月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
上 下
165 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

20 そこにしかない幸福

しおりを挟む

「魔女、・・・?」
「見向きされないなりにもあの嬢やに構いたいなら、嬢やが魔女たる所以を上回るがいると、優しくない不肖な弟はそう言っている」

 わざわざ説明してやる私は優しいだろう?とそうエメルからの副音声が聞こえている様な気がして、けれども言われたルキフェルは、そんなエメルに気付いてはいても、気にしてはいなかった。

「魔女たる所以・・・アスが?」

 呟き伏せ目がちにする目は何処か戸惑う様に揺らめき、けれど、ルキフェルの思考は既にその一言へと向いている。

「あの子の夢に降りようとするこの子を送る時、少しだけ私もその眠りに触れたと思うのですが、・・・」

 ルキフェルの思考を窺い途切れされた言葉に、カイヤはこの子とフェイへと向けた視線から、続きを探す様にその視線を上方へと逸らして瞳をさ迷わせている。

 先程までは出なかったその話しと、初めて見るカイヤのまるで躊躇う様な言葉の選び方に、ルキフェルは頭の片隅での思考を続けながらも、カイヤへの横顔へと凪いだ眼差しを向けて言葉を待った。

「察しが良いのか直感的なものか、だからこそ私達は言葉を選ぶのですけどね」

 ルキフェルの眼差しに応え、ルキフェルの存在だけを見詰め返してくる蒼藍の瞳にあるのは一度は消えた柔らかな揺らめきだろうか。
 カイヤにより呟かれた言葉は独白にも近い囁きで、なのにルキフェルの耳にも確かに届く、そんな声音だった。

「ここで切り出されたそのタイミングで、そこな姪っこには聞かれたくない話しだと坊やは察した。その麗しの乙女を狙う野獣のごとき嗅覚が、我が唯一の芳しい香りを捉えると考えるだけでも許し難いのだよ」

 そう告げて来る、酷く真面目なエメルの声音には確かな圧がある。

 カイヤの言葉は結果だけを告げている事が多く、無駄を省きながらも、その実、会話の相手へとカイヤと同等の思考手順かそれなりの察しの良さを求めている。
 対してエメルは、確かな説明がそこにはあれど、妙なエメル独自の世界観、単に偏見としか取れない様な認識のもとに言動が飛びだし来る為に、その言葉の本質的な部分が煙にまかれてしまっている。

 もともとの根っこの部分が素直で率直ですらあるルキフェルにとっては、どちらともがどちらともに捉え難く分かり難いとそう思うとともに、もしかしたら深読み等せずに、そのままを受け取れば良いのではないかと、見詰め返し、合った双方から不意にそんな事を思った。

「例えるなら、お伽噺世界、でしょうか?」
「お伽噺?」

 ルキフェルの思考の最中、おもむろにカイヤが告げる。
 言葉を選ぶ様に、けれど、深読みをしない事と一度意識を切り離した事で、カイヤが出来る限り感じたそのままを伝えようとしているのだと聞き返したルキフェルにはそう思えた。

「そこにしかない幸福だと、思っている・・・知ってしまっている」
「幸せ・・・?」

 何処か困った様に僅かに寄せられた眉根が、カイヤの告げた幸福と言う言葉とは酷く不釣り合いなものの様にルキフェルの目には映った。

「子供が無条件に信じている、きらきらとした美しい光景・・・何かをた訳ではないのです。だから本当に私が感じたままが、そうだったと、それだけなんですよ」

 やはり誘導する様に言葉を選んでいるのとは違っていた。
 表現するのに丁度良いもの、或いは曖昧なものの中での落としどころを求める感じだろうか。
 見聞きしたものの確度を精査しながら言葉を紬ぎ、自らが望む方向に向かうものにしか言葉を使ってこなかったであろうカイヤにとっても、感じたものでしかないと言う分、酷く不確かな状況からの言動なのだろう。
 そこで何故、それをフェイへと聞かせなかったのかルキフェルには分からなかったが、ルキフェルはただ告げて貰えたであろうものの意味を思い考え続ける。

 カイヤの告げたお伽噺話と言う言葉。それは子供等が寝物語として親へとせがむ、全てがめでたしめでたしで終わる物語せかいの事。
 話し手も聞き手も、誰もが良かったねと最後には笑える、きっと誰も不幸になる事がない、そんな幸福だけが詰め込まれた宝箱。 

「・・・・・・それをアスは望まない」

 沈黙。けれどそうぽつりと呟いた時、ルキフェルに迷う様なそぶりはなかった。

「寂しそうなのに、とても優しい表情をしていて・・・見ていたから」

 今だけで良いのだと、そこにあるその時だけを信じている。
 そうして、目の前にある光景だけをただ見詰める薄い紫色の瞳をルキフェルは思っていた。

 何時かを思う、そんなルキフェルの眼差し。
 何かを懐かしむ様な、何かに焦がれる様な、寂しさか哀しみか、そして、瞬かせる目にルキフェルは首を傾げた。

「何を見て・・・だれが・・・・・・アス?」

 それは前触れも、脈絡もなく、あまりにも唐突に、誰がと呟いた時その刹那にルキフェルの表情が消えた。
 強ばったとは違う、全ての感情が抜け落ちたかの様な無表情。意図的に感情を隠したのではなく、喪失からくる虚無にも似たもの、そう言った空疎な色をその青い瞳へと宿しているかの様に。

 けれどその表情を失った状態も直ぐに分からなくなってしまった。
 アスとそう名前を呼び、上げる顔に視線が一点を向く。
 薄く開いたカーテンの隙間、その窓の向こうにある景色を見詰め、焦点を引き絞る様にして見据える双方には、何処か戸惑うような、そして焦がれる様な感情の激しい色合いを揺らめかせる。

ーリンッー

 小さく振られた鈴の音。それとも弦を爪弾く響きか、いっそ玻璃の器に皹が入る瞬間の、そんな微かな響きすらも思わせる。

 部屋を出る為に、踵を返す事すらもルキフェルの脳裏に過る事はなく、ただ目の前にある全ては障害ですらもない様で、そうして、トンと軽く床を蹴る音一つを残して、ルキフェルは窓辺からその身を踊らせるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...