164 / 214
【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
19 結局何も決められない
しおりを挟む悩んでいる時間すらない事が救いだとそうエメルは言う。
振り返っている時間。
省みている時間。
あの時のルキフェル達には、確かにどんな理由であれ足を止めている暇等なかったが、けれど、それは反省しなくて良いと言う事ではないとルキフェルは思っている。
「そう、反省できなければ、後悔だけを繰り返すんだ・・・取り返しがつかない、反省すらも許されない、自分で決めたことなのに、間違ったのは私だと言うのに、結果をあのひとに押し付けて、失敗したのだと言わせた」
「うむ、だが、ふーむ」
腕を胸の前で組むエメルが重々しく頷き、それから見遣るルキフェルの顔に首を僅かに傾げると、何か難しげに唸る様な声を上げた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その視線に反応したルキフェルがエメルを見返せば、黙ったままルキフェルを見返すエメルの視線があり、何を言えばと戸惑うルキフェルもまた沈黙するしかなくなっていた。
何かを確認する様な視線ではなく、何等かの言葉を待つ様な沈黙とも異なる、どう言う状態か分からず、問い掛ける為にカイヤへと目を向け様としたとき、何故か顰められる顔に一変したエメルが憐れむ様な視線でルキフェルを見たのだった。
「坊や、・・・」
「はい?」
何処か重々しさを感じさせる声音に、ルキフェルの返事には困惑が滲む。
「いくらこの私の緑の者にあるまじき豊満な胸が気になったとしても流石に見過ぎではないか?」
「・・・はい?」
遅れる反応に、それから発したのは先程と全く同じ音で、けれど明らかに異なる響きを帯びたもの、頓狂と言った声音にルキフェルは目を瞬かせていた。
防寒と暴雨の機能を持つ、身体をすっぽりと覆う様なローブコートを脱ぎ去り、今のエメルは比較的ゆったりとした作りのポンチョの上から薄手のショールを肩にかけていた。
そんな服装での、腕を胸の前で組むと言う体勢。もとから、ピシッとの伸びた背中にその姿勢はとても良く、その状態で胸を際立たせる様な体勢をするものだから、確かに目を引くものがそこにはあった。
「・・・・・・」
言いたい事を理解し、理解したが反応に困り沈黙を余儀なくされる。
「緑の女性は長身でスレンダーな体型の者が多いので、これでも大きい方なんですよ」
身内ならではの気安さか、反応に困っているルキフェルを見かねてなのか、カイヤが微笑みながら告げた。
そこで何が大きいとまでは言わないのはカイヤなりの配慮か予防線か何かなのか分からないが、けれど、その予防線も独自の世界観を闊歩し続けている者が相手では意味等ないのだろう。
カイヤが浮かべた笑みのままに瞬きする。その瞬間に合わせて空気が鳴った。
打撃等の重たい攻撃で空気が引き裂かれる様に唸るのとは異なる、しゅっと鋭く怜悧に空気を切り裂く微かな音。
魔王討伐にあたり、ルキフェルは当然の事ながらかなりの戦闘をこなし、強敵との戦いを潜り抜けている。
その中には当然“速さ”と言うものに優れた相手もいた。
そんな相手に対処するだけの目を持ったルキフェルにしても、完全には追いきれていなかった刹那の挙動に、それを逆手に持ち、振り抜ききったと思われる体勢でエメルは静止する。
それ、エメルがその手に握るのは反の入った切り裂く事に特化したナイフだった。
一見すれば屋外で魚等を捌く時に使用する小型のメスにも似た刃物は、丁度エメルの手の平に隠れる程の大きさしかなく特注を思わせ、事実その挙動の静止の瞬間まで、ルキフェルはエメルが持つ得物の全貌を確認する事が出来てはいなかった。
けれど驚くべきはエメルの事だけではないのだ。
エメルはナイフを振り切った状態で動きを止めていた。
振り切った状態、つまりはその刃の軌道上には狙い定められた先があった筈なのだ。
エメルにより始めから意図的に振るう刃の軌道が外されていた訳ではなく、途中で逸らした訳でもない。
だから、ただ狙われた対象により回避されたと、そう結果がそこにあるだけ。
「はあ、体調が悪くて眠っている人間の枕もとで暴れないで下さい」
その結果を成した相手であるカイヤは何事もなかったかの様にエメルへと苦言を告げた。
そして、聞いた内容にルキフェルがふとフェイへと目を向ければ、そこには目を閉じてベッドへと横たわる姿があるのだった。
今の今まで行われていた騒ぎの一切を気にする事なく、気付いた様子すらもなく静かに上下を繰り返す胸の動き。
けれど、そんな様子を見遣る向けられた視線を煩がる様に、ルキフェル達へと背中を向けてフェイの寝返りはうたれる。
そのタイミングから寝たふりを疑いかけるも、何にしても会話が続く状態でない事は明らかな様に思われて、ルキフェルは引き結ぶ唇と共に左手を強く握りしめていた。
「・・・あの子は貴方を望んでいないのでしょう」
「・・・・・・」
「望まれなければ、許されなければ、只人でしかないものには関わることですら難しい」
淡々と、柔らかい口調だったが、温度に欠けた声音がルキフェルへと続ける。
どういう意味かと向けるルキフェルの視線の先、口調と同じ穏やかな表情の中で、声音と同じ褪めた蒼い瞳がルキフェルを見詰めていた。
聞く声音と向けられる眼差しに、ルキフェルは、その瞬間にカイヤの一つの集落の長たる泰然とした姿を見た様な気がした。
「魔女とは本来そう言ったものです」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。


隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる