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【第三晶~理に背きし者等の彷徨~】
16 ナイトメア
しおりを挟む「心核の防衛機構に猫はまだしも黒い一角馬とは洒落ているが穏やかじゃないな」
エメルが形の良い柳眉を潜め、部屋の外へと向ける目を細めた。
今更だが、フェイが寝かされていたこの部屋にアスはいない。
あれからどれだけの時間が経っていて、今が何時なのかもはっきりとはしないが、置かれている家具に見覚えがある事からも、長であるカイヤの家なのは間違いがないと、今のフェイに判断出来たのはその程度だった。
「私の家で間違いありませんよ、居住スペースの方なので、多少は落ち着けるかと思いまして」
フェイの視線から思っていた事に気が付いたのか、フェイが何かを言わなくても、カイヤの方から説明をくれる様だった。
だが、それに割り込む者もまたこの部屋にはいたのだ。
「気の利く私が答えてやろう!もと勇者なそこの坊やが私達のエスコートをしてここに着いてからはまだ一時間ぐらいだ」
こちらも確かにフェイの思考を読んだかの様な答えだったが、その答えはフェイの疑問に対しての正当ではなく、そして何故か胸を張って答えるエメルの意味不明さに、だが、フェイは抱いていた疑問の回答の正しさよりも、その言葉の中にあった聞き逃してはいけない単語に目を見張っていた。
「長が、ネフリーが来ているのですか?」
「この私がこの世の何よりも愛しく思う、超絶美少女で可憐なあの子を一人で行かせる訳がないだろう」
唖然としたまま、それを聞いたフェイへと、至極真面目な顔をして、何を当たり前の事をと言わんばかりのエメルだったが、フェイに言わせればそれどころではなかった。
「長は集落の要です。そんなこと私に言われなくとも十分過ぎる程に貴方なら承知している筈でしょう?」
「本当に、言われるまでもないことだな」
だから何故自信満々に胸を張るのか、卒倒まではしないが頭が痛いと思いながらもフェイはカイヤへと目を向けた。
「貴方の無茶な試みからまだ一日と二時間程です。あの方が来ていることに関して問題なくはありませんが、兆しがあり必要だった。その上で保証がある。それは私が青の名に掛けて請け負います」
フェイの心痛に思うところがあるらしいカイヤが、苦笑しながらも長としての名前に掛けて誓いにも似た保証をしてくれる。
集落に属する者が、ましてその集落の名を背負う長たる存在が、集落の名前において保証を宣言する。
それは口にした内容に命を掛けると言っているのと同義だった。
例え苦笑しながらであり、そして保証の明確な内容に触れていなかったとしても、カイヤの言葉にはそれ程の重みがあったのだ。
「我が不肖の弟が名に誓ったのだ、安心してやっても良いだろう?それより我が姪は、今はあの嬢やの事を考えるべきではないのか?悪夢の具象、形持たらざる筈の魔物を時として青毛の馬の姿で描くことがあるが、あの嬢やはえらく物騒なものを飼っているらしいじゃないか」
「実の弟に誓わせる貴方が分かりませんが、もう後三十分もありませんので、言われずとも話しを進めます」
「私達、姉弟の信頼関係を未だに理解出来ていないとは何とも嘆かわしいことだ」
エメルが何か言っているが、付き合う必要はなさそうだと聞き流す。
フェイにとって、この青の集落に来てはいるのに、ここにはいないネフリーと言う存在は、決して放置しておいてはいけない相手なのだが、カイヤが保証をしているのだからと、その点で今は信じる事に決める。
そしてフェイは、残り時間を考えながら続きを話す為に口を開くのだった。
「実態を持たず、夢と言うある種、虚構の世界に帰依する青毛の馬は悪夢の名を冠する通りの存在だと思いますか?」
言い回しをも考えながらの、その真偽の確認はカイヤへと向けたものだった。
「まず、私は遭ったことがないことは先に言っておきます。その上で話しを進めたとして、アレについては、在り方の特殊性もあって、断定出来ない事ばかりなんです、とそう言わざるを得ません」
そんな前置きは、カイヤの話しもまた又聞き或いは何等かの文献をもとにしている為に、その上で確度を判断しろとそう言う事だろう。
カイヤはフェイ、エメル、ルキフェルと部屋にいる者等へ順番に視線を合わせ、そしてフェイへと戻し続けて口を開く。
「夢から夢へと渡り悪夢を見せる。悪夢を見る者の夢へと寄生し、その時々に宿主へと生じる不の感情を糧にしている。そしてその際に寄生された者は眠った状態から目覚めることが出来なくなる為に、やがては衰弱し、最悪、憑かれたものは死に至ります」
「黒い一角馬の存在が第二層に在ったのなら、悪夢を悪夢として許容し精神の守りとしている様な破綻者でない限り、それはもう憑かれている状態だと断定していいんじゃないのか?」
カイヤの答えと、エメルの率直な結論。
悪夢と言う名前をそのまま冠した夢魔と言う存在は、その存在からして明確な実態を持たず、肉体と言う器がない代わりに、他の生き物の夢と言う領域に寄生する精神生命体なのだと言われていた。
夢魔が悪夢を見せるのか、悪夢を見ているから夢魔に憑かれるのか、そんな事すらも分かってはおらず、だが人知れず被害にあい、そして生還したものの証言から、夢魔と呼ばれる青毛の馬の存在は確かにいると言われているのだ。
「起きている時にその姿を確認出来ない事もそうですが、魔物と言う分類こそされていて、知名度も一部ではそれなりなのに、その生体は謎に満ちています」
未知ではないが既知とも言い難い。あまりにも確たる情報が少ない厄介さをフェイは思っていた。
「憑かれているならいるで、天然か使役かで問題の方向性がだいぶ変わって来そうですね」
「獏のひと」
不意に呟いた相手がいる、出入り口のドアの前へと三者の目線が集まる。
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