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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
17 ルキフェルの視点
しおりを挟む有識者と言える三人の会話の流れをルキフェルは見ていた。
聞いていると言うよりも、見ていたとそう表現してしまうのは、話への理解が追い付いていなかった訳ではない。
交わされる会話の内容も然る事ながら、三者の表情から、仕種、視線の動きと言ったそう言った然り気無いものがルキフェルには気になっていたからだった。
フェイに頼まれたものを集め終え、結果として頼まれたものだけでなく、三人の人物を伴い再び青の集落を訪れる事になった。
その時には既に、アスの存在は青の洞と言う場所に移されていて帰還したルキフェルはアスの顔を見る事すらも叶わず、迎えに出て来た青の集落の長であるカイヤに聞けば、アスの状態は良くも悪くも変わりがないとの事だった。
ただ眠っているとしか判断出来ない状態。けれど、理由が分からないだけに、何時何時何が起きても可笑しくないと言う不安定さを孕み続けている状態。
ルキフェルは何も出来ない自分が、自身の自己満足の為にアスのそばにいる事よりもと、行動する事を選びフェイの依頼を受けた。
だがその実、ただじっとしている事が出来ず、抑え込む事の難しい焦燥感のままに行動を求めていて、察したフェイによりすべき事を与えて貰えたのだとルキフェルにも分かっていた。
何も出来ない、そわそわとしているだけの人間がそこにいる事が鬱陶しいと思われただけかしれないが、それならそれで良かった。
出来ないなら出来ないで、今は行動を求めても良い場所にいるのだと、焦りの中でも少しだけ安堵すらしていた。
「出来ないと言う言葉すらも呑み込まなければいけなかった立場に、優しい優しい私は同情をしてやろう」
緑の集落に一泊せざるを得ず、アスのもとへと急ぎたい思いに寝付けなかった真夜中の邂逅で言われた言葉だった。
言われたその時には良く意味が分からなかったのだが、今、この時に思い出した事で、その言葉はストンとルキフェルの中へと落とし込まれたのだった。
かつての自分は出来なくてもやらなければいけなかった。
どんなに無理だと思える事であっても、自分がやれないと言ってしまえば、その瞬間にそれで終わりになってしまうと知っていたからだ。
無理な物事へと自分の存在で道理を通し、不可能を可能へと導く。それが自分に課せられた立場と言うものだと教え込まれていた。
緑の集落での邂逅で同情と言う言葉をくれた、エメルと言う存在の端正な横顔をルキフェルは見る。
切れ長の怜悧な眼差しに、けれど、右目の目尻の下にある泣き黒子の存在と、常となっているらしい可笑しな言動から鋭いと言う雰囲気を感じさせない相手。
先程は、自分の未熟に押されたままの言葉を発してしまったというのも勿論そうだが、ルキフェルはエメルの持つ、真面目な言葉が返る事がないと言うそんな雰囲気に甘えてしまったのだった。
「何もできない」
目覚めないままのアスと、対処にあたっていた筈のフェイもまた倒れてしまったと言う現状。
必要になると言われて手に入れて来たものでもどうにもならなかった事態に、これ以上を望めないとすら思える布陣の助力が意味を成さなかった事に、その全ての結果を突き付けられたあの瞬間、ルキフェルは抑え込めていた筈の言葉を、呆気なく吐露してしまったのだった。
「探して、追いかけて、ようやく見付けた。ここにいる、でもこれは違う」
紛れもない弱音であり、ただ子供のように駄々をこねて、言葉で縋りつく。
「助けて、ねぇっ」
何も出来ないから、自分に出来る事だけでもと邁進していた筈なのに、それが意味をなさなかったと知って、駄目だと分かっていたのに言葉は口から滑り出てしまっていた。
ルキフェルがそれでも未だに決定的なところでは自分を抑えていられるのは、あの直後にフェイにより放たれた一言があった為だった。
「煩い」
と、そのたった一言。
その冷水を浴びせかけられる感覚に、焦燥感から暴走して白熱していた意識へと、自制という部分が働きかける余地が生まれた。
「怒りは思考を歪め、哀しみは進む事を拒む。焦りにより視野を狭めることで、時には見えているものすらもまともには受け取れなくなる。ようは、どれも思考の停滞と迷走に繋がっている訳だな、この私の言葉だ、有り難がって学べよ、坊や」
酷く真面目な表情でふざけたとしか取れない物言いをされ、ルキフェルを指して坊やとは完全な子供扱いだったが不思議と怒りは湧いては来なかった。
溜め込んでいた感情の一端を発散した直後だった事で、平静さを再び取り繕おうとしていたところに、その言葉はやはりルキフェルの未熟さだけを突き付けて来ていた。
だからこそ、そこからのルキフェルは、自分の感情と衝動のコントロールに専念しながら、ただひたすらに聞く事と見ている事に専念しているのだった。
そして、指示を求め、額面通りに受け取るしかない、貰えるだけの情報で動くのでは足りないのだとルキフェルが気付いたのは、それからわりと直ぐの事だった。
何故なら、この場にいるルキフェル以外の三人は、誰一人、アスを助け様とは考えていないのだから。
見ているやり取りの最中に気付き、そう気付いた事には直ぐに気付かれた。
エメルの、フェイの方を向き、カイヤと話しながらも僅かに弧を描く様に動いた唇の形にルキフェルはそう感じ、そして感じたその感覚こそが正しいのだと、その瞬間には確信してしまっていた。
「獏の存在は対抗神話の類いかと思っていました」
獏のひとと、ルキフェルが独り言の様に呟いた言葉へと三人の視線は集まって、すかさず視線だけではない反応も返って来た。
「脅威の不鮮明さに抗うには、対抗手段にも具体的な不鮮明さがいる、そう言ったアレですね」
フェイの言葉に、淀みなくカイヤ言葉が続いて行く。
そうであると、予定調和とされているものをなぞる様に。
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