けられる。
然り気無くも探る気配は、フェイが唐突に会話を切った事で何かを感じた為だろう。
「知りたかったこともある程度分かりましたので、私はこれで」
「フェイ?」
フェイは一方的とも言える素っ気なさで会話の終了を告げると、ベッドから出るべくブーツを履き直す。
顔には人当たりのよい微笑み、そして穏やかなだけの声音だった。
そんな様子のフェイを呼ぶカイヤの声には何処か戸惑いの響きがあったが、フェイはもうそれを気にする事はなかった。
「私達、いや集落の動きは分かったと・・・そうか」
「分からないことが多過ぎるんですよ、せっかくこうして集落の意向そのものとも言える長と言う存在と話す機会に恵まれたのですから、多少のリターンは欲しいところでした」
「“長”ですか」
何処か可笑しそうにも笑うエメルのただ頷くと言う反応は、納得したとそれ以上の意味が感じられないものだった。
応じるまでもなく浮かべられたままの微笑みはそのまままに、素っ気ない、或いは突き放したとすら聞こえる言葉をフェイは告げて行く。
そして、カイヤは苦笑していた。
今までの会話に親族として団欒的なものはなく、フェイはあくまでも情報収集目的だったと自身の線引きを告げも同然で、それをエメルとカイヤが汲み取った形だった。
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