月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】

19 結局何も決められない

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 悩んでいる時間すらない事が救いだとそうエメルは言う。
 振り返っている時間。
 省みている時間。
 あの時のルキフェル達には、確かにどんな理由であれ足を止めている暇等なかったが、けれど、それは反省しなくて良いと言う事ではないとルキフェルは思っている。

「そう、反省できなければ、後悔だけを繰り返すんだ・・・取り返しがつかない、反省すらも許されない、自分で決めたことなのに、間違ったのはだと言うのに、結果をあのひとに押し付けて、失敗したのだと言わせた」
「うむ、だが、ふーむ」

 腕を胸の前で組むエメルが重々しく頷き、それから見遣るルキフェルの顔に首を僅かに傾げると、何か難しげに唸る様な声を上げた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 その視線に反応したルキフェルがエメルを見返せば、黙ったままルキフェルを見返すエメルの視線があり、何を言えばと戸惑うルキフェルもまた沈黙するしかなくなっていた。
 何かを確認する様な視線ではなく、何等かの言葉を待つ様な沈黙とも異なる、どう言う状態か分からず、問い掛ける為にカイヤへと目を向け様としたとき、何故か顰められる顔に一変したエメルが憐れむ様な視線でルキフェルを見たのだった。

「坊や、・・・」
「はい?」

 何処か重々しさを感じさせる声音に、ルキフェルの返事には困惑が滲む。

「いくらこの私のウィリディスの者にあるまじき豊満な胸が気になったとしても流石に見過ぎではないか?」
「・・・はい?」

 遅れる反応に、それから発したのは先程と全く同じ音で、けれど明らかに異なる響きを帯びたもの、頓狂と言った声音にルキフェルは目を瞬かせていた。

 防寒と暴雨の機能を持つ、身体をすっぽりと覆う様なローブコートを脱ぎ去り、今のエメルは比較的ゆったりとした作りのポンチョの上から薄手のショールを肩にかけていた。
 そんな服装での、腕を胸の前で組むと言う体勢。もとから、ピシッとの伸びた背中にその姿勢はとても良く、その状態で胸を際立たせる様な体勢をするものだから、確かに目を引くものがそこにはあった。

「・・・・・・」
   
 言いたい事を理解し、理解したが反応に困り沈黙を余儀なくされる。

ウィリディスの女性は長身でスレンダーな体型の者が多いので、これでも大きい方なんですよ」

 身内ならではの気安さか、反応に困っているルキフェルを見かねてなのか、カイヤが微笑みながら告げた。

 そこでが大きいとまでは言わないのはカイヤなりの配慮か予防線か何かなのか分からないが、けれど、その予防線も独自の世界観を闊歩し続けている者が相手では意味等ないのだろう。

 カイヤが浮かべた笑みのままに瞬きする。その瞬間に合わせて空気が鳴った。
 打撃等の重たい攻撃で空気が引き裂かれる様に唸るのとは異なる、しゅっと鋭く怜悧に空気を切り裂く微かな音。

 魔王討伐にあたり、ルキフェルは当然の事ながらかなりの戦闘をこなし、強敵との戦いを潜り抜けている。
 その中には当然“速さ”と言うものに優れた相手もいた。
 そんな相手に対処するだけの目を持ったルキフェルにしても、完全には追いきれていなかった刹那の挙動に、を逆手に持ち、振り抜ききったと思われる体勢でエメルは静止する。

 それ、エメルがその手に握るのは反の入った切り裂く事に特化したナイフだった。
 一見すれば屋外で魚等を捌く時に使用する小型のメスにも似た刃物は、丁度エメルの手の平に隠れる程の大きさしかなく特注を思わせ、事実その挙動の静止の瞬間まで、ルキフェルはエメルが持つ得物の全貌を確認する事が出来てはいなかった。

 けれど驚くべきはエメルの事だけではないのだ。
 エメルはナイフを振り切った状態で動きを止めていた。
 振り切った状態、つまりはその刃の軌道上には狙い定められた先があった筈なのだ。
 エメルにより始めから意図的に振るう刃の軌道が外されていた訳ではなく、途中で逸らした訳でもない。

 だから、ただ狙われた対象により回避されたと、そう結果がそこにあるだけ。

「はあ、体調が悪くて眠っている人間の枕もとで暴れないで下さい」

 その結果を成した相手であるカイヤは何事もなかったかの様にエメルへと苦言を告げた。

 そして、聞いた内容にルキフェルがふとフェイへと目を向ければ、そこには目を閉じてベッドへと横たわる姿があるのだった。
 今の今まで行われていた騒ぎの一切を気にする事なく、気付いた様子すらもなく静かに上下を繰り返す胸の動き。
 けれど、そんな様子を見遣る向けられた視線を煩がる様に、ルキフェル達へと背中を向けてフェイの寝返りはうたれる。
 そのタイミングから寝たふりを疑いかけるも、何にしても会話が続く状態でない事は明らかな様に思われて、ルキフェルは引き結ぶ唇と共に左手を強く握りしめていた。

「・・・あの子は貴方を望んでいないのでしょう」
「・・・・・・」
「望まれなければ、許されなければ、只人ただびとでしかないものには関わることですら難しい」

 淡々と、柔らかい口調だったが、温度に欠けた声音がルキフェルへと続ける。
 どういう意味かと向けるルキフェルの視線の先、口調と同じ穏やかな表情の中で、声音と同じ褪めた蒼い瞳がルキフェルを見詰めていた。
 聞く声音と向けられる眼差しに、ルキフェルは、その瞬間にカイヤの一つの集落の長たる泰然とした姿を見た様な気がした。

「魔女とは本来そう言ったものです」

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