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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
22 使い方
しおりを挟む「あの坊やからは先代の大樹、常盤の芳香を感じる。ここは本当だ」
「ああ、誓約、あるいは契約の解除を試みたのですね?」
「緩和だけでもとは思った」
視線を見えない筈の窓の向こうへと向けたままエメルが興味薄に語る。
坊やとは言っているが、先程までの真面目な表情で相手を茶化すと言ったおかしな感じは一切なく、それは何処か滔々とした口調だった。
「常盤の魔女がこの大陸を発つ時、貴方に継承を行ったことは聞いていましたが、その貴方でも契約への割り込みは難しいと」
フェイの言葉はエメルへの問い掛けではなく、ただそうであると言う事実を口に出して確認しているとそれだけの様子だった。
魔女と言う存在は引き継ぎが出来る。
その手段はかなり煩雑で、条件も厳しく、場合によっては継承する者とされる者、両者共に命に関わるとすらされていた。
エメルは様々な偶然と、とてつもない奇跡の果てに現在魔女を名乗っているらしいと、それがフェイの聞いているエメル本人の言なのだ。
「姪っ子であるお前さんはおいておいて、“あの人”と“あの子”以外の魔女と言うものに会ったことはないが、坊やに絡んでいる力は、性質が異なっていながら確かに同種だった・・・魔女との契約は魂に刻まれる、それが四つ、か?心は当たり前だが、身体まで食まれているな、あの坊やは」
「四人の魔女との契約ですか、本当に良くまともなままで生きていますね」
瞬かせる双眸で告げるカイヤは本気で驚いている様子だった。
「まともではないんじゃないですか?姿形は人ですが、そもそもが勇者ですし?」
勇者、とフェイが口にしたその単語には何処か含みがあった。
だが、その含みに気付いたであろうカイヤはフェイへと眇めた目を向けて来るが、結局は何かを言うでもなく、口を開いた先はそのまま会話の流れへと添っていた。
「それで、その契約の一つを同種で同じ性質を持つ姉さんが解除しようとして、未だに同種になりきれていないから失敗したと」
「リスクと成果が見合っていないならやる訳ないだろう、だいたい手を出しても出さなくてもあの坊やに先がないのは変わらないしな」
姉さんとカイヤが口にした事に、どうやら今は本当に親族としての会話の場であるらしいとフェイは納得した。
青と緑、各々の集落の長としての線引き、ルキフェルが去り確実に何かが起きている向こうへと向かう事すらせず今この時間は取られている。
この会話の意味と終着点をフェイは考えていた。
「世界を滅ぼす魔王と言う災厄の存在、討伐を成し遂げた人々の希望の象徴、勇者。その存在を英雄だ救世主だと最初は持て囃す」
不意にそう語りだすエメルは、まるで物語を朗読しているかの様に、けれど、喋りながらもカーテン越しの窓の向こうを臨む姿には、何処か情緒と言うものが欠けてフェイの目には映っていた。
「だがな、時と共に民衆は気付く訳だ、魔王と言う巨悪を弑することが出来てしまう化け物の存在に」
エメルの語りかけて来る口調は続き、そして唐突な終わりへと結論を繋げる。
「勇者は短命、まあそもそもが魔王との戦いから生きて帰って来る事も確実ではないんだが、ネフリーが言うにはあれは自滅らしい」
「ん?」
話の行方を想定しながらフェイは黙って聞いていたが、カイヤが疑問の声を上げた事で、エメルもまたカイヤを見返し語りが中断した。
声こそ上げなかったが、フェイがエメルへと向け直した視線のタイミングもまた、カイヤが声を上げたその時と一致していた為に、『自滅』と出て来た単語に引っ掛かったのはフェイもまた同じだったのだ。
「ん?ああ普通は知らないヤツか?私のネフリーは可愛いだけでなく、情報通だし頭も良いからな!」
満面の笑みでもう一人の緑の長であり、姉妹である存在を誇るエメルは、ネフリーとその名を口にする度に、これ以上ない程愛おし気な笑みを浮かべている。
そんな説明を放棄しているエメルの様子を他所に、フェイとカイヤはそれぞれで考え、そして答えに辿り着く。
「人の身にありながら人の身には分不相応な力をふるう代償、そんな力をどこから得ているのか、いえ、そう言う内情も込みで“勇者”と言う存在なのでしょうか」
「災禍の顕主、魔王、対抗するには人の身ではいられない・・・ええ、ならばむしろ契約はながらえる為のものと考えるべきで?やはり、いえ、内容の把握はしておきたくても無闇に触れるべきではないのでしょうね」
伏せ目がちなのは各々が各々の思索に没頭しているが為。
声に出している段階で、口に出して考える端から言葉として並べているものを誰かが聞く事は自由なのだが、カイヤもフェイも今は他者の言葉を求めてはいないのだった。
そしてそんな二人の仕種やら表情やらのとても良く似た様子を、エメルだけが面白そうに見ているのだった。
「利害が一致している部分だけなら手を貸します」
「貸借ではなく、ただの許容範囲の話しでしょう?」
他者の言葉を求めてはいなくても聞いていなかった訳ではない。
それぞれで思考し、考えながら聞き流しているだけで共有は出来ている。
「相談の形をとっていなくても済むお前さん達は本当に便利だが、やはり可笑しい」
珍しく真顔なエメルの感想だった。
「そう発言するのなら私達への理解が及んでいる訳ですよね?姉さんの言葉を借りるなら可笑しい者どうしですよ」
「ひとの揚げ足をとるとは見下げ果てたぞ弟よ!」
「何の話ですか」
エメルの糾弾しているらしい人差し指を細めた双眸で見遣り、これ見よがしな嘆息をカイヤが一つ吐く。
「彼が使えるかどうか」
「ん?」
「はい」
フェイのその言葉に、カイヤとエメルはスイッチを切り替えるかの様にじゃれあいを切り上げ、その表情を直ぐ様常日頃からの微笑みの表情へと戻した。
「今代では無理だと考えます。少なくとも今のままでは」
カイヤの台詞は、浮かべられた微笑みの表情のまま、淡々とした声音のもとに発せられる。
「先代である坊やに再び戦わせると?せっかく生還したのにまさしく鬼畜の発想だな」
「既に使えるかの確認をしていただいたようですし、今代では未だ届かない。そんな中で姉さんは代替として彼が使えると判断したからどうにかしようとしたのでしょう?」
「秀でた者は仕事も早いのだよ」
そう何でもない事の様に嘯くエメルは、婉然とした笑みで口角を僅かに上げるのだった。
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