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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

21 親族?の団欒??

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「確かに土足で構わない方の客間でしたが、そこから出入りされるのは想定外ではあります」
「その割りに、我が愚弟は直前に窓を開けるような余裕ぶりがあって準備万端と言ったようだったが?」

  嘆息八割、安堵二割と言った吐息を一つ溢すカイヤの言葉に、不思議そうに首を傾げながらも、その目に愉しげな感情を惜し気もなく晒すエメルが続けた。

 今集まっているこの部屋は、家主であるカイヤの意向で、基本靴を脱いで活動しなければいけないこの家の中でも土足のまなの動きを許されている区画だった。
 だからこそ先程のルキフェルは、何の躊躇いどころか差し支えすらもなく、外へと飛び出して行く事が出来たのだ。

 ルキフェルが飛び出て言った事で揺れていたカーテンは、カイヤがたった今閉め直した事でその動きを止めた。
 広い湖の水面を渡り、水気を含んで温度を下げた空気が室内へと入り込み、あの一時の間でも肌寒さを感じる程にしていたが、隙間なくカーテンが閉め直された事で、外と部屋の中の空気は再び隔てられて、快適とされる室温に調整され始める。
 この集落の家々は全てがその様な仕様となっており、建築の段階でその手の魔法が組み込まれ調整されているのだった。

「ご存知と思いますが大変なんですよ、この規模の家全体に作用するレベルの魔法の為の刻印シーリングは」
コアではないだろう?」
「その窓のところでも彼みたいな存在に壊されると、修復には間違いなく一日かかります。むしろ式に影響が残りそうなので、家そのものを立て直した方が無難かもしれない」
「頼りないと笑ってやるがそれ程か?」

 思わずと言った様に丁寧な言葉使いの崩れたカイヤの様子に、エメルは可笑しそうに口角を上げて試す様に首を傾げた。

 この家屋にかけられている室温を保つ魔法は、窓が閉められている事で万全な効果を発揮する。
 体調が思わしくないフェイの存在があった事で、勿論この部屋の窓は閉められていた。
 その閉められていた窓を、何処か鬼気迫る雰囲気となっていたルキフェルの動きに逸早く察知し対応したカイヤが開け放ったのだった。

「“勇者”ですからね」

 そして、そう答えたのは寝ていた筈のフェイだった。

「因みに、寝てはいますが眠ってはいませんでしたので」

 未だベッドで横になったまま、素知らぬ顔と言う表情こそしていなかったが、目を開ける事すらなくフェイは淡々と言葉を続けている。

「横になってじっとしているだけでもだいぶ違いますから」

 そのまま転がっていなさいとの無言の釘刺しとともに、驚いた様子もなく声をかけるカイヤは、フェイの暗にちゃんと今までの会話を聞いていたと言う告白も承知の上らしい。
 そして、驚いていないのはエメルもまた同じだった。

「そもそも、あの坊やがどう思っていたのかは知らないが、本当に聞かせたくない話しをするなら部屋から出るだろう・・・と言うか、随分と、伝え聞いていたイメージと違うが、あれが先代の勇者だと?」

 ルキフェルの去った方向へと向けられる眼差は、閉め直されたカーテンに阻まれてその先の光景を映す事はない。
 そんな自分の把握が出来ない場所に何を思うのか、釈然としないと言った様子でエメルは目を細めていた。

「そうですね、集めていた情報の帰還前とも帰還後とも一致しませんし、もしかしたら行方を追えなくなってからともまた違うのかもしれません」
「魔王討伐の前と後、その表舞台からの失踪後か?」

 ルキフェルが先代の勇者だと言う話は、既に三人の間では既知のものとなっていた。
 そのルキフェルと言う勇者について、当時の魔王の討伐を成し遂げたとされるその偉業から、二百年と言う歳月を経た今でも様々な逸話が各地には残されている。
 そこから窺える人となり等と、先程までここにいた、自分達が見ていたルキフェルと言う存在とがどうにも一致しないとエメルは言う。
 そして、フェイもそんなエメルの言葉を否定しなかった。

 否定はしないが、だからどうと、その先を追求する事もないのがフェイでもあるのだが、フェイにとって現状それはさほど気になる事柄ではなかったのだ。

「それで、色々と試していたようですがどうでしたか?」

 率直に、フェイは自身が知りたい事を問う。

「先代のものだけでもどうにか出来るかと思ったが、“契約”での縛りは私でも手が出し辛い」
「不可能ではないと」
「優秀な私は自分のリスク管理も完璧にこなしている」
「察しはつきますが、ここに私がいることを忘れないで下さい」

 フェイとエメルだけで進む会話にカイヤが待ったをかけた。

「では起きます」
「そもそも寝ていなかったでしょうに」

 上体を起こし、完全に眠る事を放棄したフェイに対して呆れ顔のカイヤの表情。
 対するフェイは別段の反応を示す事なく、ただ先程告げた言葉を少しだけ変えて繰り返すだけだった。

「寝てはいたじゃないですか、眠っていないだけで」
「そうでした。ですが、一度ちゃんとした意識の切り替えをした方が良いのは本当ですよ?」
「余裕があれば検討します」

 一瞬カイヤを見るフェイの双眸が感情を読ませないままに細められる。
 その反応を見てはいても、理解が出来ていないのだと、応じて瞬くカイヤの変わる事のない笑みでフェイは気付いた。

萌芽ほうがの魔女」
「私が萌芽ほうがの魔女であるのは純然たる事実だが、尊き先代の崩御からなる継承にはまだ時間がかかる」

 エメルの方はフェイとカイヤの会話を聞いているのかいないのか、そもそもの興味に薄い表情で今は部屋の調度品であるランプシェードを眺めていたが、フェイが萌芽ほうがの魔女とそう呼んだ瞬間、フェイの方を見ないままにもその唇が婉然と弧を描き単調な声音で告げた。

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